10’.背後の事件~side O~
「さて、アルバートからの報告も聞かせてもらおうか」
オーギュストはハロルドの傍らで固くなるアルバートに視線を向けた。先日側近の一人として紹介されたアルバートは人の好さそうな柔らかな雰囲気の持ち主で数少ない『少しだけ年上の男』であった。
「だいたいオリバーさんの調べた内容と同じですので補足程度になりますが…」
アルバートは手元に恥ずかしそうに座りなおすと、小さく咳払いをした。
「ルイ様のお命を狙った不届きものはあらかじめルイ様に付いているメイド数名が人の集まる昨日病気になるよう薬品を使っていたようでした」
「なるほど、メイドたちは寮で集団生活をしているから薬を盛るくらい容易いだろうね」
「おっしゃる通りです。メイド仲間たちの情報によると新しく入ってきたメイドは3人。仕事熱心で好意的に受け取られていたようでした。王宮で働くメイドは身元のはっきりした者でないと採用されません。そして今回彼女らを推薦した貴族がいます」
王宮で働くものは下働きのメイドや庭師、料理人に至るまで身元をはっきりさせる必要がある。場合によっては身辺調査も行われるほどだ。
しかし唯一身辺調査を行わないことがある。それが貴族からの紹介の場合、だ。
「だがそんな手を使いますか?今回のように暗殺者が失敗してはその貴族の立場も危ういのでは…?」
オリバーのいう事は最もだった。皇太子の暗殺なんて早々できることではないし、失敗する可能性の方が高いくらいだ。過去にオーギュスト自身も暗殺未遂にあっているし、そのたびに自分で回避してきた。
「もしその貴族が今の貴族位にこだわらなかったら?」
「…どういうことだ?」
ハロルドが眉間にしわを寄せた。オーギュストも身を乗り出してアルバートが持っていた資料を覗き込んだ。
「入って間もないメイドを皇太子付きにするほど王宮の人事は甘くありません。それが通るとすれば今回のように急に人手が足りなくなった場合。しかしそれなら婚約者候補たちの担当にまわすでしょう。でもそうしないでルイ様に付けた。その理由はメイドが高位の貴族から推薦をもらい信頼されていたから。で、彼女らを推薦した貴族というのがこちらです」
アルバートは続けてテーブルに数枚の資料を並べた。それはとある貴族たちの資料であった。そしてハロルドはその貴族たちの名前に聞き覚えがあったようで目を見開いた。
スコット伯爵家、ペラム伯爵家
「メアリーが小屋に閉じ込めた貴族の家じゃないか…まさか…」
「このペラム伯爵家とスコット伯爵家から推薦をもらっていたようです。だからルイ様付きになれた」
「はい。そしてこの2家は最近こちらの貴族と大変懇意にしていたようです」
追加で差し出した資料は同じく貴族たちの資料だった。その名前は、
グレイ伯爵家、ウェスト男爵家
「同様にメアリーが小屋に閉じ込めた令嬢たちの家です」
「こんな偶然が…?」
「推薦状には魔法署名が入っていたから間違いないかと」
アルバートは重く告げた。自分が告発することでどういう意味を持つのか十分にわかっているのだ。皇子暗殺は一族郎党処刑になってもおかしくない重罪だ。自身と歳の変わらない子どもまで問答無用で処刑台に送られるし良くて一生幽閉だろう。
だがアルバートからの報告はそこで終わりではなかった。
「続けてになりますがこちらをご覧ください」
「なんだ?これは…」
細かな字で数字と文字がズラリとならんでいた。オーギュストは資料を手に取ると上から目を通す。どうやら何かの購入履歴のようだった。
「これは…武器か?」
「はい。ここ半年たしかに鉄や塩の価格がわずかにですが上昇していたことが気になって調べていたのですがこの4貴族が大量に買っていたようです。そのうえに大量の武器購入歴。今は野性動物の繁殖期ではありませんから獣害というわけではありません。大規模な災害や内乱が発生した形跡もありませんでした」
「へぇ。まさかだけど彼らはアルテリシアに弓を引こうとしているのかな?」
オーギュストは購入履歴をじっくりとみつめながら不敵な笑みを浮かべた。挑戦的に、強かなその笑みにアルバートは思わず息をのむ。妹と変わらない歳の少年だと思っていたがやはり彼は皇帝の資質を持っているのかもしれない。
「…小屋に閉じ込められた少女たちがオーギュスト様を婿にするなどと言っていたようですが…まさか…」
全員があるひとつの可能性に思い至った。
今現在の状況でオーギュストの嫁になるというのなら意味は分かる。その逆、オーギュストを婿に迎える方法は例えばオーギュスト以外の皇子が皇帝となった場合。秘密裏に他の皇子の派閥に与していて、中立ではなかったということだ。
「なら武器購入歴は…」
アルバートが考えようとしたが、ハロルドがそれを制する。
「アルバート、これ以上は私に任せなさい」
「しかし父上、僕もここまで調べたのです。最後まで知る権利があります」
「短期間でここまで良く調べたものだ。だがこれ以上は危険すぎる。隠し立てすることはないからこれ以上の深追いはするな」
「しかし…!!」
「アルバート、もし父に何かあったとき母や妹を守れるのはお前だけなのだぞ。ふたりとも万が一があったらどうするのだ?」
守るべき母と妹のことを考えてアルバートは息を詰まらせる。女性は守るものという父の教えが骨の髄まで染みているアルバートはふたりを守る義務があると考えていた。そしてこれ以上抵抗しても父は譲らないと悟った。
「…結末だけは必ず教えてください」
「あぁ。約束しよう」
ハロルドはしょぼんと落ち込むアルバートの頭を撫でた。その光景をみてオーギュストは少しだけふたりが羨ましかった。ふつうの家族だったらこんなふうに息子を褒めるものなのだろうか。
「オーギュスト様、ここはどうか私に任せてはいただけませんか?必ずや全容を明るみにしてみせましょう」
「あぁ。任せたよ」
「御意」
こうして、この日の作戦会議はお開きになった。すっかりと夜も更けこんでしまったが、それ以上にオーギュストは目が醒えてしまったようでなかなか寝付くことが出来ずにいた。
ただ婚約者候補を選出するだけかと思っていたら思わぬ事態に発展してしまった。
表では自分の婚約者候補を選出しただけだが、その裏でルイの誘拐未遂が行われ更に貴族令嬢の監禁事件。
しかしその背後にはルイの暗殺未遂とおそらくは…
「メアリー嬢ね…。おもしろい子だなぁ」
中庭で少しだけ話した程度だが、とても可愛らしい子だとは思った。ほかの子と違ってあけすけに皇妃の座を狙ってこないし、感じの良い相手だった。
「とてもルイを連れ去ったり堆肥を投げ込むようには見えなかったんだけどなぁ…」
やはり人は見かけによらないということか。さすがスティルアートの令嬢だとは思った。やはり一筋縄ではいかない。貴族の令嬢とは思えないやり口に開いた口がふさがらなかった。どれだけ怒りを覚えたとしても貴族や皇族はその感情を表に出してはいけないのだ。
それが最近は少しだけ窮屈に思えて仕方がなかった。
この小さな王国を守るために必要なことだとしても。
「そういえばどうしてメアリー嬢は小屋に閉じ込めて堆肥なんて投げ込んだんだろう」
少しだけ脱線して思考を巡らせているうちにうとうとと眠気がやってきて、オーギュストは睡魔にいざなわれるように眠りについた。
怒涛のように事件が続いたせいか、疲れがたまっていたようで抵抗することなく夢の世界に旅立っていった。
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それから数日後、とある4つの貴族が捕縛されたとの報告が入った。
グレイ伯爵家、ウェスト男爵家、スコット伯爵家、ペラム伯爵家。
あの日メアリーが小屋に閉じ込めて堆肥を投げつけた令嬢たちの家だった。そのほかにもちらほらと逮捕者は出たようだが首謀者はこの4家だそうだ。
罪状は皇子への暗殺未遂と国家反逆罪。
皇子であるルイを暗殺し国内に混乱をもたらした隙に現王家打倒し新たな王家として君臨するつもりだったらしい。
オーギュストを婿に、といったのは偶然父たちが話していることを娘が聞いたそうだ。王家は信頼もあるし皆殺しにして国民から反感を買うくらいなら歳の近いオーギュストを婿に迎える形を取ってはどうかと。
詳細な計画書が4家から見つかり決定的な証拠となったことで捕縛、スティルアート家の協力のもと取り調べが行われ自白が得られたことで逮捕に至ったそうだ。
傭兵たちへの武器の引き渡しはそもそもグレイ伯爵家が持ち込んだ剣をメイドに扮した傭兵に渡していただけだったらしい。
本来ならルイの暗殺を皮切りに高位貴族の中に犯人がいるとして次代の皇帝になりえる貴族たちの信頼を削いでいくつもりだったが、ルイの暗殺は失敗、さらに自分たちの娘まで消息を絶ってしまった上に大変な失態を犯したうえで発見され笑いものになってしまったことで計画は頓挫した。
今更計画を取りやめることはできないしどうしようか悩んでいたタイミングでハロルドたちの取り調べが始まりあとはなし崩し的に計画書がみつかったそうだ。
「本当にメアリー嬢には助けられたね。彼女がいなかったらどうなっていたことか…」
「はい。これを公表できないことが口惜しいくらいです」
オリバーの言葉にオーギュストは軽く頷いた。本人の思惑はどうあれ、今回の事件の功労者は間違いなくメアリーだった。ほかの貴族たちの目に留まることなくルイを助け計画を頓挫させた。
「そろそろメアリー嬢が来る時間かな?公にはできないけどお礼くらい言わせてもらえてよかったよ」
当初、ハロルドはどういうわけかメアリーとオーギュストを直接会わせることを渋った。婚約者候補選定に影響があってはいけないとかなんとか。
しかし今回の件でほとんどメアリーとエスターライリン家の令嬢に決まったようなものだから構わないと押し切ったのだ。
「そこまで嫌がらなくてもいいのにね。娘を嫁にだす父親ってこういうものなのかな?」
「まだ結婚もしていない私にはお答えしかねますね」
オリバーが困ったように眉を下げた。




