4.ガチの悪役令嬢だから
卒業式、そしてメインの行事である魔法石の授与式は恙なく終了した。
その次に控えるのは謝恩会と呼ばれている学生と先生がただけで主催する打ち上げみたいな行事だ。
本来のメアリーはこの謝恩会に出ることなく、来賓の主要貴族や学校関係者、保護者たちが見守るなか婚約破棄を言い渡されるはずだった。
それまでのメアリーの悪行は学校関係者はもちろん貴族たちをはじめ国中が知れるところだったのでようやく悪役令嬢に正義の鉄槌が下ったと和やかムードで懇親会が進むのだ。
宰相の娘であるメアリーに婚約破棄を言い渡せばオーギュスト様の立場が悪くなるのがふつうなのだけど、これはさすがゲームの世界。
オーギュスト様にはメアリーの3歳年上の兄(攻略対象)が側近として幼少期からお傍に仕えている。
この兄はメアリーの我がままに小さいときから付きあわされ辟易していた。妹を庇うどころか妹の我がままに付き合っていてはこの国もスティルアート領もダメになる。どうか引導を渡してほしいとオーギュスト様に懇願するほどなのだ。
殿下から信頼の厚い兄のお陰でわがスティルアート領は軽いお叱りだけで無傷のまま。
アリスちゃんという男爵家出身の令嬢を迎えたことで真の愛を選んだ皇子と言われ国民から絶大な支持を得ることになり、本来の実力もあって次期皇帝の立場を固める。
途中で世界の破滅の危機とかあったけどアリスちゃんの魔法でどうにかなって、すべての罪をメアリーに押し付け物語は終了というエンディングを迎えるはずだった。
「どこかでルートを間違えた?っていうかこれ誰ルートだ?」
ぶっちゃけオーギュスト様ルート以外はそれほど真面目にプレイしていなかったし攻略サイトみながらプレイしていたからあまり覚えていない。
それよりもミニゲームクリアでゲットできるボイスとスチル回収に必死だった。リズムゲームの腕は壊滅的にダメで腱鞘炎になりながらプレイしたものだ。
「お嬢様、懇親会のお召し物はこちらでよろしいでしょうか?」
私の思考を遮ったのは最近私付になった若いメイドだった。私のメイドは私の我がままに耐えきれず早々と辞めていくか配置変えされるものが多い。
メイド長も若いメイドにさっさと辞められては困るので異動願いが出たらすぐさま対応しているらしい。
メイドの顔と名前を覚える前に異動してしまうので最近はちゃんと顔と名前を憶えていられないのだ。
「えぇ。…そのドレス少し地味だわ。やっぱり赤いドレスにしてもらえる?」
「…」
私が苦言を呈するとメイドはげんなりした顔をしてドレスを抱え直した。
懇親会は打ち上げみたいなものだから夜会の雰囲気に近くなる。女子は頭のてっぺんからつま先まで短時間で華やかに仕上げパートナーの迎えを待つのだ。
前世の世界でいうところのプロムみたいなものだけど、日本に生きる岡部真理には縁遠いものだったしメアリーに至っては参加できると思っていなかったのでドレス選びはメイド任せだったんだっけ。
「あ、ちょっと。アクセサリーは殿下から頂いた真珠のネックレスを必ず用意して。靴もドレスにそろえて頂戴」
「靴はただいまこちらにございません」
「どうして?」
「必要ないかと」
「懇親会までには必ず用意して。殿下にエスコートしていただくのよ?殿下に並び立つにふさわしい恰好をしなくては殿下の沽券に関わります」
…いや、アリスちゃん、けっこう地味なドレスきてオーギュスト様にエスコートしてもらっていたしあんまり気にしなさそうだな…むしろアリスちゃんなら何着ていても一級品のドレスよりも美しいとか似合うとか言っていた気がする…。
「しかし…」
「必ずよ。ドレスが赤なのに靴だけ茶色なんてありえないわ」
「…」
「役立たずで無能なメイドにはさっさと辞めてもらうこともできるのよ?あなた故郷に仕送りするために働いているのでしょう?ここを辞めて次に働き口はあるの?田舎出身で大して学もないのでしょう?」
「…わかりました」
溜息をつきながらメイドは部屋を後にする。
使用人たちに我がままを言って困らせてばかりのメアリーにはよく乙女ゲームに出てくる『実は悪役令嬢だけど使用人には好評』とか『前世の知識を使ってめちゃくちゃ貢献してました』とか『信頼のおけるメイド』なんてものはいないしない。
使用人からはご覧のとおりのありさまだし、なんなら魔法があるぶんこちらの世界のほうがいろいろ便利なものが多いくらいだ。
つまりこのメアリーが『実はいいひとでした』みたいな展開もないのであしからず。
まぁ、それもあって私が本当にメアリーだと確信したわけなんだけど…。
普通、前世の記憶があったら使用人にこんな横柄な態度を取っては可哀想だとか、敬意をはらうべきみたいなことを思い態度は改めるものだ。
でもメアリーは違った。
骨の髄まで甘やかされたお嬢様であるメアリーは前世の私の考え方すら引っ張っていったのだ。あと前世の世界で規則だとかに縛られて自由にできなかった反動かなと思っている。
誰しもが指先一つ、視線一つで思う通りに動いてくれるというのは気持ちがいいもので、幼少期に記憶を取り戻したはずの私はがっつりメアリーの我がまま精神に乗っかっている。
ドレスを持ったメイドと入れ違いに別のメイドが数人入ってきて、私の化粧を直したり髪型を直したりとせわしなく動き始めた。
誰も一言もしゃべることなく黙々と手を動かす様は一見すると異様だが、美容院で美容師と会話することが億劫なように私もあまりメイドと仲良くおしゃべりが得意なほうではないので楽だった。
何より中断された思考に集中できる。
とにかく今はどうして婚約破棄が行われなかったのか、誰のルートに入ったのか突き止めなくってはいけなかった。
しかしアリスちゃん、主人公が誰のルートに入っても婚約破棄のイベントは発生する。
つまり婚約破棄が起こらないことがない。
ならどうして?
ここでラブファンについて今一度確認したい。