2’.肥溜めの裏側には ~side A~
兄視点の話です
肥溜めから先生を見つけたのはお日様がすっかり山の向こうに次の日のお日様がそろそろ頭を出している頃だった。
つまり一晩先生は肥溜めの中にいたらしくすっかり憔悴しきっていて怒る気力もなかったようだ。
家中が大騒ぎになって先生のために風呂を沸かし服を新しく用意している中でとうのメアリーはゆったりベッドから起きて温かい紅茶を頂いていたらしい。
先生は風呂にはいって、石鹸で綺麗にして、魔法を使って身を清めて尚、臭い。
気力を取り戻した先生はこれまで僕が聞いたこともないような汚い言葉を使ってメアリーを罵っていた。
このクソガキ、とか小さいからっていい気になりやがってとか、縊り殺してやるとか言っていた気がする。
いつも偉そうにお話をする姿からは全く想像が出来なかった。
執事やメイド長が頭を何度も下げていたけれど先生の怒りは全く収まることはなくてとうとうお父様が先生とお話をすることになったそうだ。
僕はお母様と一緒に子供部屋で本を読んでいた。
朝に山から顔をだしたお日様が空の天辺に上がった頃、お父様はようやく子供部屋にやってきた。その様子は疲れているというよりなにか緊張した面持ちだった。
「アルバート、おまえは庭で遊んでおいで」
「わかった。肥溜めには気を付けるよ」
お父様が努めて優しくそういったので、僕もお父様を笑わせようと冗談を言ってみたがあまり効果はなかったようだ。お父様とお母様は頬をヒクつかせるだけだった。
僕は先生の様子が気になったが部屋にはみたことのない服をきた兵士が立っていて、外からみても部屋にはカーテンがかかっていた。
「どうして先生にお会いできないの?メアリーが悪いことをしたのでしょう?僕も謝るよ」
僕がメイドにそう言ってもみんな困った顔をするばかりだった。
メアリーも自分の部屋に閉じこもっているようだし今日は一日家の様子がおかしかった。
そして先生の部屋の前にいた知らない兵士たちが先生を飾りっ気のない頑丈そうな魔車に先生を乗せてどこかへ行ってようやく家の中はほっとした空気になった。
ぎこちなくだけど、徐々にいつもの雰囲気に戻っていって、夕ご飯の時間にはお腹を空かせたメアリーが元気にテーブルについていた。
「お父様、僕はお父様にお話があります」
「ほう。聞こうじゃないか」
お父様はまるで僕が来ることを予想していたみたいにソファに座っていた。いつもの位置であるお父様の隣ではなく、お父様の向かい側に座る。
そこはお父様と真剣にお話する人たちが座る席だ。
「まずメアリーはどうして部屋で反省するだけなのですか?先生を肥溜めに落とすなんてしてはいけないことです。お叱りくらいあるのではないですか??!!どうして謹慎するだけなのでしょう!?!?あと、どうして先生は兵士に連れていかれたのですか?なにか悪いことをしていたのでしょうか?」
「ふむ。ちゃんと答えるからまずは落ち着け。それには順を追って話さねばなるまい」
お父様はソファに座りなおすと、立ち上がった僕に改めて座るよう促した。
僕も興奮しすぎたと反省して柔らかく反発するソファにかけなおした。
「そうだな。メアリーがどうして謹慎だけで済んだのかということだったな」
「はい。本来ならお父様やお母様からもっときついお叱りがあるはずです」
「おまえの言うことは最もだ。本来なら、な」
お父様はもったいぶって言葉を切った。そのまどろっこしさが余計にいらいらする。
「あの先生、ケビン・ブラフォートという男は先生ではなかった」
「え?それはどういう…」
「簡単にいうと先生に成り代わった偽物だ。本当の先生は家庭教師としてやってくるその日に殺されていた。あの男によって」
そこからのお父様のお話は驚くことばかりだった。
僕の知っていた先生、ケビン・ブラフォート先生は僕の家庭教師として推薦を受けていた。これは間違いない。
お父様もお手紙を何度かやり取りしていたらしい。
しかし僕の家庭教師としてやってくるその日、ケビン・ブラフォートは何者かによって殺された。
この殺した男こそ、今回メアリーが肥溜めに突き落とした男、名前をマーロン・レイノルズというそうだ。
「背格好や年齢が似ていたマーロンは自分の顔を知っている者がいないことをいいことにケビンと成り代わったのだ。私も実際に彼と会ったのはこの家に来た時だったからね」
「…」
「マーロンは貴族や皇族といった身分制度を廃すべしという思想を持って活動をしていた活動家だった。どうやらまだ幼い貴族の子女を洗脳して将来自分の活動を支援してもらいやすくしようと企んでいたそうだ」
「…そうだったのですね」
「マーロンは実に的確に仕事をしていたよ。アルバートの教師として信頼を得て妹であるメアリーの家庭教師も務めるようになった。実際にアルバートをはじめとした私たちはすっかり彼を信じてしまっていた」
「どうしてそれがわかったのですか?」
「メアリーが肥溜めに彼を突き落としただろ?その時にマーロンが持っていたカバンごと肥溜めに落としてしまったのだ。メイドたちが書類を出して汚れを落としていたが、この書類に書かれて文字が私が文通をしていたときのケビンの文字と違っていた」
「字のクセまでは真似できなかったのですか…」
「どうやらそのようだ。手書きの文字と板書の文字と違うことはよくあるし言い訳が立つと思ったのだろう。不信に思った私はすぐ執事に調べるよう指示を出したところ、ちょうど1年前に身元不明の男性の死体があることがわかった」
「1年…」
それはちょうど先生が僕の家庭教師としてやってきた頃だった。
「持ち物や背格好の特徴を調べたところ見事に一致したんだよ。我が家にやってきて肥溜めに突き落とされた家庭教師にね」
「…」
「もう少し調べてみたところマーロンという人物が危険人物として上がっていたんだ。そこで兵士を呼んで私立ち合いのもとである魔法をつかった」
「魔法、ですか」
この国では7歳くらいになるとみんな魔法の力を授けられる。
まだ7歳になっていない僕には魔法はないけれど、お父様やお母様は魔法が使えるのだ。
「あぁ。これは秘匿された危険な魔法だから誰にも言ってはいけない。父とアルバートとの約束だ」
「は、はい!!」
ふたりだけのヒミツの約束!!
お母様にもメアリーにも知らない秘密に僕は心躍った。
「誰にも言わないと約束できるかい?」
「もちろんです!」
お父様は僕がしっかりと返事をすると満足げにうなづいた。
「実はね、限られた人しか使えない魔法があるのだ。禁断魔法というものだね」
「禁断…」
「これは魔法をかけられた人が魔法をかけた人にどんな秘密でも打ち明けてしまうというものでね。頭の中をのぞくことができる」
「どんな秘密でもですか?」
「あぁ。頭の中を覗かれてしまうのだからね。だからアルバートが誰かにこのことを言ったらすぐわかる」
「誰にも言いません!!必ず」
僕はハッキリと答えて背筋を伸ばした。お父様の信頼を裏切ってはいけないのだ。
「頭の中を覗く魔法を使ってマーロンの正体を見破ったのですね」
「その通りだ。つまりメアリーは国を挙げて探していた悪い人をみつけ捕まえるという大手柄を上げたわけだ。もちろん人を肥溜めに落としてはいけない。しかし功績を上げたメアリーの褒めなくてはいけないからいいことと悪いことを差し引いて謹慎だけとなったということだ」
「なるほど…」
先生がそんな悪い人だったなんて僕はまったく気づかなかった。
メアリーが知っているわけないだろうけど、僕はメアリーに感謝しているのだ。
だって僕も先生の授業は退屈で大嫌いだったから!