13’.妄信と不信~side H~
「あ、待って、メアリー」
「え?」
部屋を後にするそのとき、オーギュストがメアリーを呼び止めた。予定外の行動に思わずハロルドは身構えるが目線でオーギュストが静止させた。
「もしかしたらの話なんだけど、皇族の暗殺とクーデターを計画している貴族がいるとする」
「なんだか物騒なお話ですね…」
「例えば、の話だよ。それで大人は処刑になってしまうのだけど子どもたちの命はなんとか助けてほしいと乞われた。メアリーならどうする?」
オーギュストの『質問』に明らかにメアリー以外の大人たちの空気が変わった。一瞬でピンと張りつめた空気が部屋に蔓延する。これはメアリーを試しているのだと、誰しもが確信した。
「皇族の暗殺なんて口にするだけでもおぞましい行為を考えている輩がいるなんて思いもしたくありませけど…そうですね」
しかしとうのメアリーは試されていることなど露にも思わず、メアリーはかわいらしい眉を少しだけひそめた。しばし物思いに耽るとパッと瞳を輝かせ何か名案が浮かんだと言わんばかりに破顔し5歳の少女らしい屈託のない満面の笑みを浮かべて言った。
「男の子はこれから力を付けますし体力が出てきますから奴隷とするのは如何でしょう?生憎この国では奴隷が認められておりませんが人身売買めいたものは認められているようですし海賊や山賊に売ればいい収入源になります。女の子は貴族ということであれば礼儀作法を弁えておりますし何より将来美しい令嬢になることが期待できますから国営の娼館に売るというのはいかがでしょうか?処刑して労力を減らすくらいなら少しでも財源になってくれたほうが有効ではございませんこと?国営の娼館であれば売り上げの一部は国庫に入りますから年季を長く設定しておけば長期的な稼ぎ手になってくれますわ!逃亡の危険も考えて姉妹は別々の娼館に入れお互いを人質にすることをお勧めいたします」
「へぇ」
「一体何に不満を持っていて皇族の方々の暗殺を企んでいるのか私には理解しがたいですがまだ子どもですしこれから反省を促しより多くの利益となる道を選んだほうが誰にとっても良い結果を生むはずです。まぁ私には…あぁ…口にすることすら躊躇いますが…殿下をはじめとした皇族に刃を向けるなんて…本当に理解に苦しみますから想像のお話にしかなりませんけど…」
まるで読み終わった本の感想を語るように、メアリーは雄弁に屈託なく、満面の笑みを讃えて語ってみせた。
残虐で残酷で無慈悲な刑罰を。
5歳の少女から放たれたとは思えない言葉の数々に誰しもが口をつぐんだ。
何と言っていいのかわからなかったのだ。
素晴らしいと褒めたたえればよいのか、残酷すぎると咎めればようのか。
「メアリーは斬新な意見を持っているね。参考になったよ」
一瞬の空白を素早く読み取って、メアリーに気取られないように間を持たせたのは誰でもなくオーギュストだった。
「あら、私ったら恥ずかしい…少し話過ぎてしまいましたわね。少しでも殿下のお役に立てたのなら嬉しく存じます」
自分の言ったことになんら不信感を持っていない残虐な少女は最後まで微笑をたたえたままに部屋を後にした。
「で、娘の印象はいかほどで?」
メアリーたちが退室した部屋にはオーギュスト、ハロルド、オリバーとオーギュストに仕ええる一部の人間だけが残されていた。
ハロルドは向かいに悠然と腰かけるオーギュストにお伺いを立てた。自分の娘ほどの歳の子どもにいい大人が頭を垂れるなど貴族としてのプライドが許さないが、皇族相手となれば話は別だ。
しかも、今回はオーギュストによるメアリーの『審査』が隠された本当の目的だったのだ。
オーギュストの采配ひとつで娘の人生に影響があると思えば、つい頭も低くなるというものだ。
「うーん、話した印象は悪くないね。受け答えもしっかりしているしとても5歳の女の子とは思えない」
それをあなたがいいますか?
部屋に同席した全員が声に出さず同じことを考えていた。図らずも全員の気持ちが一致した瞬間だった。
「あ、この件で彼女を婚約者候補から外すとかそういうことはないから安心して。今回彼女と話したいって言ったのはルイのお礼が言いたかったってことがもちろんだし」
「それについては娘も十分に迷惑をかけたのでと…」
いくらルイの暗殺を未然に防いだからといってメアリーの悪戯心で王宮の人間たちが迷惑を被ったことに違いはない。王宮で働くハロルドはしばらく『娘が大騒動を起こした』と後ろ指をさされるだろう。
「まぁそれと…令嬢監禁事件だよね。印象だけの話をするのなら彼女が犯人だとは思えない」
「…」
「でも5歳にしてはしっかりしすぎている。さっきも言ったけどとても5歳の女の子とは思えないところからみるに彼女が令嬢監禁事件の犯人、もしくは首謀者だとしても不思議には思わない。彼女ならそれくらいこなしてみせるだろうから」
一切口を開くことなくオーギュストの話を聞いていたハロルドは舌を巻いた。
自分たち身内を除いて誰も、メアリーが事件に関わっているとは思っていないだろう。
「とはいえ証拠もない話だし推測でしかない。この件でメアリー嬢を好奇の目に晒す必要もないからこの件についてこれ以上は不問とするよ。みんなもそれでいいね」
オーギュストがそう言って目配らせをすれば、心得たと言わんばかりに部屋に控える従者たちは小さく頭を垂れた。
あくまでオーギュストが語った内容は何の証拠もない勘でしかない。証拠がない以上メアリーを罪に問うことはできない。実際、閉じ込められた令嬢たちの悪戯として事件は片付いたのだ。
ハロルドも勘でメアリーを問い詰めたら自白したに過ぎないのだ。
「さっきの処分についての話には少し驚かされたけど…ハロルドはもうあんなことを教えているのかい?」
「まさか!!私も娘が奴隷や娼館なんて言葉を知っているなんて思いもしませんでした…一体どこと書物で覚えたのやら…」
メアリーやアルバートはスティルアート領内の邸宅にある図書室に自由に出入りができる。だがまだ難しい言葉はわからないはずだしそのような本を読んでいたという報告も受けていない。
「歴史書なんかを見ていればそのあたりは書いてあることだからもしかしたら新しく知った言葉を披露したかっただけなのかもしれないが…とても5歳の女の子の発想とは思えないね。労力を減らすくらいなら財源にしたほうがいいなんて…」
「はぁ…」
オーギュストの言葉にハロルドも同意するしかなかった。
ハロルドは昨晩の娘との会話を思い出していた。
娘は言った。
動機はオーギュストを侮辱したから、と。
ただそれだけのことで薄暗い夜の小屋に子どもを監禁してましてや堆肥まで投げ込めるだろうか。そして罪悪感を一切持たずにいられるだろうか。
今回は偶然にもおり大きな犯罪を計画していたことが発覚したからお咎めがなかったにすぎない。
もし現場を誰かに見られていたら、少女たちがメアリーの姿をはっきりとみていたら…
メアリーは重罪に問われていたはずだし、そのことがわからないメアリ―ではないことくらいハロルドが一番知っている。
それすらも覚悟したうえでの制裁、幼い恋心が原因だったとしてもそれは、
あまりにも、
過激すぎる。
スティルアート家の悲願のためメアリーを婚約者候補としたことに後悔はないが、今は娘の中に潜むなにかが恐ろしくて仕方がなかった。
そしてこの皇子もメアリーに興味を持っていることに危機を感じていた。ただ同じ年頃の女の子が気になるとか、そういう可愛らしい興味であればどれほどよかっただろうか。
オーギュストはメアリーという得体の知れない生き物に興味を持っているのだ。メアリーという存在がこの国の敵となるか味方となるか。
オーギュストは誰のことも信用していない。母親の代から仕えている自分のことも、最も近い側近であるオリバーのことも。
ハロルドからしたらオーギュストも娘と変わらない歳の子どもに過ぎない。その大人びた言葉遣いや態度が少しだけ寂しく思えた。
メアリーたちが領地に戻ってしばらくたったころ、ある貴族4家が揃って処刑された。そして未成年の子どもたちは皇子自らの口添えで処刑こそ免れたものの男子は海賊に奴隷として売られ、女子は国営娼館に売りに出されることとなった。
それは何不自由なく育った幼い子息令嬢ある意味処刑よりも残酷な罰だったかもしれない。




