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婚約破棄がはじまらない!!  作者: りょうは
'ラブファン~side M~
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25’.8歳 はじめての魔法

私がようやく魔法を授けられたのはなんと8歳になる直前だった。


ちょっと遅すぎない?




朱菫国とのことやリリー様へのお祝いだなんだと忙しくしているうちにあっという間に8歳の誕生日を目前にしておりついに私が怒ったことでお父様はようやく教会に連れて行ってくれることになったのだ。



教会に行くのでいつものお洋服も少しだけ大人しめだ。装飾品は最低限にして白を基調にした装飾を頭の先からつま先に至るまでガッチリ整えられ魔車に詰め込まれた。



「いいか、メアリー。教会では余計なことは言わず、大人しく指示に従っているのだ」


「もちろんですわ。私がこれまで聞き分けのないことなんてありましたか?」


すまし顔で答えればお母様はニコニコと普段通りに微笑みお兄様は眉を顰めお父様は頬を引きつらせていた。

私はそれほどおかしなことを言っただろうか?


お兄様が魔法を授けられたときまだ私は4歳だったから一緒に行かなかったけど、今回はお兄様も一緒に来るらしい。


「お兄様は教会にはよくいかれているのでしょう?教会ってどんなところですの?」


「どうと言われても神聖なところだよ。孤児院や平民たちの学校もあるから賑やかではあるけど礼拝堂には魔道具がたくさんあるんだ。行ったら驚くと思う」


「へぇ、楽しみです」



お兄様のお話をまとめると、こちらの世界の教会というのは孤児院や平民の学校も併設していて、場所によっては病院も備えているらしい。

スティルアート家が懇意にしている教会はアルテリシア国内でも有数の規模だそうだ。だから我が家からも支援をかなりしているそうで、この寄付のお願いが年々上がっていることがちょっとした問題らしい。


とはいえ領民たちにとっては無くてはならない施設に違いはないからなかなか難しいらしい。


お兄様とお母様はときどき貴族の務めということで孤児院に赴き子どもたちと遊んだりしているそうで、そのうち私にもこの役割が回ってくるそうだ。



貴族の子どもは魔法が授けられるまで市街地に出ることはほとんどない。7歳になるまで従者たちに囲まれて安全な屋敷で過ごしていれば事足りるし、なにより誘拐や事件に巻き込まれたらひとたまりもない。


でも魔法を与えられると貴族として認められることになるので貴族としての仕事が回ってくる。領地の視察だとか、慈善活動なんかが代表的でお兄様もお父様やお母様についてこれらをこなしている。




私は前世でアルバイトくらいしかしたことがないが大丈夫かな?



「メアリー。7歳のお祝いになにかほしいものはある?」


お母様が手をポンと叩いて聞いた。


「お兄様も7歳のとき馬を頂いていましたわね…」


その馬はなんだかんだあってお兄様には今違う馬がいるわけだけど…過去の話だ。懐かしい。


お父様もお母様もどうやらそんな前科があるせいか私に生き物を与えるつもりはないらしく、我が家には家畜以外の愛玩動物はいない。

私が気分でどんな扱いをするかわからないせいだろう。


「そうですわね…」


とはいえほしいモノがあればすぐに手に入るから今すぐコレと言ってほしいモノはない。

でもせっかくお父様とお母様がなにかくれるというのだから乗っておかないと損だ。


「なにか考えておきますわ」






そんな話をしている間に魔車は緩やかに減速して自然な動作で停車した。

教会に着いたようだ。


「メアリー、足元に気を付けなさい」


「はい、お父様。うっ…!!」


お兄様に手を取られて魔車から降りた瞬間、私は鼻をしかめた。なんだ、この臭い。鼻を突くような腐った生臭いような臭い。生ごみと生乾きの洗濯物と排水溝の臭いをごちゃまぜにしたような悪臭だ。今すぐにマスクがほしくなったがそんなものはない。お母様も顔にこそ出していないが眉間にしわが寄っている。



とにかくくさい。


「…なんですの?この臭い…」


「あぁ、車に乗っている間は魔法で臭いが消えていたから臭わなかったね。最近こんな臭いがするようになったのだけどなんだろう?」




お兄様は慣れているのかきょとんとした顔でこちらを見ている。

こんな悪臭に慣れるってことがあるのだろうか?


思わず鼻を押さえたらやんわりとお母様に下ろすよう視線を送られたので観念して臭いに耐えることになった。どれほどに臭いがひどくても、一切表情を崩さないお母様は貴族の鏡だと思う。




教会と言うからには神の家というに違いないが、これほどまでに臭いものなのだろうか?この世界特有の儀式につかう道具でもあるのかな…。

それなら最近から臭い始めたっていうのはおかしいよね。どういうこと?




魔車は教会の正面に停車していたようで見上げれば教会の建物を望むことが出来た。

堅牢な石造りの教会はゴシック様式で空に向かって槍のような装飾がいくつも伸びている。壁面には聖人の銅像が一面に埋め込まれていた。左右に建物が伸びていて奥も更に広いことがわかる。教会のほかに学校や孤児院、病院まで併設しているということだから広大な敷地であることがみてとれた。


この悪臭さえなければその荘厳さに溜息でも出ていたに違いない。いくら広い屋敷をみなれていても教会の建築というのはやはり雰囲気が違う。



はやく中に入ってこの臭いから逃れたかったがお父様はなかなか中に入ろうとしない。迎えが出てこないのだ。



これは客人を迎えるにあたってかなり無礼なふるまいに当たるが教会というのは貴族に無礼を働いても許されるのだろうか?



「ようこそキャンタヘリー教会へ!お待ちしておりました」


実際は数分、でも悪臭に晒された私たちにとっては1時間近く待たされたような感覚がある。



私たちをようやく出迎えたのは頭に金色の三角形を伸ばしたような帽子をかぶって裾をひきづりそうな装飾をごちゃごちゃつけた派手な老人だった。真っ白の生地にはびっしりと金色の糸で模様が描かれ、いくつも宝石が縫い付けられていた。背後に2列、従者を10人ほど引き連れ手には杖を構え威厳だけはたっぷりとある。




「ジャック主教、本日はよろしく頼む」


「えぇ、もちろんですとも。さぁ、こちらへ」


ブルドックのように垂れた頬に柔和な笑みを浮かべ私たちを中へ促すように手を広げた。




エントランスを抜けて礼拝室に入ると、そこは別世界のようだった。


蝙蝠が羽を広げたような空に伸びる天上、左右の壁にはカラフルなステンドグラスが一面に貼られ礼拝室を美しく彩っている。キラキラと光が降り注いでいるようにも見えた。天井からは星の粒のような光が降り注いでいて、私たちの頭上に降ってきそうだったが頭に星が当たる感触はしなかった。装飾のほどこされた巨大な柱の間に敷き詰められるように椅子が並んでいるが今日は私たちの貸し切りなのか誰もいない。中央に敷かれた赤い毛足の長い絨毯の奥には祭壇が作られていて、前世とちがって十字架はないが、神様と思わしき銅像が立っていた。その銅像も背後から光が出ていて後光はさしているようだった。



なによりも礼拝室は外と違って臭いが一切しないことでようやく息がまともにできる。



奥の祭壇まで進むとジャック主教は弟子から羊皮紙のような巻物を受け取った。


「それでは只今よりメアリー・イザベル・キャサリン・ド・アブスィルート=ロリーヌ・スティルアートに魔法を授ける儀式を行います。みなさまどうぞ、神に祈りを捧げてください」


ジャック主教の声に従って私たちは手を組んで目を閉じる。こういうところは前世の世界と変わらないらしい。

私は魔法の授与というくらいだからきっとなにか神秘的な光が降ってきたり、なにか力が沸き上がるような感覚がするのかと思ってわくわく胸を躍らせた。




「さぁ、これでメアリー様に魔法が授けられました」


「え?」


光が発生することも、なにか力が沸き上がるような感覚もない。神さまがなにか語り掛けるとか、そんなこともない。っていうか何もない。



全く何も変わった気がしないのだけど本当に魔法が使えるようになったのだろうか?




「ではメアリー様、こちらの羽を浮かせてみてください」


「はい」


弟子のひとりが紺色の布が貼られたトレイに真っ白のふわふわとした羽を1枚乗せ私の前に差し出す。


「どのようにしたらよいのでしょう?」


「羽を浮かせる想像をしてください」



ジャック主教の言う通り、羽が浮かぶイメージを頭に描いてみる。魔法が出てくる映画や漫画でみたように手を一切使わず、羽が軽やかにひとりでに浮いているように。


するとトレイから羽が浮かび上がり、ふわふわと空中を漂い私の頭上をくるりと一回転してふんわりと足元に落下した。



「素晴らしい!魔法はここに正しく授けられました」


主教の後ろに一列に並んだ弟子たちが祝福するように拍手をして口々におめでとうございますと述べる。


「おめでとう、メアリー」

「これからも勉学に励むように」

「よかったわね」


私を見守っていたお父様たちも同様に拍手をしてお祝いしてくれた。




…なんだか拍子抜けだけど、これで私は魔法使いになったのかしら?






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