9’.小さな王国~side O~
次はオーギュスト様視点です
オーギュストにとって実家は戦場だ。
広々とした個室は自身を守るための砦で、身の回りの世話をする世話役は監視役で盾。いつどこで誰が自分と弟の狙っているかわからない身に着けるもの、身に入れるもの、話す言葉の一つひとつですら気が抜けない。気を抜くことは己の身の失墜につながる。それは母親の忘れ形見である弟の身も危険に晒すということだった。
家に帰れば優しい母と尊敬できる父と可愛い弟、温かい食卓に穏やかな寝床なんてまるで夢物語のようなことだった。
「それでメアリー様はぼくのことをぎゅってしてくれたのです!最初は驚いたのですがメアリー様はお綺麗なだけでなくとてもやさしい方なのですね」
弟の笑顔なんて久しぶりにみた。
いつも何かにおびえるように自分の影にかくれ口数も少なく自分くらいにしか口を開くことは無かったルイとは思えないほど饒舌に今日の出来事を語って見せた。
同世代の子どもとくらべ言葉の発達に遅れがみられていると思っていたがそれは自分の思い込みのようで、ルイは何度も今日出会ったメアリーという少女のことを楽しそうに話している。言葉の種類が少ないためメアリーという少女は綺麗で優しいけど少し強引ということしかわからないが。
「ルイはよっぽどそのメアリーという人が気に入ったようだね」
「とても楽しかったです。またお会いできるとよいのですが」
「きっとまた会えるよ。でも皇族として人前であまり甘えてはいけないよ」
「はい!メアリー様とも二人だけのときだけとお約束しました」
「それはよかった。さぁ、もうお眠り。今日は随分夜ふかしをしてしまったから」
瞼がトロリと下がってきたタイミングを見計らって弟をベッドに促せば、眠気に誘われたのかルイは素直にベッドにもぐりこんだ。
自分とよく似た柔らかい髪をすいて頭を撫でるとルイはうとうとと船をこぎ始める。いつもは寝かしつけるのに難儀するが疲れていたことで寝付きも良いようだ。
「お兄様、ぼくにはあまりお母様の記憶がありませんがメアリー様のようなかたがお母様だったらって思ったんです。お母様に失礼でしょうか?」
ぽつりとこぼれたルイの言葉に、思わず息をのんだ。
ルイは生まれて間もなく母親を亡くしている。あまりに幼すぎて母親のことは覚えていないらしく、その分自分に甘えられるようにしていたがやはり兄と母では違うようだった。
「そんなことないよ。お母様もルイがさみしがっているほうが悲しむだろうからね」
そう言って、くしゃくしゃと髪をなでるとルイは安心したのかスッと溜息のように息を吐いてそのまま眠りについた。しばらく様子をみて起きる気配がないことを確認してからそっと部屋を後にする。
オーギュストにとって、実家は戦場で、この小さな王国を守るために戦っている。
ルイはオーギュストの小さな王国の最初の国民だ。
母が亡くなって以降、この小さな王国と小さな国民を守るためにオーギュストは戦っている。
ルイを寝かせた部屋からひっそりと隣のオーギュストが使っている勉強部屋に移動する。
その部屋には側近の一人が怪しい仕掛けなどないかつぶさに確認をしてくれる数少ない安全地帯だ。しかしこの部屋だって人の出入りがある以上心が休まる場所ではない。あくまで小さな王国を守るための作戦を立てるための場所なのだ。
勉強部屋には既にハロルド親子と、側近のオリバーが待機していた。
「すまない。ルイがずいぶんと興奮していてね」
「…我が娘がとんだご迷惑をおかけしました…」
ここ最近、オーギュストの側近や婚約者候補を決めるため毎晩この部屋に集まって報告し合うことが慣例になっていた。スティルアート家は母親の代から懇意にしている貴族で、現時点では味方と考えて良いふたりだ。オリバーは実家で不遇の扱いを受けていたところをオーギュストが取り立てたことでオーギュストの側近と考えられている。
彼らもオーギュストは小さな王国の住人で、味方になってくれる彼らは守るべき国民だ。
ハロルドは昼間の出来事を思い出したのか苦虫を噛み潰したような顔をして頭を下げるが、オーギュストはそれを制する。
「かまわないよ。手段はどうあれルイの笑った顔なんて久しぶりにみたから感謝しているくらいだ」
「それは…」
「それだけではありませんよ。メアリー嬢は今回大手柄をいくつも挙げられております」
「オリバー、それはどういうことだ?」
「はい。本日ルイ様にいつも付いているメイドが急病になったのでいつもと違うメイドが付いておりました」
その件はオーギュストも聞いていた。連日外から人が多く出入りしたのでなにか風邪でももらったのかもしれないと。そのためルイにはいつもと違う人間が数人付いていたのだ。あの誘拐未遂事件のときも。
「メアリー様がルイ様と遊んでいる間…その言いづらいのですが誘拐事件ではないかと大騒ぎになりまして彼女らも身体検査がされたのですが…」
オリバーはそこで言葉を切るが、目線でオーギュストは続きを促した。
「その…魔刀の保持が確認されたのです…」
「魔刀?!まさか!!王宮内は武器の持ち込みを禁じる魔法が使われているはずでは?!」
アルバートが思わず声を上げた。オーギュストもアルバートの意見に賛成だった。王宮内は警備の関係上限られた人間しか武器、危険物の持ち込みができないよう敷地内に魔法が掛けられている。持ち込んだ時点で警備兵に連絡が入るようになっているし、王宮に張り巡らされた結界によって武器保持者の侵入を防ぐようになっているのだ。
貴族ですら武器の持ち込みには申告が必要だし、申告なしに武器を持ち込めば『王宮の警備は信用ならない』と言っているようなものなのでその貴族は信頼を大きく落とすことになる。過度な武器でなければ申告したら許可は下りるので誰もそのようなリスクを取ってまで武器の持ち込みはしない。
「我々の知らないところで結界を突破する魔法が開発されていたようでした。彼女たちはプロの傭兵だったそうで魔刀だけを渡されルイ様の暗殺を依頼されたと…」
「その雇い主はわかったのか?」
「いいえ。前金として報酬は受け取っていたようですが顔も名前も知らないと」
「禁忌魔法を使えば記憶をみることは可能だ」
皇子暗殺未遂という重大事件とだけあってハロルドもスティルアート領秘蔵の魔法を使うことに躊躇いはなかったようだ。
「それは不可能です」
「なぜ?」
「傭兵らは捕縛された時点で自殺するよう契約がされていたようで既に…」
「そうか…」
だとするならこれだけの情報が聞き出せただけでも収穫だろう。スティルアートが誇る数々の禁術も死者をよみがえらせることはできないし死者の記憶を見ることもできないらしい。
「とにかく今は王宮内の警備を強化、出入りする人間の身辺調査を行うことだな」
「えぇ。陛下も既に事態を把握されております。警備担当にも再度結界について見直すよう指示を出しております」
「ご苦労。こうなるとメアリー殿に礼をしないといけないな」
「はい。メアリー様がルイ様を連れていかれていなかったら今頃…」
報告によるとメアリーがルイを連れ出す直前、ルイが中庭を訪れた頃合いにルイを暗殺する計画だったらしい。
複数の貴族が集められていたし、メイドもいつもと違う面々が揃う。あまり見慣れない自分たちがいても溶け込むことは可能で、どこかの貴族のメイドに罪を擦り付けて自分たちは混乱に乗じて逃亡するつもりだったと。
「では改めて、礼を言う。メアリー殿がルイの命を救ってくれた。感謝する」
「勿体ないお言葉にございます。娘が騒ぎを起こしたことに違いはありません」
「しかしメアリー殿のおかげで王宮の危機に迅速に対応ができルイの命を救ってくれたこともまた事実だから」
「…殿下のお役にたてて光栄にございます」
ハロルドは観念してオーギュストからの礼を受け取った。本来ならメアリー本人に直接礼をいうべきなのだが、婚約者候補が決定するまで接触は禁じられている。せめて父と兄から感謝が伝わればいいと思った。




