23’.7歳 リリー様への祝福とお兄様の正しさ
数日に及ぶ朱菫国との関係改善に向けた会議はようやく一つの結論を迎えた。
よもや開戦かとさえ噂された両国の関係は古典的な方法で平和的な解決を迎える。
朱菫国第3王子、セイガ殿下とアルテリシア皇国エスターライリン家リリー・ホワイト・ファルフィルカ・クリスティル・エスターライリン様の婚約が発表されたのだ。
この結論に世論は大きく割れた。
まるで第3王子が生贄ではないかという同情の声、わずか7歳という年齢で将来を決められてしまったリリー様を哀れむ声など様々だ。
そしてその裏でひそかに『我がまま令嬢が仕組んだのではないか』という噂が囁かれるようになる。
何の根拠もないうわさはこれまでのメアリーの悪行も相まってある種に信憑性を持って駆け巡り、アルテリシア国内ではリリー様を擁護するようになるが、不思議と以前のようなスティルアート家への批判は起きなかった。
記者たちがスティルアート家への批判記事を書くと領地内に入れなくなることを身をもって知っているからであるが、その事実は大衆には知らされていない。
と、まぁそんなカンジで私の作戦はとてもうまくいった。
我が家の大勝利だ。
あの後お父様にはきついお小言を食らうが職人たちも運転手たちも魔力切れでお屋敷は死屍累々。しばらく領地に戻ることも出来なかった。
だからこそ会議の結果がどうなったか知ることが出来たのだけどね。
世間はどうあれ今日はリリー様にご婚約の祝福をしにきた。すっかり『平和のためにその身を犠牲にされた聖女さま』なんていう評判までついてリリー様の実家であるエスターライリン家は複雑そうだ。
エスターライリン家もオーギュスト様の婚約者候補にリリー様を上げるべく奮闘していたわけだから、私が裏で手を引いていたと知ったらタダでは済まされないだろうなぁ…。
「メアリー、ここからは気を引き締めろ」
「はい、お父様」
お父様の囁くような小さな声にひっぱられるように表情筋を締めた。隣に立つお兄様はすっかり外向きの顔でいつもの柔らかな表情は硬く締まり切ったものになっている。
「この度はリリー様のご婚約おめでとうございます」
ドレスをつまんで頭を下げ、ゆっくりと浮上させるとそこには目を真っ赤に腫らしていまにもとびかかりそうなリリー様がいた。
婚約が決まってしばらくたつのにまだ泣いていたということだ。今にも決壊しそうな瞳には涙が溜まり、口元は何かを堪えるように唇を噛みしめている。小さく柔らかそうな手はきつく握られていて、突いたらパンとはじけ飛びそうに思えた。
今日は以前のように見目麗しい執事たちは連れていないらしく、部屋のなかにはメイドしかいなかった。
リリー様の隣に立つのがエスターライリン家の当主だろう。お父様とそれほど歳は変わらないだろうにスラリとしていて線が細い。色素が薄いところはリリー様とよく似ていたが気難しそうな人柄がよくわかる顔立ちでインテリっぽい印象だ。エスターライリン侯爵もリリー様同様、憎しみをたっぷり含んで私たちの祝辞を受け取った。
「…よくその口が言えたものだな、スティルアートっ!!」
「何をおっしゃるやらわかりませんなぁ。会議には貴殿も参加していただろう」
「ヒース伯爵は前日まで貴殿の娘を婚約者とするべきだとしていた。それを最終日に突然…!!貴様ら一体何をした?!」
「何をと言われても何も。伯爵もおっしゃっていたではありませんか。我が娘を婚約者とすれば朱菫国にどのような恨みを買うかわかりません。朱菫国と良好な関係を築くのなら7歳にして聡明で教養高くお家柄も申し分ないリリー様のほうが相応しいと」
「それなら貴様の娘とて同様だろう!だいたいこの事態を招いたそもそもの原因はスティルアートの不始末ではないか!それをどうして我が家が責任を取らねばならぬのだ!?リリーがかわいそうではないか!」
「両国の関係悪化の原因が我が家の娘にあると…そんな根も葉もないうわさを信じているとは…嘆かわしい。両国の関係悪化は長年積もりに積もった政治的なものであると。ご存じでしょう?」
「きっかけは貴様らが職人らを引き抜いたことだろう!とぼけるな!!」
エスターライリン侯爵がバンっとテーブルに拳を叩きつけた。その音でついに我慢が限界に達したのかリリー様が嗚咽を漏らし始めてメイドたちどころかお兄様までリリー様に憐憫の目を向けている。
…おいまて、お兄様は私たちサイドの人間だろうが。同情してどうする
このビッチのことだ。同情を誘っているだに決まっている。
私はいい加減面倒くさくなってきた。リリー様にお祝いをするからということで準備だなんだと、結局まだ私は魔法を授けてもらっていないのだ。いいかげん8歳になってしまいそうである。
もうここは奥の手を使うか。
「あら、リリー様。今日は可愛いワンちゃんたちは連れておりませんのね」
「えっ?!」
「何を…!?!?」
当主もリリー様も動揺を見せた。さっきまで涙をぽろぽろこぼして泣いていたリリー様の瞳から涙がひっこんで、手が小さく震えている。
「私、以前お見掛けしましたのよ?リリー様が黒い服を着たかわいいワンちゃんを5匹も連れていらっしゃるところ。お背中に乗せてもらったり随分楽しそうでしたわ」
「それをどこで?!?!」
「どことは申しませんけど…随分変わった趣味をしていらっしゃいますわね。私には到底あんなことできませんわ」
この様子だと当主も知っていて、外には知られたくないことだったのだろう。さっきまでお父様に食って掛かっていた勢いがなくなりお顔が真っ青だ。
「きっと、リリー様なら遠く異国からやってきた王子様ともうまくやっていけると思いますの。なにせ何匹もワンちゃんを可愛がっていらっしゃるようですしとても懐かれていましたから。お家にはもっとたくさんのワンちゃんを飼っていると思っていたのですがそうでも、」
「メアリー様!どうかそれ以上はご勘弁をっっ!!」
「ふふっ!私ったらお話しすぎてしましましたわ。失礼いたしました」
そこから当主は一切こちらに噛みつくことは無く、形式だけのご挨拶は粛々と進んだ。今度はリリー様が別の意味で涙を見せているがその涙の意味を知らないのはお兄様だけのようで、終始きょとんとしている。
…お兄様、あなたはどうかそのままでいてください。
帰りの魔車からみる街は夕日に照らされて茜色に染まっていた。急増する人口に追いつけなかった街は荒れていて夕焼け色と相まって黄昏という言葉を思う存分に表している。車内は空調整備がしっかりとしているので気にならないけど一歩外に出たら悪臭でくらくらしそうだ。魔法がこれだけ発達しているなら環境整備もするべきじゃないだろうか。
「…こんな仕打ち、あんまりではありませんか」
外へ向かっていた意識が引き戻される。
お兄様が行儀よく揃えられた膝の上でぎゅっと拳を握って小さく震えていた。俯き伏せられたお顔は今にも泣きそうで、さっきのリリー様を思い出した。声も震えていて、この発言が一世一代のものであったと理解した。
「こんな、とは?」
お父様はわかっているだろうにわざとお兄様に問うた。私でも理解していることだ。お父様がわからないはずはないのでこれはお兄様を試しているのだろう。
「エスターライリン侯爵も言っていたではありませんか。我が領地が起こした問題の責任を全てリリー様に押し付け我が家は知らぬ顔…。あまりにも無責任です。僕は自分がスティルアートの人間であることを誇りに思ってきました。…今はそれは恥ずかしくてなりません」
震える声で必死に訴えるお兄様を見て私は唐突に理解した。
お兄様。アルバートという人物は優しい。
ゲームのキャラクターとしてももちろんだし、実の兄としても上位貴族の跡取りとは思えないほどに誠実で真面目で真摯で、優しい人だ。
そんなアルバートにこの件は荷が重かったのかもしれない。
「ではアルバートはメアリーが朱菫国の王子と婚約をすればよかったと思っているのか?」
「違います!」
「ならばエスターライリン家の娘が婚約者でなければよかったと?それこそ偽善だ」
「そういうわけでも…」
お兄様はお父様の追及に語尾を小さくしていった。
お兄様自身、結論は出ているはずないのだから。
「私たちが求めるはスティルアート家とアルテリシアの利益でしょう?たかがリリー様お一人の婚約でその両方を得ることができたのですからこれは喜ぶべきではなくて?我が家としても強力なライバルがいなくなったことですし」
「まさか!メアリー…それが目的で…?」
「どうでしょうね?」
そう言って、会話を拒否するように再び茜色の窓に視線を移した。
お兄様が軽蔑するように私を見ている。口はわなわなと震え言葉を失っているようだった。
本当にお兄様は優しい。
どれほど私やスティルアートに責任がないと主張しても世間はそう見てくれない。
私のようにそんな批判どこ吹く風で悪役を務めることができればこれほどに苦悩することはないだろう。アルバートの優しさは長所ではあるが貴族としては足を引っ張ることになるだろう。
お兄様はこれからきっと自問する。
どうしたらリリー様を犠牲にすることなく朱菫国との関係を保つことができたのか。
自分がメアリーの行いを制止することができればこんなことにはならなかったのではないか。
自分にもっと力があれば…。
今、お兄様にはメアリーが化け物のうように映っていることだろう。この小さな妹の皮を被った悪魔はナニモノかと。
でもそれでいい。
アルバートは、メアリーを嫌悪しなくてはいけない。
そして己の優しさと自問しながら己の正しいことを実行できる人になっていく。
メアリーという悪を間近でみて。
そうやってお兄様は立派なスティルアート家の次期当主として、オーギュスト様の側近となっていくって、私は知っている。
オーギュスト様のためにも立派な人になってください。




