12’.オーギュスト様からのお礼なんて恐れ多い
「スティルアート家、メアリー嬢がお見えになりました」
「あぁ。通して」
凛とした、まだ変声期を迎えていない子どもの声が扉越しに伝わってきた。
この部屋は先ほどの廊下に面した扉の奥にもう一つ待機部屋のような部屋があって、そこで私とお父様は待機をさせられている。
警備の理由とかそんなんなんだろうけど、さすが王宮。空間の使い方が贅沢だ。
ちなみにオーギュスト様の希望で絶望顔のメイドたちはここで待機らしい。
表情が暗いとかそういう理由ではない。
「やあ。よく来てくれたね」
ゲームでみていたときより幼げな、それこそ天使そのもののような麗しい王子様が静かにたたずんでいた。
そのお姿だけで一枚の絵画のように完成された仕上がりに思わず天を仰ぎ見る。生まれ変わっても神の存在とか信じていなかったけど今こそ言うべきだ。
おぉ…神よ…!!
生きててよかった。ていうか生き返ってよかった。ゲームではほんの一瞬、スチルでも数枚程度しかなかったオーギュスト様の幼少期をこれほど間近で、かつ生で拝謁することができるのだから。
え?昨日も見ているじゃないかって?
何言っているの、推しの姿は24時間365日みていたって飽きないじゃない。この一瞬すべてを切り取ってオーギュスト様のアルバムを作ってもいいくらい。
写真にしたからってオーギュスト様のすばらしさ全てを収めることはできないけど肖像画を描くより多くのオーギュスト様のお姿を収めることはできたはずだ。
なにより明日から間近でみるなんてできなくなるのだ。
オーギュスト様ロスでしばらく使い物にならないかもしれない。できることなら写真集を半年ごとに刊行してほしい。初版、各店舗特典ごとでの購入を約束しよう。
「…ということで昨日はルイと遊んでくれてありがとう。とても喜んでいた」
「ルイ様にお喜びいただけて大変光栄に思います」
荒れ狂う脳内を落ちつけながら貴族の礼に則りドレスの裾をつまみながら頭を下げるとオーギュスト様は満足したようにうなづいた。
「正式な場ではないのだからかしこまらないでほしい。今日は僕がルイの件でお礼がいいたくて呼んだのだし」
「そんな!殿下からお礼なんて…当然のことをしたまでにございます」
「本来なら僕からそちらに行くべきなんだろうけど警備の問題でどうにも自由がきかなくてね」
「お気遣いいただきありがとうございます。しかし私が勝手なことをしたばかりに王宮の皆様には大変ご迷惑をおかけしてしまいました。誠に申し訳ございません」
「いいや、きみのお陰で結果的に久しぶりにルイの笑った顔が見れたんだ。それに比べたら些細な問題だよ」
「今日はルイ様は…」
「昨日勝手に部屋を抜け出して庭園に来てしまったことに違いはないから今日は自室で反省中だよ」
「まぁ…!」
あの小さな男の子が反省といって部屋に閉じ込めらっれている姿を想像すると胸が痛んだ。さぞ寂しい思いをしているだろう。
「というのは冗談で昨日サボったお勉強をしているんだ。どうも昨日はお稽古の時間を抜け出していたらしい」
「あら…」
悪戯っぽく笑うオーギュスト様に少しだけ安堵の溜息がでた。小さなルイ様がひとり寂しく部屋に閉じ込められていなかったという安心感と子供らしさを垣間見た微笑ましさからくるものだ。
「本当は今日も来ると言って聞かなかったのだけどね。王族たるもの職務を果たさねばなるまい」
「頼もしいお言葉にございます」
幼いころに母親を亡くしたお二人は実質二人で生きてきた。オーギュスト様はルイ様の保護者のような感覚なのだろう。将来玉座を継ぐことは無いが立派な王族になってほしいという想いが伝わってくる。
「君とこうして話すことが出来てよかったよ」
「それは…」
どういう意味ですか?と聞こうとして、オーギュスト様はにっこりとほほ笑んだ。
「どういう意味だろうね」
「え…」
口元は笑っているのに、目元は笑っていない。
その表情に何か背筋を這うような冷たいモノを感じたがすぐにその感覚は消えていった。まだ幼いオーギュスト様がそんなあくどいことを考えるわけがない。私の思い過ごしだ。
「殿下、そろそろお時間でございます」
タイミングを計ったようにオーギュスト様に仕える執事がそう言って、私とお父様の退室を促した。
もともと過密なスケジュールを送るオーギュスト様がこうしてお礼を言うためだけに時間を作ってくださったのだ。それだけで私は涙が出そうなくらい感動している。
メアリーに転生してよかった…!!
婚約破棄されるけど…。
そして最後まで脳内は荒れにあれていたけど表面上は一切ボロを出すことなくオーギュスト様との対面は果たされた。
先日の無礼の結果、婚約者候補から外されるどころか直々に礼を言われるという大義を成し遂げてきたわがまま令嬢をみてメイドたちは喜んでいいやら転職理由がなくなったことを嘆くべきか、複雑な顔をしていた。
終始無言を通していたお父様は相変わらず何を考えているかわからなかった。




