19’.メアリー付きのメイドはやってられない~side other~
今しがたお嬢様のメイドをクビになった。
私はメイド長に引きずられ屋敷の従者たちが使っている控室に連れてこられた。
メイド長は控室のドアを閉めると溜息をついて私の前に腰かけた。
住み込みのメイドには部屋が与えられているが私のように通いのメイドはこの部屋のロッカーに荷物を置いて仕事をしている。控室には存在感のあるロッカーと簡単に食事がとれるテーブルセットが置いてあってメイドたちの溜まり場だ。
「メイド長!こんな解雇あんまりです!不当です!」
私はこぶしを握って解雇への抗議を申し出た。たかが7歳のお嬢様の機嫌ひとつで仕事を失ってたまるか。
私は実家に仕送りを送らなければいけない。ようやく給料の良い貴族のメイドになれた。
貴族のメイドというのは運が良ければいい出会いを主人から斡旋してもらえるかもしれないし一生お目にかかることができない最新のドレスや宝石を直に見ることができる、若い娘にとっては花形の仕事だ。
田舎でも私ほど高位の貴族に雇ってもらえる女はいなかったしスティルアート家のメイドになれたことが誇りでもあった。
だからこんなことで辞めさせられるわけにはいかない。
「…あなた、故郷のご家族に仕送りをしているそうね」
「はい。実家にはまだ小さい弟や妹たちがおります。母が病弱なので私が薬代を稼がないといけないのです」
「そう」
メイド長は悲しそうに再び溜息をついた。この調子なら旦那様に融通してもらえるかもしれない。
私はすこしだけほっとした。
でもそれはぬか喜びに終わった。
「なら、こんなことをするべきではなかったわね」
メイド長は立ち上がると私のロッカーのカギを開け扉を開けた。
「そ、それは…」
そこには私のカバンと一緒にネックレスにバレッタ、ペンダントやボタンが仕舞い込まれていた。ロッカーのカギは魔法で施錠できるもので私が持っている鍵以外には今メイド長が使った鍵でしか開けることができない。
つまり全てバレているということだった。
「これ、メアリー様のネックレスと髪飾り、あとは奥様のピアスかしら…。あとはドレスについていたボタンね。どれも帳簿に購入履歴があるしボタンは商会に問い合わせればすぐにいつどのドレスに付けたものかわかるわ。さて、どうしてこんなところにあるのか説明してちょうだい」
「…」
「こんなことしていなかったら別の担当に代わってもらうように手配しようと思っていたけど…『スティルアート家は盗人を雇っておくほどの寛容さはありません』と奥様より言付かっています。今回はまだ未遂でしたからこれ以上は何も言いませんが荷物をまとめて出ていきなさい」
「…はい」
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「メアリーには何かセンサーでも付いているのかしらね」
奥様はそう言ってクスクスと笑ったが、この家のメイドたちをまとめる立場の私は笑いごとではない。
メアリー様がこうして従者を突然クビにしたかと思ったらその従者が悪事を働いていたということは初めてではない。
やはり年若い女だ。いくら高額な給料をもらっていても金の使い道は星の数ほどある。手の届くところに売れそうなものがあればつい目がくらんでしまう不届きものも少なからず存在している。
今日クビになったメイドも口では故郷の母親の薬代のため、とは言っていたが同僚から既に新作ブランドの衣服カバン、宝飾品に高級レストランのディナーといった金遣いの荒さが報告されている。
「しかし奥様はいつからあのメイドが盗みを働いていることに気が付いていたのですか?」
「あぁ。届いたばかりのドレスのボタンが全て外れていてみなさいよ。怪しいったらこの上ないじゃない。少し怪しいと思ってほかのメイドに調べさせたらアタリだったってだけよ」
「はぁ…」
この屋敷の従者たちはみんな奥様には逆らえない。奥様がどこで誰を使って何を調べているかわからないからだ。
「そういえばあのメイド、田舎に家族がいるって言ってたわね」
「は、はい」
「ふうん、その家族にも責任とってもらおうかしら?」
「え…?」
「我が家の資財を盗もうなんて身の程を知ればいいのよ。母親が飲んでいる薬の値段でも上げてみようかしら。それとも父親の仕事をなくしてもいいわね。新しい事業にも手を延ばそうか検討しているところなの」
「…」
メアリー様は時にわずか7歳とは思えない残虐さを発揮する。それは純粋無垢な幼子故の行いだと誰しもが想っていたがその遺伝子は間違いなく母親から受け継いだものだろう。
社交界の華と誉高い高位貴族の女主人はただ美しいだけでは務まらないということだ。
「今日はメアリーが王都へ行くんだったわね」
「えぇ。今はその準備で…」
「そう。少し退屈だわ。旦那様はアルバートも連れて行くんですもの」
「奥様にはお屋敷を守るという大切なお役目があるではありませんか」
「でもメアリーが家にいるときが一番楽しいのよね。あの子なにをするか全く予想がつかないから」
そう言って、奥様は少女のようにほほ笑んだ。確かにメアリー様も何をしでかすかわからないが、私にとっては旦那様の許可がいらない分この女主人のほうが何をしでかすかわからない。




