21’.7歳 お母様の知恵
「え?魅了の魔法?確かにあるけど禁術だからたとえ貴族であっても習得はできないよ」
「禁術なのですか?」
「あぁ。相手の意思を奪う魔法だから危険だろ?第一魅了の魔法を使うための魔道具がないから実質使うことはできないだろうね」
「そうですか…」
ということはリリー様が魔法で男たちを操っていた可能性はなくなった。
つまりそれは彼らの意思でリリー様に頭を垂れているということ。
尚のことタチが悪いわ!!
あの後即座に部屋に戻った私はメイドに命じてスティルアート領の職人たちに連絡を取った。奥の手を使うためだ。
そして会議から先に戻っていたお兄様にとある一縷の可能性を潰すべく詰め寄ったというわけ。
この世界の魔法って万能なようで実は制約がいろいろとある。
まず、道具が必ず必要ということ。
それは簡単な魔法石であったり魔道具であったり形はいろいろなのだけど魔車にしても泡だて器にしても魔法を使うには道具が必須なのだ。
道具なしで魔法を使うこともできるのだけどできることは限られている。最初にお兄様が魔法を手に入れたときにしたくれたようなモノを浮かせるとかその程度。
魔道具が使えるようになるっているだけでもかなり便利なんだけどね。
リリー様の執事たちはもしかしたらリリー様に魅了みたいな魔法を使われていた可能性があるのでは?と思っていた。リリー様は私と同じ7歳だけど魔法の授与は7歳になったらいつでもできる。私と違って7歳になってすぐに授与されたのなら魅了の魔法で執事たちを操っていたのではないかと思ったのだ。
…そんな魔法を使って他人を操っているっていうのも許しがたい行為ではあるけどさ…。
「メアリーなら魅了の魔法なんて使わなくてもみんな夢中になるよ」
お兄様はそういって微笑みながら私の頭を撫でてくれた。妹を見るその目は兄らしいやさしさに満ちていて荒ぶった心が少しだけ癒される。
アルバートがメアリーに優しいのは今だけだ…できる限り堪能しておこう。
「ふふ、ありがとうございます。ところでお兄様、今日はヒース伯爵はいらっしゃいました?」
「え?そりゃもちろんいらっしゃったけど…それがどうしたんだい?」
「ヒース伯爵はうちのお菓子を大変お気に召していただいてるようですので是非お礼をしたいと思いまして」
「たぶん執務室じゃなくて図書室の個室にいると思うよ。あそこは唯一図書室でお菓子が食べられる場所だからいつもあそこにいるそうだ」
「あら、そうですの。ではあとでお邪魔してみようかしら」
「本当に邪魔はしないようにね…」
お兄様が心配そうに言ったことを尻目に私は飛び出すように自室に戻った。ベッドで寝ていると思っていた私が外から戻ったのでメイドたちが大慌てしていたがそんなことはどうでもよかった。
「あちらからの連絡は?」
「魔車をどれほど使ってもやはり今日中に王都へ到着するのは無理です!」
メイドのひとりが噛みつくように返す。しかしその程度でひるむ私ではない。
「言い訳は結構!なんとしても職人と例のものを本日中に王都に連れてくるのです!!」
そう一喝すると今度はメイドたちが怯んだようで、それぞれに各々と魔道具を使って連絡をはじめた。
リリー様からようやく逃げ切って、部屋に戻ってすぐのことだ。
『あなたたち!すぐにお母様に連絡をして』
『め、メアリー様!?お部屋におられたのでは?!』
『一体いつの話をしているの?それより今はお母様に連絡を取りなさい!すぐに』
『は、はい…!』
すっかり私が部屋で寝ているとおもって仕事をそこそこにおしゃべりを楽しんでいたメイドたちは弾かれたように慌ただしく動き出した。
既に時間を大きく無駄にしている。少しの時間も無駄にできない。
『メアリー様!繋がりました!奥様です』
メイドの1人が私の顔が映るくらいの鏡を差し出した。卵型の鏡にはスタンドが付いていてパッとみただけなら只の鏡にしかみえないが、これは立派な魔道具だ。
『メアリーちゃん?どうしたの?』
鏡面には私の顔でなくお母様の顔が映っていた。これは音声と相手の映像を来ることができるテレビ電話のような魔道具になっている。鏡越しではあるが相手の顔はハッキリと映るし音が遅れることもない上級品だ。
『お母様、急ぎお願いがあります。どうか朱菫国の職人たちを王都に送っていただけませんか?』
『どういうこと?』
『これにはスティルアート家の悲願がかかっております』
『そちらに送ることは構いません。でも理由をしっかり話してくれないと許可は出来ないわ』
お母様のいう事は最もだった。何の権限もない私が職人を送れと言っても私がお菓子食べたさに我がままを言っているとしか思えないだろう。
しかし今日見たリリー様のことを話しても信じてもらえるとは思えなかった。
わずか7歳の女の子がふしだらな遊びに興じていると言っても実際に目の当たりにしていないお母様には信じがたい光景だし、ヘタをしたら私が嘘をついていると思われてしまう。
言葉に詰まる私の様子をみたお母様がニイっといたっずらっぽく笑った。
『そうねぇ、新作のお菓子を王都に宣伝しに行くということだったら送ってあげるわ。ちょうどそちらにヒース伯爵がいらっしゃるはずよ』
『えっ…?』
『ヒース伯爵はああみえてウチのお菓子をたくさん買ってくださるの。どうせ娼館の女の子にでも貢いでいるのでしょうけど、そういう情報網って侮れないのよ』
『お母様…』
『せっかく王都にいるのですもの。どういうふうに使うかはあなたに任せるけどしっかり宣伝してきてくれるならいいわ』
『は、はい!!かならず!!』
『今すぐ準備を始めても到着は明日になるけど大丈夫?』
『いえ、ダメです!会議は明日まで。それに間に合わせなくてはなりません!』
『えぇ…?!』
そこから家はひっくり返ったような忙しさだったらしい。
まず家で一番早い魔車を手配、職人たちはすぐに準備、材料の準備と自分たちの準備も必要だから荷物の量が多い。
身の回りのものを減らすことはできても道具を減らすわけにはいかないから積載量の多い魔車が必要でそうすると速度がでない上に運転できる運転手も限られてくる。魔力も足りない。
家中の運転手を総動員してこちらに向かっているけどそれでも足りないからこちらからも何人か交代要員として迎えに行かせている。
それでも今日中にこちらに着けるかは五分五分だそうで、王都で魔車の運転手として働いている人も雇いこんでいるらしい。
またスティルアート家の令嬢がわがままを言い出したともっぱら話題になっている。
でも会議は明日の午後から。
会議は待ってくれないのだ。




