16’.6歳 お菓子のためならば
生クリームがあった。
ということはアイスやケーキは作れるんじゃないかしら?
焼き菓子はアルテリシアにもあるわけだから不可能ではない。
そう気が付いてからの行動は早かった。
ないなら作ればいい。
偉大な人たちはみんなそう言った。
でも私は偉人じゃないし、っていうかむしろ悪役令嬢だし…。
よくある異世界転生モノみたいに前世の記憶を使ってなにかをするという気はサラサラなかった。
しかしお菓子のためなら話は別だ。
自分のために自分の知識を使って何が悪い!?
私は自分の部屋に戻るとさっそくもらった箱に向かい合った。いつになく真剣な顔に控えているメイドたちも固唾をのんで見守っている。
この箱、どこかで見たことあるなぁと思っていたら前世で温泉街のお土産にもらった秘密箱だ!
寄木細工の模様にかくれて閂みたいな継ぎ目がある。その木をずらしてフタをあける仕組みだったはず。
「えっと…確かこういうあたりに…」
さらりとした表面を撫でながら木と木の継ぎ目をさがすと少しだけ感触が違う部分があった。その部分をじっくり見つめるとうっすらと切り込みがはいっていた。箱の側面、真ん中あたりに2本。切り込みの感覚は1センチくらい。
あたりだ。
切り込みの真ん中あたりに指をあてて横にスライドさせるように動かせば、少々の抵抗はあったものの木が少しずつ移動した。壊さないようにじっくりと動かせば、薄い木の板がポロリと箱から外れ、寄木細工ではない木目が姿を現した。
あとは簡単なもので側面の板を下に動かせば箱の上蓋が動かせるようになるというわけ。
滑りにくい木に苦戦しながら蓋を半分ほど動かすと中からお父様からのお土産という何かがカランと音を立てた。
「これは…?」
それは木でできていた。
丸い頭部と円柱型の胴体に分かれている。鮮やかに細かな模様が付けられていて懐かしい前世の世界で慣れ親しんだ伝統工芸を思い出した。大きさはそれほど大きくない。
秘密箱に入る程度の大きさなので私の手に馴染む大きさだ。手に取れば木のぬくもりを感じる温かさがあって滑らかに仕上げられている。
…まって…これ知ってる…。
ひっくり返してみるとこちらのお人形ではまずみかけない、黒い絵の具を筆に付けてサッと線を引いたようなシンプルな顔が描かれている。可愛らしさを求めた馴染みの人形とはまず違う、おかっぱ頭に一重の瞳っていうか線…ちょんとアクセントみたいに描かれた口。
「こ…こけしじゃん!!!!!」
そう。
これは前世で一部女子の間でじわりと人気があった伝統工芸品。温泉街ではよくみかけた。
お父様とお兄様は箱根にでも行っていたのかしら?
小さいときお土産でもらったままどこにしまったか忘れたけどそれ以来お店に並んでいるところしかみたことがない、こけしであった。
お父様の仕事部屋に行くとお兄様も一緒で、戻ったばかりだというのに何かをまとめているようだった。
応接テーブルには資料が一面に広がっている。ちらりとしか見えなかったけど朱菫国に関しての資料のようだった。朱菫国がどの程度前世の世界に近いのかわからないけれど、このこけしといい秘密箱といい前世で生まれ育った世界と似ている世界と考えて間違いないだろう。
「お父様、お兄様、少々よろしいですか?」
「メアリーか。入れ。ちょうど休もうかと思っていたところだ」
「ありがとうございます。ではこちらをどうぞ」
私はすました顔でテーブルの資料の上に秘密箱の蓋と空になった箱、中身のこけしをちょこんと置いた。
「…」
「…もう開けたというのか…」
お父様とお兄様はこけしと箱をぽかんと見つめた。ふたりとも私がこの課題をクリアできると思っていなかったらしく少しだけバツの悪い顔をしていた。前世の知識を使ったことは当然内緒だけど使ってはいけないという決まりはないのだ。あったところで破るけど。
「ふふ!私にかかればこのくらい簡単なものですわ。さぁ、約束です。なんでもいう事を聞いていただきますわよ」
「おどろいた。僕でも開けるのに半日かかったというのに」
「運がよかっただけですわ」
「ほお。メアリーには運も味方するというのか」
「常に運が味方するようによい行いを心がけておりますから」
お父様とお兄様は何か言いたげにしているが無視した。たった6歳の私の悪役令嬢らしさなんてまだまだ発揮されていないのだし日頃はいい子にしているではないか。せいぜいたまーに悪戯心が発揮さえているだけだ。
「このお人形、とてもかわいいですわね」
「朱菫国ではこどもに与える人形で厄除けの意味もあるそうだ。こちらも職人に作ってもらった一級品なのだぞ」
「へぇ。朱菫国には優秀な職人がたくさんおりますのね。羨ましいですわ」
「朱菫国ではアルテリシアと違って繊細な仕事をする人が多いんだ。お菓子や服でもとてもきれいで見ているだけでとても楽しかったよ」
「是非見てみたいですわ」
「瞳の色や髪の色もこちらとちがって黒色ばかりなんだけどそれがまた神秘的だったよ。アルテリシア人のほうが体つきは大きいけど朱菫国の人たちは技に優れていて手合わせした兵士たちが何人も任されていたくらい。とくに第三王子は体は小さいのに誰よりも強かった」
お兄様は嬉々として朱菫国のことを話してくれた。初めて見る異国の文化によっぽど興奮したらしい。
これは予想通り朱菫国は日本に近い文化を持っていると考えて間違いないだろう。
ん?第三王子?
何か引っかかるなぁ…。
「さて、ではメアリー。課題を見事クリアした褒美になにかいう事を一つ聞いてやろう。もちろん、実行可能なことに限るがな」
お父様は観念したようにソファーにくつろいで手のひらを天井に向けた。娘が難しい課題をクリアした喜びとこれから何を言われるのかわからない不安感があるのか顔つきは固い。
「それほど難しいことではありませんわ。もちろん、スティルアート領にとってもメリットがあることです」
「ほう?それは?」
スティルアート領にとってのメリットと聞いて、お兄様も身を乗り出した。お父様が少しだけ眉をしかめた。
私はたっぷり時間をかけてこけしと秘密箱を手にとって胸に抱きしめながらそっと撫で、心がけ甘い声を出す。視線は少しだけ上目遣いに。自分が一番かわいく見える表情で。
そう。お母様がお父様におねだりしているときのように。
「これやお菓子を作った職人をスティルアートで引き抜いてください。私、いつでもあのお菓子が食べたいのです」
ないなら作ればいい。
偉大な人たちはみんなそう言った。
でも私は悪役令嬢。
偉人になるつもりは毛頭ない。




