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婚約破棄がはじまらない!!  作者: りょうは
'ラブファン~side M~
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36’.8歳 神様のお言葉とは

「いくら教会から許可を得たところで神は本当に下水と浄化設備の修繕許可をお出しになるのでしょうか…?」


環境部との会議を終えて私たちはひとまず私の勉強部屋に集まった。広い机とお茶の飲みながら話し合いができる勉強部屋は使い勝手がいいのだ。

お茶を用意させメイドたちは全員下がらせた。よってこの部屋には今、私とルーシーしかいない。


だからこそこんな話ができるのだけどね。




「神様ねぇ…」


前世の私はお世辞にも信仰厚いほうではなかった。お正月には初詣に行くしバレンタインデーにはオーギュスト様へのチョコレートを買ってきてフィギュアに供える。夏になればお盆を家族でやって流行り始めたハロウィンにも便乗、クリスマスにはケーキを買ってきてツリーを飾った。


そんな宗教ごった煮の日本で育ったせいか神のお言葉とか御意向と言われてもいまひとつわからなかった。


どちらかと言うと私の中で神様と言われてピンとくるのはラブファンの制作会社のほうでよく『次回作が決まるもアニメの展開がどうなるも神の意向次第…我々信者(ファン)はただあるがままを受け入れるのだ』という心得があったくらい。


たしかに神(制作会社)は私たち信者(ファン)を絶望の淵に陥れたりはするけどそれ以上にラブファンという最高の恵みをお与えくださり生きる糧を与えてくれた。アニメ、マンガ、ドラマCD、DVDにBlu-ray…言い出したらキリがないけど与えられた恵みの方がはるかに大きいし、制作会社が行き過ぎたファンに苦言を呈することはあれ恵みをお与えにならないということはありはしなかったのだ。


だから神の怒りを買って恵みを与えられないなんてことをするとは思えなかった。



「そうねぇ、神様ってこの世界を作るくらい偉大なお方なのでしょう?」


「もちろんです!」


ルーシーは迷いなく断言した。やはりこちらの世界の住人達は私と違って神様をきちんと信仰しているらしい。


「そんな偉大なお方が信者たちの生活を困窮させて喜ぶと思う?」


「え…?」


「神様はこの世界をお造りになるくらい私たち信者を愛しているのよ?愛している可愛い子どもたちが今とても苦しんでいるの。その状況を何とかしようとしているのにお怒りになるなんて思えないわ。そうじゃない?」


「それは…」


ルーシーは困ったように眉をひそめた。今まで疑問にすら思ったことがなかったのかもしれない。私の言ったことはすなわち教会が神の言葉を捏造しているということだ。これまで疑ったことすらない教会への疑惑に戸惑いが隠せないのだろう。



「と、思うのだけどどう?」


ポケットに隠した手鏡を取り出す。つるりとした表面の、飾りっ気のない手のひらサイズの連絡鏡だ。


『どうって、ボクはまだ教会で働く身だからね~。何も言えないよ』


ぱかりと手鏡を開いて小さな鏡面に映し出されたのはぼさぼさの栗毛に瓶底眼鏡の怪しい人、ドクター(仮)だった。背景にチラリと見える部屋はこの間の研究室のようで今日も医者らしいことはしていないらしい。


「閉じた状態でも使えるなんて便利ね。声もしっかり届いているようだし」


『あぁ。なんせボクが作った魔道具だからね。その辺は調整しているよ』


「へぇ。便利だこと」


「メアリー様…そちらは?」


ルーシーが口をぽかんと開けてた。こうなると昨日まで機械みたいに無表情だったことが嘘のようだ。やっぱりルーシーは表情が動いたほうが良いと思う。


「あぁ。たぶん怪しい人じゃないから安心して。教会側から私に協力してくれる人よ」


「教会の?」


「えぇ。この間ちょっとお世話になったの。情報提供をしてくれるそうよ。ドクターとか変人とか適当に呼んで」


『タダでするとは言ってないよ。ていうかそっちの人にボクのこと話して大丈夫なの?』


「一応私に付けられた文官だけどお父様にチクる可能性はあるわね。あなたのことをお父様に報告しなかったらルーシーは協力してくれるって考えて良いと思っているわ」


『それってボク犠牲になるじゃん…今のうちに逃亡準備をしておこうかな…』



ドクター(仮)には悪いけどルーシーが信用できる人か確認するための犠牲になってもらおうと思っていた。本当に融通の利かない仕事人間ならこれからの教会との交渉に同席させるわけにいかないから。でも少しのヒミツを心に留めて目的を達成するために仕事ができる人なら『使える人』だ。



「その必要はありません…。領主さまにも誰にもお伝えしませんから」


『へぇ。大事な領主さまの娘がこんな怪しい人とこっそり連絡とっているんだよ?危なくない?』


「メアリー様がその程度で危険に晒されるとは思えません…」


『あはは!上司に向かって随分な言い草だね』


「あなたが言う?」


ドクター(仮)のほうがよっぽと不遜な態度で接していると思うのだけど。

初対面のときからこの人は私をちっとも貴族として扱わない。それどころか貴族とすら思っていないのではないかしら。


「先ほどの交渉を見ていれば思いますよ…カルロスさん相手にあんな挑発するなんて…。みているほうがどれだけ心臓に悪かったことか…」


「あぁいうタイプって煽って挑発したほうが約束を取り付けやすいのよ。これで手が出るようなら即刻クビにしてやるしクビになったらほかのふたりもいう事聞くでしょう?」


「…それでも危なすぎます。カルロスさんにはまだ暴行を受けたことはありませんが恐喝紛いなことは何度もされていますから」


「実際言質は取ったのだからいいのよ。私の勝ち」


「…」


『なにやら危ないことをしてきたようだねぇ』


「えぇ。ちょっとこれから教主様にお願いをしないといけないの。でも神様のお怒りを買わないかとっても心配だわ」


『これっぽっちも心配していなさそうだなぁ…』


「あの…ドクターさんは教会で働かれているのですよね…実際のところ神様のお怒りに触れると思いますか?」


ルーシーがおずおずと不安気にドクター(仮)に尋ねた。教会で働くというドクター(仮)に聞くべきことではないが、今のルーシーにはあと一押しが必要なのだ。



『神様と教会を同じと考えるべきじゃないよ。さっきそこのお嬢様も言っていただろ?たかが下水を直して汚物を流した程度で神がお怒りになるわけないって。神様が人間を愛してるだのそういう話はともかく神様の懐はとことん広いさ。なにせ不正を働きまくる教主を許しているくらいだし』


「教主様が…不正?」


『あれー?お嬢様まだ話してなかったの?それでよくボクと繋いだねぇ』


「教主様が不正しているっていう確かな証拠もないのに吹聴するわけにはいかないでしょ」


『そりゃそーだけどさ…万が一彼女が教主派だったらどうするのさ…』


「私は悪い大人に騙されていたことにしておこうかしら?」


『なんて令嬢だ!』


「メアリー様…教主様の不正って一体…」


ひとり置いてけぼりのルーシーはもう泣きそうだった。声が震えていて今にも崩れ落ちそうだ。



「今度教会に行ったとき教えてあげるわ」


「は、はい…」


これ以上話すと今以上にルーシーが混乱してしまいそうだった。既に情報過多なくらいなのに。ノーフレームの眼鏡の奥で一生懸命に情報を整理しようとしている。


『教会に来るのかい?それなら副主教を呼び出しなよ』


「副主教?誰?」


『教会の実務全般を押し付けられてる可哀想なやつさ。あいつもボクと一緒に保護を頼もうと思ってたんだ。教会のお金の事情にとっても詳しいから』


「へぇ。それはいいわね。是非協力していただきたいわ」


思わずニヤリと、悪役令嬢らしい笑みがこぼれる。歪められた口元からは悪事を働く悪役めいたものしか感じられないだろうと思った。メアリーは悪役令嬢だから当然なのだけれど。















そして、教会にお願いする日になった。

教会には緊急で『お願い』がありますと言ったら二つ返事で予定を開けてくれた。スティルアート家からのお願いとあれば断らないらしい。


悪臭を堪えてルーシーを中庭がみえる廊下に連れていく。この間と同じようにやせ細った移民たちがすし詰め状態で肩を寄せ合っている光景にルーシーは言葉を失った。


「これは…」


「街にも浮浪者が溢れていたけど教会にはこれだけの移民がいるの。それなのに教主様は贅沢三昧、教会は高価な魔道具をふんだんに使っている。魔道具の稼働を止めて人件費を削った費用を移民たちへの支援にまわせると思わない?」


「…おっしゃる通りです。こんなことになっていたなんて…」


「ここでは原因のわからない病気も蔓延しているそうよ。多くは治療費が払えなくてそのまま亡くなるわ」


「そんな!!」


「でもこれが現実。教主様が何を考えているかはわからないけど、少なくとも慈悲の心で移民を保護しているわけではなさそうではなくて?」


「…」


「これから教主様にお会いして判断してみたら?お金のことしか頭にないのかわかると思うわ」


「はい…」



一縷の望みをかけて教主様との交渉の場に立ったルーシーだったが教主様の衣裳を見て望みがなくなったことを悟ったようだった。

その変化は私だけが感じ取っていたと思う。



「ようこそ、キャンタヘリー教会へ。今日はお願いがあるとかで」


「お忙しいところお時間を作っていただきありがとうございます。おっしゃる通りお願いがあって参りました」


人の好さそうな笑みを浮かべ弟子をひきつれ現れた教主様は前回とは違う、でも同じくらいお金のかかっていそうな刺繍と宝石が施された衣裳を着ている。この衣裳1着を作るのに一体いくらかかっているのだろうか。そのお金があれば移民たちへの支援にまわせそうなものなのに。


「スティルアート家のかたからのお願いとあれば時間くらいいくらでも作りますとも」


両手をすり合わせながらソファに深く腰掛けた教主様をみてルーシーは諦めたように瞼を閉じていた。今まで信じていたものが崩れ去り、新しい価値観を構築しているのかもしれない。


「ありがとうございます。あ…お父様から副主教様にもご挨拶をするようにと言付かっているのですがお呼び頂くことはできますか?」


「副主教ですか?彼は執務室におりますのですぐお呼びできますとも。少々おまちください」


「えぇ、お願いします」



もちろん、お父様からというのは嘘だけど、このあとのことに比べたらこの程度の嘘は嘘に入らないだろう。


さぁ、悪役令嬢の底ぢからを思い知るがいい!!




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