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婚約破棄がはじまらない!!  作者: りょうは
'ラブファン~side M~
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35’.8歳 給料泥棒には仕事をさせろ

時間は教会にお願いをしにいく少し前に戻る。


王都に発ったお父様とお兄様を見送った私はルーシーと一緒に今役所で衛生関係の仕事をしている環境部に向かうことになった。



「私が先日まで席を置いていた部署ですが正直に申しますとあまり役立つとは思えません」


そう、前置きして慌ただしく人が出入りする役所の主要区画を抜け寂れた廊下を抜けた。既に掲載期限を過ぎた告知書や剥がれかけのポスターがこの区画にはほとんど人が出入りしていないことを物語っている。


ルーシーの前職は気になっていたけど衛生関係の部署にいたとは…。納得したような意外だったような…。少なくとも窓口業務ではなさそうだけどね。


「どんな人たちであろうと働いてもらうだけよ」


「環境部は以前まではそれなりに忙しい部署だったのですが教会から例の神のお言葉があって以降ほとんど仕事をなくし閑職部署になっています。私が所属していたときから仕事らしい仕事はほとんどありませんでした」


「何それ?!仕事していないのにお給料が支払われているってこと?!」


「…恥ずかしながらそういうことですね。人員もだいぶ削られてしまい今ではほんの数人でまわしている状況です」


「なるほどね」



長い廊下の突き当りの今にも崩れそうな木製のドアをルーシーが押した。ドアノブはあるけれど使わなくても開くらしい。


「部長、メアリー様をお連れいたしました」


「え~、あの話本当だったの~?お嬢様が何か言ってるって」


ギィっと椅子がきしむ音がして中から気だるそうなおじさんの声がする。ルーシーが制止するのでドアの前で立ち止まった。


「当然ではないですか。領主さまから来年オーギュスト殿下がいらっしゃるので準備するよう通達がありましたよね?」


「ウチにはどうせ関係ないでしょー。何やったって無駄なんだしー」


今度は別の男性の声がする。こちらも間延びした声でなんだかイヤな予感がした。


「だからこそ今回はメアリー様自ら指揮を執るのです。ほら、みなさんやる気出してください!」


「うっるさいなぁ!!小娘がやる気出したって今更何も変わりはしないんだよ!てめぇもお嬢様付きになったからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」


今度もまた別の声だ。こちらは怒りっぽい男のようで何かを投げつける大きな音がした。ルーシーは大丈夫だろうか。


「そうそう~。皇子様が来るから街の掃除しておしまいでしょー。そんなのすぐ終わるよ」


「お嬢様のご機嫌なんて適当に取っておけばいいだろう?わざわざ本当に仕事をしなくたっていいじゃないか」


「そういうことだからさっさと帰れ!小娘がっ!」



どうやらこの部屋にいる給料泥棒は3人らしい。

さっきから誰一人やる気を見せない発言にだんだんと苛立ってきた。ついてきたメイドが止める声を無視して壊れかけのドアを蹴り飛ばした。



「さっきからなんですあなたたちは!!領民たちの血税からお給料をもらっていることをお忘れですか!?少しでも考える脳みそをお持ちなら仕事をしなさい仕事を!!」


バーンと、さっきだれかが何かを投げた音に負けないくらいの音を立てて壊れかけのドアが外れて床に倒れていった。埃がブワッと舞い上がって部屋中に広がった。私が蹴ったくらいで壊れるなんてこのドアはもうダメだったのかもしれない。


「メアリー様!」


ルーシーの黒目が驚きで見開かれ眼鏡が少しだけズレていた。


「お嬢様…本人?」


ルーシーが話していたのは一番奥の机にいた高齢のおじさんだった。白髪交じりの髪はぼさぼさで、仕事をしているより近所を散歩しているおじさんと言われたほうが納得できる。おそらくこの人が部長だろう。


「えぇ…どうして…」


次に声を上げたのは小太りの男だった。机の上にはスティルアート領内で販売しているお菓子の袋が散乱しているし服にも菓子のクズが散らばっていた。とてもじゃないけど仕事をしているようには見えない。いい歳して実家に籠って働いていない人といったところだろう。


「…」


そして何も言わずにぽかんとしている男はさっき怒鳴っていた男のようだ。体つきがよく少しにらめば相手を威嚇するくらい簡単にできそうなほど人相が悪い。こちらは髪はぼさぼさだし服は整っていないし何となくお酒臭い。



「意外そうな顔をしていますわね。ルーシーが言いましたよね?お父様、領主さまより既に通達があったようにオーギュスト殿下が来年このスティルアート領にいらっしゃいます。しかしあんな汚い街に殿下をお連れするなんて言語同断。この環境部の皆様が一丸となって殿下をお迎えする準備をする必要があります」


「ですからそれは殿下のいらっしゃる直前に魔道具を使い街を清掃すると…」


「なにを腑抜けたことを言っているのです!?その程度であの街がどうにかなるわけないでしょう!!」


「しかし…」


「しかしもおかしもありません!あなたがたお名前は?」


「こちらの部長がアラン・アドコック、あちらの小太りなほうがブレイン・ベイカー、お酒が入っているかたがカルロス・ケイヒル。これで環境部全員です」


「ありがとう、ルーシー。ではアラン!ブレイン!カルロス!20分時間を与えます。まず身なりを整えなさい!お話はそれからです!!さぁ今すぐ!」


パンパンと手を叩くと3人の男たちは火が付いたように立ち上がって我先にと奥の部屋に引っ込んでいった。奥にシャワー室とロッカー室があるそうだ。この役所は夜間まで仕事をすることが想定されるので各部署にこうしたシャワー室や仮眠室が備わっているらしい。以前は環境部も忙しかったのでその名残だとルーシーが教えてくれた。


「では給料泥棒たちがいない間にエマ、デイジー、この部屋を片付けて会議ができる場所を作って」


「えぇ?!今ですか…?」


「当たり前でしょ?さぁ、20分しかないのよ。急いで」


しぶしぶといった具合に2人は使っているであろう机を無視して物置になっていそうな場所を片付け始めた。


「そちらの箱や机はつかっていませんので片付けて頂いて構いません。こちらの長テーブルは会議に使えると思いますのでこれを2台使いましょう。そこの机を端に退ければ場所が作れますね」


妙に溌剌とルーシーがあれこれと動かし始めた。エマもデイジーもルーシーの指示に従って重たい机や箱を退かし始める。埃っぽい部屋は既にデイジーが換気をはじめていて、少しは呼吸がしやすくなった。





給料泥棒、ではなく環境部の3人が戻ってくる頃にはすっかりと部屋はさっぱりとしていて、長テーブルを2台くっつけた会議スペースが作られた。

髪を整え服の埃と菓子くずを払い、シャワーを浴びた3人はさきほどと比べたらまだ仕事をしている人の雰囲気が出ていてとりあえず及第点だろう。

カルロスはまだ顔は赤いが酒臭さはなくなっていた。


「とりあえずいいわ。3人ともそこにかけなさい。これより第1回環境部衛生改善計画会議をはじめます」



3人は困惑したまま言われたとおり席についた。急に領主の娘がえらそうに仕切り始めたので困っているのだろう。


「その前に質問よろしいでしょうか?」


「えぇかまいません。アラン部長、どうぞ」


「はい。殿下がいらっしゃることは存じ上げております。しかしわざわざメアリー様が指揮を執らずとも殿下がいらっしゃる直前に街の清掃を行い住人には道へのゴミの投棄を禁止するということでよいのではありませんか?」


アラン部長の意見にブレインとカルロスも同意を示すように頷いた。これまで通りの対応でよいではないか、ということだ。


「それで本当にあの街がどうにかなるとお考えですか?直前に少し掃除しただけで殿下をお連れできるようになると?ずいぶんふざけたことをおっしゃいますわねぇ」


「ふざけてなんかっ!」


ブレインが拳を握って机を叩いた。アラン部長も胸の前で両手を組むと深く溜息をつく。


「これがふざけている以外に何と申せと言うのです?いい大人が3人もそろって街のお掃除もできないなんて!」


「そんなこと言ったって教会が下水の修繕許可を出してくれないんだ!どうしようもないだろう!?」


最も意見しなさそうなブレインが憤然と抗議した。彼らなりにこれまでやってきたことがあるのだろう。街のあんな現状をみていて環境部に所属していながら何もしない自分たちに多少の憤りはあったのかもしれない。


「それを何とかするのがあなたたちの仕事でしょう?」



「だったらお嬢様よぉ!そこまで言うならてめぇが何とかしてみろよ!俺たち平民にできないことをやってのけるのが貴族の仕事だろ?!お嬢様だって貴族ならそのくらいできて当然だよなぁ!?」


「カルロス!」


アラン部長が声だけでカルロスを止めるがあまり声に力を感じないあたり、アラン部長もカルロスの意見に同意しているのだろう。


正直カルロスの言う理屈はわからないけどあちらからきっかけを作ってくれたのは助かった。カルロスが拳に訴えないか危惧していたけど、そういうタイプではないのかもしれない。


「私とて領主の娘。いいでしょう。教会との交渉くらいやってあげます。でも一つだけ条件があります」


「は?条件?」


「教会からの協力を取り付けたらあなたたち、私の命令に従っていただきますわよ」


「あぁ、いくらでも聞いてやるやるよ!お嬢様が教会から協力してもらえたらな!」



「カルロス待て!簡単にそんな約束しては…」


「心配すんな!どうせこんなお嬢様に教会が折れるわけねーよ!」


「でももし…」


「ビビんなよ!領主の娘って言ったってまだ8歳だろ?そんな無理難題言ってくると思うか?」



おい、聞こえてるぞ。


カルロスはブレインの肩を組んでこっそり話しているつもり、という態度ではいるが声のボリュームを下げる気はないのか元々声量が大きいのか話している内容は丸聞こえだった。


「部長もそれでいいだろ?」


「えぇ。かまいませんよ。教会の協力が得られるのなら、ね」



「その約束、ゆめゆめ忘れませんように…」


不敵に哂ってやれば、3人は少しだけ怯んだようだけど、今更ひけない。第一こんな8歳の小娘に負かされたとなれば彼のプライドが許さないのだろう。



「では今日の会議はここまでといたしましょう。ルーシー、今後の予定をアラン部長にお伝えしておいて。デイジー、議事録をまとめておいてちょうだい」


「はい」

「はいぃ…」


ルーシーははっきりと、デイジーは慣れない作業で疲れたのか返事に力がこもっていない。これは完全にメイドの仕事の範囲外だったね…。

エマのほうはなぜかすらすらとボードにペンを走らせていて、ボードをみると『メアリー様が教会から協力を取り付ける』→『環境部全員で事業に参加』と書かれていた。…ずいぶんかんたんにまとめられてるなぁ。



「次回の予定は部長からみなさんにお伝えいたします。次回は最初から今のようにキチンと身なりと整えて会議に参加してくださいね。では解散!」



こうして第1回環境部衛生改善計画会議は終了した。


とりあえず顔合わせとしてはこんなカンジかな?








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