32’.8歳 メアリーはブレない
魔法のお勉強が終わってから私は図書室で調べものをすることにした。
ふつう、転生した令嬢が領主の娘だったら街の惨状をみて『なんとかしなきゃ!』とか、『私が前世の知識を生かして解決』とかするのだろうけど、悪役令嬢メアリーにそんな気はない。
別に街がどれだけ臭かろうが汚かろうが私には関係ないのだ。
街に行かなくても生活はできるし食べる物も着るものもメイドたちが用意してくれる。そもそも公爵令嬢がお忍びで街にでかけるというのは好奇心旺盛なタイプの子がするものであって私のキャラではない。家の中で好きな時間に目を覚ましお勉強してたまに貴族のお勤めをして自由気ままにしているほうが合っている。
お母様のいうように教会に行くときだけ仕事と割り切って耐えていればいいだけだしその程度で今の生活が維持できるなら安いものだ。
だから私は街について何とかする気は一切ない!
街についてはどうでもいいけどドクター(仮)とは約束がある。こちらは無下にできないので手を付けることにした。
教会という名称の宗教施設は日本にもたくさんあったけど残念ながら私とは馴染みがないものだった。
そもそも魔法っていう未知の要素が関係している時点で私の知っている教会とはまるで違うのかもしれないし。家庭教師に教会について勉強したいと申し出たら涙を滲ませながら喜んでいたけど準備があるので後日になってしまったのだ。
私が勉強に意欲的なことがよほどうれしかったのだろうか…。
大事なところをノートにメモしながら古びた本をペラペラとめくった。
教会というのは神様の家とも考えられている。この間のキャンタヘリー教会のような大きな教会から町の小さな教会まで全国にあって地元の人たちに慣れ親しまれている。
王都にある大教会をトップに地区内の大きな教会、町の小さな教会といった具合に組織化されていて、王都の大教会のトップ、いわば教会で最も偉い人を大主教、その下に主教、副主教、司祭と続くそうだ。
教会は宗教関連のことはもちろんだけど魔法についての管轄でもあって禁術の類や子供たちに教える魔法についてのカリキュラム、魔道具の使用許可といった一切を管理している。
魔道具は勝手に作ってもいいものではなくて各地区の教会に申請を出して許可が必要らしい。ちなみにこの申請、早く許可を出してもらうにはお気持ちを包んでいくと良いそうで教会の闇をみた気分だ。
「やっぱり限界があるなぁ…」
図書室で調べられることは教会の歴史とかそんなところだ。
あ、でもやっぱり主教の衣裳の規定はやっぱり清貧だからあの宝石ゴテゴテはアウトみたいだ。
教会や主教の格によっては刺繍を加えたりするしキャンタヘリー教会は格の高い教会だから多少の装飾は許されているようだけどアレはどう見てもやりすぎ…。
だいたい教会は恵まれない者に積極的に分け与えることが基本だそうなのでどう考えても魔道具使いまくりのゴテゴテ衣裳はダメでしょ…。
もう豪華を通り越して品が無いくらい。
本でこういうことはわかるけどそこまでだった。
今の教会の状況とか、主教たちが寄付金集めに移民を利用しているとかそんなことの真偽はわからない。
8歳のメアリーでは調べるにしても限界がある。
ここの本は代々スティルアート家の人たちが集めてきた蔵書だそうで古いものから新しいものまで様々だ。一番古い蔵書は100年前に出版されたものまであった。古い貴重な本まである一方でラインナップは割と偏っている。
魔法に関する本は潤沢だけど子ども向けの物語は最近のものが多い。…けっこう私が入れさせたんだけどね…。
お兄様も便乗して冒険譚とか買ってたからまぁ良しとしよう。よい物語は後世に語り継がれるべきなのだ。
話が逸れた。
つまり魔法とそれに関わる教会に関する本は見つかるけど、これという決め手となる情報はないのだ。
さすがに衣裳が規定と外れすぎているし魔道具が多すぎるから集めた寄付金を使い込んでいるとはいい難い。衣裳も魔道具も言い逃れはいくらだってできるのだから。
写真や録音機は一応あるけど一番大きいサイズのものでもバレーボールくらいはあったからこっそり持ち込んで証拠を押さえるというわけにもいかなかった。
だいだい、そんなものを持ち込んで主教が簡単に尻尾を見せてくれるとは思えない…。
うーん…。
どうするか考えていると誰かがこちらに向かって走ってくる足音が聞こえた。
「メアリー様、旦那様がお呼びです。お急ぎください!」
メイドのひとりが図書室に飛び込んできた。
図書室では静かにが日本ではルールだったけどここの図書室はスティルアート家個人所有の図書室なのでそんなルールはない。
「一体なんだと言うの?慌ただしい」
「だ、旦那様がお呼びなのです!」
「お父様のお帰りはもっと先でしょう?」
「それが先ほど急に戻られて…」
「はぁ…わかったわ」
溜息をつきながら本を閉じノートをパタパタとまとめた。気だるげな私を無視してメイドがそれを手際よく片付けたら仔牛よろしくドナドナと連れて、っていうかほとんど連行される。
「お父様、お待たせいたしました。どうなさったのですか?緊急だなんて」
談話室、いつも家族で集まる部屋には既にお母様とお兄様が揃っていた。どうやら私は一番最後だったらしい。でもお父様もお兄様もお帰りになるのは週明けだったはずだ。早すぎないか?
「オーギュスト殿下がいらっしゃる」
「はい?」
何の前置きもなくお父様が結論を切り出した。
「オーギュスト殿下がこのスティルアート領にいらっしゃると言っているのだ」
「ええええええええええええええええええええ!?!?!??!?!?!?」
私の悲鳴のあとにお母様からの叱責とげんこつが飛んできた。悲鳴を抑えたところで頭が冷静になるわけではない。とにかく混乱する頭をなんとか落ち着かせよう。
「いつですの?!」
「来年だ。昨日の会議で来年のオーギュスト様の訪問先が我が領地となることに決まった」
「は、はぁ…」
領主に領地内の視察が務めとしてあるように、皇族にも国内の視察という仕事がある。皇帝陛下が直接回るわけにはいかないから勉強も兼ねて皇子たちが国内をまわるのだ。一定期間視察を行い領主と懇親を深め、見識を広くもち国内に皇帝の威光を広めるというのが目的。
視察の期間は長く設定されていて、領地内をくまなく回り平民に皇帝の権力を知らしめる。普段は皇帝一族を意識する平民はいなけど、たくさんの従者を引き連れ威厳たっぷりに闊歩する姿をみて皇帝の偉大さを知るのだという。
「ここ数年スティルアート領は経済的にも発展しているし農業と畜産が大きな産業になっているだろ?その視察が目的なんだ」
お兄様が誇らしげに胸を張った。きっとお兄様はオーギュスト様に自領のすばらしさを認めてもらえたことが嬉しくて仕方ないのだろう。
「殿下はこのお屋敷にもいらっしゃるのですよね…?」
「あぁ。婚約者候補であるおまえとも面会予定だ」
「教会にも?」
「当然だろう?教会の孤児院や学校も視察予定なのだから」
「ほかには?」
「領地内の農地や牧場を案内する予定だ。メアリーも同行するのだから殿下を案内できるようにしておきなさい」
「はい…」
「メアリーは久しぶりに殿下に会うだろう?楽しみだね」
お兄様が屈託のない笑顔で笑いかけてくれた。
私も今でなければオーギュスト様にお会いできることが嬉しくて跳ね回っていたと思う。今でなければ!!!
「どうした?メアリー、嬉しくないのか?」
沈痛な面持ちで黙り込んだ私を気にしたお父様が不思議そうにこちらをみてくる。会議で決まったことは最早覆せない。 言ってしまえばこれはスティルアート領にとっては皇族からの印象を良くするまたとないチャンスなのだ。私がいくら我がままを言ったところでこの決定が覆ると思えない。
「えぇ、とても嬉しいですわ。来年が待ち遠しいくらいです。ですが…」
「ん?」
「あんな汚い街にオーギュスト殿下をお連れできるわけないでしょう!!!い・ま・す・ぐなんとかしてくださぁぁぁぁぁい!!!」
私の悲鳴に近い叫び声は屋敷中どころか、屋敷の外にも響き渡っていたらしい。




