121’.報告会~side others~
「さて、じゃあ僕がいなかったときのことを教えてもらおうか」
さっきまで足が痺れて苦しんでいた人とは到底思えない、澄ました顔をしてオーギュストはソファに腰かけた。
やはり人間は床に座るものじゃない。椅子に座るものだ。
ちなみに正座というのは固い床に直接座るものではなく座布団の上や柔らかい畳のうえでするものであるということは教えなかった。
セイガは都合の良いときだけ記憶がなくなる便利な頭をしている。
敬愛する主人を危険な目にあわせたオーギュストへの八つ当たりである。
「だいたい昨日話した通りだよ。きみたちが連れ去られたあとすぐ騎士たちが追跡、罠と遭遇」
「その罠って結局何だったんだい?魔道具ではないって話だけど」
「クラティオが独自に開発した兵器だった。スイッチがついていてそこを踏むと爆発する爆弾」
「…そんなものが…しかし魔法も無しにそんなものを開発しているなんて…」
「それがそうでもないんだ」
「…どういうこと?」
「あー、……ディーの見立てをそのまま話すと、
『これはアルテリシアで使われている魔法兵器と違って魔法式による制御をしていない。最少限の魔力で起動するようになっている。スイッチに力が加わると極少量の魔力が流れて全体に流れて作動するってかんじ。ぶっちゃけ魔力なくても作動しそうなんだけど魔石が組み込まれてるし一応魔力が流れるみたいだね。でもこんなカス石じゃたいした魔力を貯められないし魔方式も組み込まれてないから何がしたいのかサッパリだよ。地面掘り返して起動前の爆弾を掘り返したらもっとわかるかもね』
……だそうだ」
「なんだかわかったようなわからないような…」
「爆弾の除去は必須だが掘り返すにもどこに埋められているかわからない以上かんたんにはいかなくてな。被害規模も個体差があって威力のわりに手を焼いている」
「とくに住人もいない場所なんだから魔車でも走らせて爆発させたらどうだい?」
「あぁ、それはいい!オーギュスト様は聡明でいらっしゃる。騎士たちに早速伝えよう」
ユリウスがすぐさま騎士たちの元へ飛んで行った。この地に危険な爆弾を残しておくわけにもいかない以上、さっさと片付けてしまいたいのだ。
「で、それから?」
「すぐ捜索隊を編成、騎士たちと森の周辺の捜索をはじめた。この時点ではクラティオの関与もあちらからの要求もなかったから」
それ以外にも、不貞腐れたディーとか、怒髪天に達したルーシーの話とかあったが、割愛した。
「それでソニア商会…母上からの連絡をうけておおよその場所が特定できた」
「ちょうどメアリーがソニア商会の店で手当たり次第買い物をさせていたときだね」
オーギュストの作戦でメアリーがとにかくソニア商会で珍しいものを買うよう犯人たちに要求した。
ナッツとチョコレートが混ぜられたアイス、夏の新作として発売された果実の味がする炭酸ジュース、スパイスと砂糖を煮たシロップを炭酸で割ったジュース等その他諸々。
これらはまだ王都の店舗やスティルアートで出したばかりの新作で、全て最近のメアリーのお気に入りだ。
当然、こんな田舎の店舗に置いてあるはずもなく、若い女性をターゲットにしたソニア商会が経営するカフェで珍しい品々を所望する小太りの男性というのはスタッフの注目を集めた。
その諦めの悪さと必死な形相も相まってスタッフが本店に問い合わせ近隣店舗の在庫の有無を確認したところでソニア商会の会長の知るところになったのだ。
会長、クラリスは客の求めるラインナップと場所からすぐにメアリーが関係している可能性に気づきアルバートに連絡をとった。
「……たぶんそれだ…。で、騎士たちを連れて支店のある地域に向かったら連絡鏡を届けに来た運び屋とすれ違った」
「その運び屋と誘拐犯の関係は?」
「本当に金で雇われただけの子どもだったよ。小遣いのもらえるお使い程度の感覚みたいだ。田舎だと郵便網が発達していないから子どもが手紙や荷物を運ぶってよくあるんだよ」
「なるほどね」
「それで、僕だけこっちに戻って父上と身代金の引き渡しの手はずを整えている間にきみたちが『迷いの森』に入ってた。僕が捜索隊と合流したくらいに犯人グループのひとりが泣きながら騎士に出頭してきた」
「あぁ、あの逃げたひとりか」
「そうそう。『もうあんなワガママお嬢様の使いっぱしりも馬鹿にされるのも嫌だ。これからは真面目に働くからスティルアート領に連れてってくれ』って泣きついてた」
「へぇ…」
その犯人グループのひとりとは言わずもがな、下っぱのことだ。
メアリーにお使いに出されること20回以上。そのたび一回り以上も年下の少女から罵倒され、仲間からは使い勝手のいい駒のように扱われては泣きつきたくもなるだろう。
最後にメアリーからスティルアート領の労働者たちの話を聞いたことが引き金になったとオーギュストは推測していた。
ただ悲しきかな。
ヘルナン領で逮捕された以上、収監されるのはヘルナン領だ。
連続誘拐事件への関与がはっきりしたら王都に移送されるがスティルアート領に連れていかれることはない。
刑期を終えたら真面目な労働者として住むといい。
「よく森のなかで居場所がわかったよね」
「それについてはセイガとディーのおかげだよ。主従契約しているとだいたいの居場所がわかるようになるそうだ」
「……便利な機能がついているんだね…」
別荘に来たとき、真っ先にセイガが隠し部屋まで来れたのはそれが原因か。
当のセイガはとぼけた顔をして誤魔化した。
「近づけば詳細な場所までわかるしご主人様に何かあったらすぐわかるから便利だよ!」
「あぁ…そう…」
「…とにかく、メアリーを目印に3人の居場所を探したんだ。メアリーのことだから引き離されることになったら黙っていないし、そうなったらセイガとディーが気づく」
「森に入ったってことは捜索隊への影響はなかったのかい?」
「……………」
「…………なんでも、森のなかで正気を保つにはひたすら会話をしておけばいいらしい。だから僕たちは何人かのグループになってひたすら話してたんだよ。しりとりしたり」
「しりとり…」
いかつい騎士たちが会話を途切れさせないようにしりとりをしている光景を想像して少しだけ笑ってしまった。シュールすぎる。
アルバートたち捜索隊が魔力を頼りに進んだ先、国境沿いの谷を望む崖で3人をみつけたときは肝が冷えた。
背後には崖、正面には武器を構える犯人たち。
下手に刺激を与えては3人がどうなるかわからない。
捜索隊に驚いて鳥が一斉に飛び去った音にすら恐怖を感じた。
「さて、ここからはオーギュストも知るところだ。犯人たちを確保してメアリーの捜索、発見。高さ60メートルはあるであろう崖から身一つで落ちたうえ、銃で撃たれたのにメアリーは軽症。木がクッションになったってことで奇跡だのなんだの言われているが…おかしいだろ。ディー」
「…どうしてそれをボクに聞くのさ?」
壁に張り付きすっかり気配を隠していたが、ディーは最初からここにいた。
ここにいて、ただ静観を決め込んでいたのだ。会話に参加する気は一切なく、本人はさっさとこの部屋から出たくてたまらない様子だが。
「あぁいうことはだいたいディーが裏で絡んでいるからね。僕もそろそろ学習した」
「そういえば、きみはご主人様が崖から落ちたときも妙に冷静だったよね?」
「…まぁ…隠すつもりはなかったけど…コレだよ」
ポケットから手のひらサイズの金属でできた台座のようなものをとりだした。
本来ならそこにデザインされた魔法石が鎮座していて、最近ずっとメアリーが着けていたブローチだったものだ。
落下の衝撃から形は歪にゆがみ、あったはずの魔法石は欠片も残っていないが。
「これに魔法を仕込んでおいたんだ。お嬢サマの身に危険があったときに守ってくれる魔法。あのお嬢サマ、気を付けてるつもりでとんでもない騒ぎ起こすじゃん?絶対そのうち大ケガするから渡しといたんだよ」
「え、でもメアリーはそんなこと…」
というか、たとえ知っていたとしてもあの状態で魔力を流せるとは到底思えない。
騎士たちも同じような防御魔法を仕込んだ魔道具を身に付けているがそれも常に一定量の注げるよう訓練した結果だ。
メアリーは訓練を受けているわけでもない。
「自動供給魔法…完成していたのか…?」
「あぁ、お兄サマには初めてみせるかな?お嬢サマには盗聴防止の魔道具とかで渡してたけど…これはその試作品のひとつだよ。魔法石1つに回復魔法と防御魔法の複数を仕込むってけっこう難しいから話してなかった」
「そう…だったのか…」
ただ、ディーの予想では銃に撃たれた時点で回復を使い魔法石は砕けていた可能性が高い。
そのあとの落下の衝撃から魔法石がメアリーを守ったという確証がないのだ。
冷静でいられたのは長年メアリーと契約していたことで僅かなメアリーの魔力を拾うことができたに過ぎない。
正直、無傷でいるとは思っていなかった。
そのことは、今話す必要はないだろう。
「とはいえ後から落下した後遺症があとから出る可能性もある。引き続きメアリーは要観察、負担になることはさせないでください」
後遺症のこともあるが、アルバートはメアリーにこれ以上の負担をかけたくなかった。
せめて残りの休暇くらは休ませてやりたい。
「あぁ。ディー」
ディーが自分の用件はこれで終わりと言わんばかりにさっさと部屋から出ていこうとするので、オーギュストが引き留めた。
「なんですか?」
「メアリーのこと、感謝している。ディーのおかげでメアリーは軽いケガで済んだんだ。ありがとう」
感謝をもって差し出された手をディーは遠慮がちに握り返した。オーギュストの感謝を、ディーが受け取るには少々後ろめたいものがある。
「……主人を守るのは従者として当然でしょ」
「ディー?」
「ボクの出番はこのくらいみたいなんでそろそろ戻ります」
それだけ言うと、ディーは今度こそ本当にドアを閉めた。てっきり隠し部屋に行くと思っていたら庭にいるメアリーたちのもとに姿を現した。
「どうやら仲直りしたみたいだね」
「みたいだな…」
セイガとアルバートはほっと溜息をついてオーギュストがいなかったときのディーを思い出した。とにかく丸く収まってよかった。もうあんなめんどうくさいディーの相手をするのはこりごりだ。
オーギュストはメアリーを慕う人間が自分以外に複数いて、それが主従契約なんてもので繋がれていることに不満はないわけではないが、窓越しにメアリーがニコニコとほほ笑みながら手を振っている相手は間違いなく自分なので良しとした。
そういえばメアリーとピクニックをしようと約束していたことを思い出し、明日の予定は全て中止にしようと心に決めるのだった。