119’.13歳 ひみつの誘拐事件 9
乙女ゲームの悪役キャラってゲームが始まる前からこんなにハードモードなの?
意識が戻って最初に思ったのはそんなことだった。
ここは天国…じゃない…かといって地獄でもない…。
天国にしろ地獄にしろ土臭い。
こんな天国あってたまるか。
地獄だったらナニ地獄よ。
私の罪で地獄をまわったら地獄温泉ツアーできそうだわ。
「いててて…」
誰もいないしいいや。
つい令嬢らしからぬ言葉がでる。
でもさっき銃弾くらって崖から落ちたんだ。少しくらいの粗相は許してほしい。
「で…なんで私生きてるの…??」
ぱちくりぱちくり、目を開閉する。
視界良好。今日も空はあおい。
続いて手足。指をにぎにぎ、問題なし。
ん?落ちた痛みはあるけど…あれ?
恐る恐る、銃弾が当たったであろう肩に触れたが、そこには何もない。傷ひとつない。
服が破れた形跡はあって皮膚に触れた感触はあるけど、肝心の皮膚はきれいなものだ。
まって…これ…おかしい…
私でもわかる…
ギリギリ崖から落ちて無事だったのは木がクッションになったとか際どい言い訳ができる。
でも銃弾食らって無傷って…
「………ありえないでしょ…」
心臓がどくんどくんと早鐘のように打ち付けられ、首筋に冷たいものを当てられたような、肝が冷えるとでも言うべき得たいの知れない恐ろしさがこみ上げる。
これがいわゆるゲームの強制力ってやつなの?
悪役令嬢は悪役令嬢としての役割を終えるまで死ねないってこと?
なによそれ…。
私には死すら選ぶ権利がないってことなの?
周囲には誰もいない。
当たり前だ。
ここには私ひとりで落ちたんだから。
ううん、何を驚くことがあるの?
最初からわかっていたじゃない。メアリーの、悪役令嬢の最期は決まってるって、
わかっていて、やってきたことじゃない。
驚くな、この程度で。
ボコボコと沸く不安感を無理やり押さえ込む。
人は弱るとマイナス思考になるっていう。
これもその一環だ。
大丈夫、オーギュスト様は婚約者を見捨てるような人じゃない。
それでも落ち着きのない不安は消えなくて膝を抱えてしゃがみこんだ。
どうせ道もわからないのだ。闇雲に動き回るよりじっとしているほうがいい。
遭難したときは動くなってテレビで言ってた。
誰か…誰か…。
しゃがんだ拍子にポケットから鈍い痛みがはしった。
…これ以上のケガはゴメンだ。
ゴソゴソとポケットを漁ると原因はすぐにわかった。
ディーに渡されたブローチの台座だった。
そういえば別荘を出るとき持ってきたんだっけ。今この瞬間まで忘れていた。
落ちた衝撃のせいなのか、魔石は砕けちりポケットのなかは魔石の破片でいっぱいだった。
ひっぱって裏返すと砂状になった破片が風に誘われサラサラ飛んでった。
手元に残ったのは台座だけ。
なんだかむなしくなってきて、逆に笑ってしまう。
なんだこれ。
でも唯一残った台座にひとりではないと言われているような気がした。
もう少し、待つんだ。
だってほら、遭難したときは闇雲に動いちゃダメでしょ。
そうやって、さっきとは違う気分で座り込みなにも考えず空を眺めていると、
「メアリー!!!」
「ご主人様ぁ!!!!」
「お嬢様!!」
「いたぞ!!」
同じ言葉を違う声が呼んだ。
それは聞きなれたものばかりで…
「えっ…」
声のしたほうをみればオーギュスト様にルイ様、お兄様にユリウスまでいた。
それとセイガ様とルーシーまで。
馬でこちらまで一目散に駆けてくる。
近づくに連れてく地震のような振動が強くなる。
「お嬢様!!遅くなって申し訳ありません!!お怪我は?どこか痛いところはありませんか?話せますか?意識は?!わかりますか!?」
ルーシーが真っ先に馬から飛び降りて私のところへ走ってくると存在を確かめるように頭から肩、腕をペタペタ触った。
抵抗する気力がないし心配していることは十分伝わったから好きにさせる。
「メアリー!?ケガは?」
「無事でよかったです!」
続いてオーギュスト様とルイ様だ。ルイ様は泣きながら抱きついてくれた。
普段なら騎士団の手前、注意するオーギュスト様だけど今だけは何も言わなかった。
「私よりおふたりにケガは!?」
「たぶんメアリーよりずっと軽い」
「あのあとすぐ騎士たちが来てくれたんです」
よかった、落ちる間際にみた騎士たちは幻じゃなかったんだ。
「メアリーが落ちたあとすぐ騎士たちが着いて犯人たちは捕縛。逃げたもうひとりも捕まってる。あの銃も確保した。騎士たちか近くにいるってわかっていて犯人たちの気をそらせ時間稼ぎをしてくれたんでしょ?ありがとう」
「そんな…お礼なんて…」
あのとき、騎士たちが近くにいることはわかっていた。
だから少しでも銃を使うまで時間を稼ぎたかったのだ。
結果的には失敗してしまったし、ゲームの強制力が無ければ私は死んでいた。
私のおかげなんて言われていいわけがない。
「それより…ほかにもケガしてませんか?」
「ケガはありませんよ。うまく木がクッションになったみたいです」
「しかし…銃に撃たれたじゃないか…」
「上手くかすっただけのようです。ほら、血も出てません」
安心させたくて左肩をみせた。そこにはさっき確認した通り傷ひとつない肌があるだけで、服こそ穴があいているがケガはない。
「あー…メアリー…わかったから…うん、無事でよかった」
気まずそうにオーギュスト様が視線をそらす。心なしか赤くなっているような…。
「ん?どうかされました?」
「お嬢様…年頃の未婚女性がかんたんに肌をみせてはいけません…」
すかさず、肩掛けをかけてくれた。
よくできた秘書だ。
肌触りもいい。
「あ…そうだったわね…」
「ご主人様!」
「メアリー…」
「お兄様、助けに来ていただいてありがとうございます」
「いや…救助が遅れてすまない…」
「いいえ、お兄様のおかげで私も無事ですから大丈夫です」
「悪役令嬢…いや、メアリー…」
「あら、ユリウスまで来てくれたの?」
「…すまない…。俺がいながら…危険な目にあわせてしまった…」
眉を寄せて苦しそうにユリウスが頭をさげた。
なんだ?いつもはケンカを売ってくるのに今日はやけに素直じゃないか。
てっきり『殿下をふりまわすな!』とか言われるのかと思ってた。
「頭を下げるのは私じゃないでしょ!殿下を守りきれなかったこと、謝ったわけ?」
「なっ!当然だろ!」
挑発すればかんたんに顔をあげた。単純なやつだ。
「だったらあなたが私に頭を下げる理由なんてないわ。実際、騎士たちを連れてきてくれたのはユリウスでしょ?礼を言うのは私だわ」
「………しかし!」
「ありがとう」
「え?」
「1回だけに決まってるでしょ?聞き逃してもやり直しはなしよ」
「……元気そうで何よりだよ」
何か言おうとして、諦めたようにため息をついた。
言いたいことがあるのかもしれないが、無理に聞き出す必要もあるまい。
そして次に熱視線をさっきからずっと送り続けてくる犬…じゃなくて、セイガ様の番だ。
「ご主人様!」
「来るのが遅い!どうせストーカー能力で居場所くらいわかってたでしょ!」
「あん!ご主人様に罵られてるぅ!」
「よろこばない!」
「あはは!実際、遠すぎてわからなかったってのはあるよ。母君の協力でようやく範囲がわかったんだし」
「ふうん、不便なものねぇ。って、え?お母様?」
「あぁ。犯人たちからの連絡鏡が来る前にメアリーがワガママしてないかって母上から来たんだ。犯人たちがつかうソニア商会の店がわかったから捜索範囲をだいぶ絞れた」
お兄様が補足してくれる。
「あ、だから殿下はソニア商会の店で買い物しろっておっしゃったのですね!さすがは殿下です!」
「うまくいってよかったよ」
さすがオーギュスト様はすばらしい!!
とっさにそんな作戦をおもいつくなんて!!!
「で、ご主人様、体は無事みたいだけど心は大丈夫かい?ここまでご主人様、すごく泣きそうだった」
「セイガ様…」
主従契約を結ぶと感情が流れ込むことがあると言っていた。
さっきまでの弱々しい姿を、セイガ様は感じ取っていたらしい。
「もう、大丈夫よ!あなたたちも来てくれたし」
「…そうかい。でも辛くなったらすぐに言ってね」
「はいはい。期待してるわよ」
「ご主人様から期待されちゃった!」
……よかったね。
つっこむ気力もなくて、スルーした。
「ただ、森のなかに入っちゃったからぼくではお手上げでね。そこからは彼のおかげだよ」
セイガ様の視線の先には気まずそうに何か言いたげなディーがいた。
眼鏡をしていないからその表情がよくわかる。
「遅かったじゃない」
「…無事で…よかった…」
「当然でしょ?」
「本当に…よかった…よかった…」
今にも泣くんじゃないかってくらい苦しそうだ。いい大人が泣くんじゃないとか、いつもなら言うけどこんなになるまで追い詰められてたとおもうと小言も言えなかった。
「ボクは…きみが死ぬときはついていく…きみが誰とかどうでもいいんだ。だから…」
そのあとに子供のようなことを言うから、私もある意味あきらめた。
「そう。なら地獄の果てまでついてきなさい」
どうせ悪役令嬢の行き先は地獄なんだし。