18’.7歳 お菓子がいっぱい
朱菫国から職人を引き抜いて私の食生活は一気に華やかなものになった。
元々アルテリシアにもカステラみたいなお菓子はあったからそれにクリームをたっぷり塗ってフルーツを飾ったケーキや細かい砂糖を固めて作った砂糖菓子、プリンにゼリー。最近ようやく形になったシュークリームはなかなかの出来栄えで新しく売りだそうと頑張っているらしい。
コレコレこういうふうに作ってと言えば有能な彼らは私の要望通りにお菓子を作ってくれるし少々高価な材料を使っても潤沢な我が家の資金はこの程度で痛まない。魔道具も簡単に手に入るし貴族に生まれ変わってよかったー!
朱菫国風のお菓子はいまやアルテリシア国内で一大ブームを起こしている。
提案したのは私だけど自分の分さえあれば構わないのでそちらはどうでもいいんだけどね。
スポンサーになった我が家にもそれなりの実入りがあるらしくそちらはお母様が主導しているそうだ。
「アイスの開発は進んでるかしら?」
ギイと、厨房の扉を開けると、何人かの職人が調理台を囲んで何やら話し込んでいるようだった。
「メアリー様、如何されました?」
私に気が付いた若い男が私の目線に合わせて膝を折った。厨房用の白い調理服は朱菫国風の前で重ねるタイプで頭には髪の毛が落ちないようにする円柱状の帽子が乗っている。
彼は職人の中でも若いほうで父親がアルテリシアに引き抜かれたことをきっかけについてきたのだ。
「王都に行く前に頼んでいたアイスがどれくらいできているか確認したくて」
「左様でございましたか。ではこちらをご覧ください」
「この濡れた床を歩けというのかしら?」
眉をひそめながら水で濡れた床を指さした。昼食を終えたばかりの厨房は一度清掃がされているようでモップでこすったばかりなのか薄っすらと濡れていた。これではドレスの裾が汚れてしまう。
「し、失礼いたしました!!」
男は深々と頭を下げるとどうしたらいいのかとソワソワしだす。それをみて背後に控えていてメイドがクスっと笑った声が聞こえ視線だけを背後に向けた。
「あなた、今この場でクビよ。さっさと荷物をまとめてお家に帰りなさい」
「えっ…」
サァっとメイドの顔が真っ青になる。まさか自分がクビになるなんて思ってもいなかったのだろう。
「私がここへ来るならドレスが汚れることくらいわかったでしょう。靴を用意するなり服を別のものに変えるなりできたはずだわ。そういう配慮をするのは彼らの仕事ではなくあなたの仕事でしょ。愚図は嫌いよ。すぐ消えなさい」
手でぺっぺと払うような仕草をするとすかさず年嵩のメイドが彼女の腕を引いて連れて行った。よく出来たメイドは動きが早いのだ。
私がこんなふうにメイドや家人をその場で解雇することは今に始まったことではない。彼女らも慣れているのだろう。
「中には入れないから進捗だけ教えて頂戴」
「は、はい!以前もお話したようにクリームとミルクだけでは味にコクが足りませんでしたので卵の黄身をと砂糖を加えて再改良しているところです。今は配合のバランスを調整しているところです」
「ふうん」
たしか前世でもそんな風にできるって聞いたような気がするなぁ…。作ったことないから知らないけど。
職人の男が視線を送った方を見ると、調理台の上にはボウルに泡だて器がくっついたような魔道具が稼働しているようだった。ぐるぐるとモーター音を響かせほかの職人たちがボウルの中を眺めたりメモを確認していた。
「よろしければ少し味見されますか?」
「あら、よろしいかしら」
「もちろんです」
男はぐるぐると回っていた魔道具を一度とめ、小さなガラスの器に薄黄色の塊を盛り付けた。イメージしていたものより色味は濃いが卵の影響だろう。
シルバーのスプーンを添え、恭しく差し出す。
「どうぞ」
ひんやりと冷たい素朴な味がした。前世で食べていたアイスより舌ざわりは荒いが味は懐かしいアイスの味だ。冷たい食感が新鮮で、甘いクリームが口いっぱいに広がった。咀嚼することなく舌だけで蕩けていく。
「卵の生臭さがまだキツイわ。甘さやコクは良いけどこれはまだまだね」
「…そうですか」
「でもあと少しよ。頑張ってちょうだい」
「は、はい!メアリー様が王都からお戻りになることには必ず完成させて御覧に入れます」
「期待しているわ」
アイスの進捗を確認し終えたらすぐ王都へ出発だ。
私はすぐ回れ右をして厨房を後にした。メイドたちが慌ただしく準備をしている。私が厨房に行きたいを言い出したしメイドが急に減ったから準備が立て込んでいるのだろう。
朱菫国の職人の引き抜きはスティルアート領に多大な利益をもたらした。
もちろんその代わりにスティルアート家にはかなりの批判ややっかみがあったらしいけどそれらを受けて尚、利益は大きかったらしい。
でもアルテリシアはそういうわけにいかない。
この職人引き抜きをきっかけにこれまで両国の間で燻っていた火種が一気に爆発したそうで過去の事件から些細な問題、言いがかりとしか思えない抗議まで噴出し、今や両国の間でいつ戦争が起こってもおかしくない状況にあるのだとか。
…職人を引き抜こうと言ったのは私だけどまさかこんなことになるなんて思わないじゃん…
この事態に対応するため王都で会議が開かれることになったのだ。陛下の側近であるお父様はもちろん参加だし今回はさすがに無関係というわけにもいかないということで私も一緒に行くことになった。
ゲーム開始前のことはさすがにわからないしこの会議がどうなるかはさすがにわからなかった。
ただゲームの進行通りなら私はオーギュスト様の婚約者から外れることはないはずだしアルテリシアが負けるとかそういう事もないはず。
とはいえ今現在の状況ではゲームのシナリオ通りに進んでいるのかわからないことも事実なわけで…。
「どうしたものかしらねぇ…」
慌ただしく荷物を確認するメイドたちを後目に温かいミルクティーを口に含んだ。ほんのりと甘くて苦い紅茶の味が広がって少しずつ頭がクリアになっていく。
お茶菓子として添えられたスコーンにクリームをたっぷり付ける。トロリとしたクリームと口の中でほどけるスコーンの相性がよい。バタークリームを作らせてもいいかもしれないな、これなら。




