20’.7歳 綺麗な花には
(少しだけアダルト~な表現があります。苦手な方はご注意ください)
正直、王都に来ることになったことは迷惑以外なんでもなかった。
オーギュスト様は朱菫国との折衝でお会いすることはできないし流通の関係でスティルアート領で流行っている最新のお菓子は食べられない。面倒くさい貴族とのやりとりに神経を使うし何よりも魔法の授与が後ろ倒しになってしまったのだ。
7歳になるとアルテリシアの子どもは教会で魔法を授かることになっている。
これによって一人の国民として認められるとかいろいろあるのだけど実際のところはあまりにも小さいうちから魔法が使えると危険だからだと思っている。
魔法が使えるようになるとメイドがいなくても自分で魔道具が使えたりするから便利なんだよね。
王都のスティルアート邸から私とアルバートお兄様は休む間もなく王宮に連れてこられた。アルバートお兄様は次期当主として同行ってことらしいけど私はどちらかというとこの事態を招いたことに対する責任を感じろということらしい。
何度も言うけどこんなことになるなんて思わなかったんだってば!!
まさか職人引き抜きたいなんて言った程度で国際問題に発展とかどんな展開よ。きっかけは私の我がままかもしれないけどここまで事態が悪化したのは朱菫国とアルテリシアの関係が元々危なかったからであって私に大きな責任はないと思うんだよね。
「まぁゲーム通りに悪役令嬢になっているわけだからシナリオ通りってことかなぁ」
到着して早々に会議に向かったお父様とお兄様と違って暇な私は王宮に用意された部屋からさっさと脱走した私は王宮の庭をぽてぽてと散歩していた。一応ほかの貴族家の令嬢も何人か来ているらしいけどそちらとは接触を固く禁止されているので本当に暇なのだ。
会議が行われている中央と違ってこちらはまだ昼過ぎという時間もあり静かなものだった。メイドたちも私は部屋のベッドで昼寝していると思っているだろう。
王宮には一昨年オーギュスト様とお会いした中庭以外にもいくつかの庭があって今来ているのは別の庭だ。
まさかあのときルイ様を誘拐したことは完全に油断したと思っている。ルイ様はゲームでも可愛い系のショタっ子だったけど本当のショタ期はゲームの比じゃなかった。天使が降臨したかと思った。そりゃオーギュスト様の弟なのだから天使でも不思議じゃなけいどさ。
とはいえ主人公に接触したわけじゃないしメアリーとルイ様が幼少期仲が良くてもシナリオに影響があるとは思えないし多少はセーブだよね。うんうん。むしろメアリーとルイ様に接点がないほうがおかしいって!
そう結論付け頭を振って周囲を見渡した。庭はそれぞれに個性をもたせているようでこの間の中庭はお茶会向きの広々としたものだったけどこちらの庭はどちらかというと花を愛でるための庭のようでよく手入れされた花々が競い合うように咲き乱れていた。レンガが敷かれた通路で道が作られており花壇と人が通る場所はしっかりと区切られている。その光景はさながら童話に出てくる黄金の道のようだ。レンガの道がカーブを描く箇所にバラを這わせたアーチが置かれているところも童話の雰囲気を良く引き立てていて思わずクスっと笑ってしまう。子どもくらいならすっぽりと隠れてしまえそうな茂みはかくれんぼでもしたら楽しいだろう。
もしかしたらオーギュスト様もここでルイ様と遊んでいたかもしれないと頬が緩んだ。
「全く、会議はいつ終わるのかしらねぇ」
「明日までと聞いておりますが退屈なことこのうえありませんね」
「お嬢様をお待たせするなんて王都の人間は教育がなっておりませんね」
「早くお屋敷に戻りたいです」
「ほんとうに。早く帰ってかわいい子たちと遊びたいわぁ」
人の声がして、咄嗟にバラに茂みに身を隠した。まだ7歳のメアリーの体なら十分に隠れることができる。あちらはどうやら複数人いるようで何人かの靴の音がした。あの声は…。
「はぁ。私足が疲れちゃったわぁ。ちょっと休憩しましょう」
「はい。リリー様」
そう!前に会ったエスターライリン家のリリー様だ!どうやら家用の話し方と公の話し方を分けているようで語尾をのばしたゆったりとした話し方をするらしい。
私と同じ7歳だったはずだけどそのしたたかさは貴族そのもので相手に与える自分の印象をよくわかっているような少女だった。さすがウチと並ぶ貴族の令嬢というだけはある。
しかし他家との接触が禁止されているし何より私は今メイド一人連れていない。この状況でリリー様と会うのは如何にも分が悪い。さすがに貴族のご令嬢がメイドの1人も連れずに独り歩きなんて怪しいことこの上ないし教育がなっていないという批判を受ける可能性がある。
オーギュスト様の婚約者候補として競う間柄のエスターライリン家にその批判を受けることは避けたかった。ここは様子をみて立ち去ったほうがいいだろう。
あちらの様子が気になって茂みからそっと顔を出して相手の様子を伺う。
するとそこには驚くべき光景が広がっていて、思わず声が出そうになるが両手で口を塞いでなんとか耐える。
リリー様に仕える年若い執事は5人。メイドは一人もいない。
みな若くて、かつ全員が細身の長身で容姿が整っていた。それぞれタイプの違う容姿端麗な男が同じエスターライリン家の執事服を身に着けわずか7歳の少女に傅いている。それだけなら驚くべき光景ではない。容姿端麗な従者を好むのはどこの家でもあることだ。
執事のひとりがレンガの道で執事服が汚れることもいとわず四つん這いになっていた。そして当たり前のようにほかの4人も見下ろしている。リリー様さえも。
そのリリー様は四つん這いになった男を見下ろして扇子を口元に当てると何か考える仕草をしてその扇子で男の背をパチンと叩いた。
「気が付かない執事ねぇ」
「も、申し訳ありません!!」
すかさず気が付いた別の男がリリー様を抱き上げ四つん這いの男の背にそっとリリー様を乗せる。
…え?どういうこと?
「えらいわぁ。さぁ、こちらへいらっしゃい」
満足気にほほ笑むリリー様は抱き上げた男を手招きすると男は素早くリリー様に跪き、まるで慈愛に満ちた聖母のようにリリー様は男の頭を撫でた。
それは聖母が敬虔な信者に慈悲を与えるかのように神々しい光景ではあったが男の顔は恍惚とした色を含んでいてその光景を見つめるほかの男たちもまた、お菓子をもらえなかった子どものように悔しそうにしてた。
あまりにも7歳の少女とは不釣り合いな光景に思わず眉をしかめた。
神々しさなんてどこにもない。あるのは欲に塗れた禍々しい光景だけだ。
「リリー様!足がお疲れではありませんか」
頭を撫でられる様子を羨ましそうにみていた男が溜まらずリリー様の足元に膝をつく。
「そうねぇ、少し疲れたわぁ」
リリー様がその小さな足をそっと上げると、7歳の少女らしい小さな艶やかな汚れひとつない上等な白い靴が同じく白いドレスの裾から現れた。
膝を付いた男が宝物でも扱うようにその足を手にとるとそっと靴を脱がせ汚れを知らない滑らかな肌に丁寧に手を這わせた。手を這わせる男は丁重にマッサージしながらも徐々に口元が足に近づけていく。よくない熱を持った男の目は待てをされている犬のようだった。
しかししつけのされていない犬を制したのは飼い主であるリリー様だった。
男の手に任されていたリリー様の足が容赦なく男の頬を蹴り飛ばす。
「ぐっ…!!」
「まだしつけがたらなかったかしら?ご褒美はまだよ」
「も、申し訳ありません…」
赤く腫れた頬を抑えながら男は再び主人の足を揉み始めた。叱責された男は反省していると思いきや極まったような法悦にひたった顔をしていて、この行為こそが褒美であると感じられる。
どこから準備していたのか湯気の立つ紅茶をリリー様は優雅に飲み始めとうとう私はこの場を立ち去るタイミングを失ったことを悟った。
見た光景が信じられなくて、理解するまでに時間がかかる。
え?リリー様って同じ歳だったよね?7歳だよね?もしかしてリリー様も異世界転生者?年齢詐称してる?
いやいやいや!!にしてもあんなことできる?!私も悪役令嬢だけど男の侍らせて逆ハーレムなんてしてないから!!
ふしだらすぎる!
だけどひとつだけはっきりしたことがある。
例え高位貴族であろうと容姿端麗であろうと頭脳明晰で令嬢の中の令嬢であろうと、リリー様をこのままオーギュスト様の婚約者候補にしてはおけない。
あんなビッチをオーギュスト様に近づけてはいけない!




