118’.13歳 ひみつの誘拐事件 8
走って、身をひそめて、犯人たちをやりすごして、じわじわと夜が明けた。
西から朝日がさして森がキラキラと明るくなる。
「朝ですね…」
「あぁ。夏の夜明けは早いから」
明るくなったということは、こちらの視界が開けたと同時にあちらからも見やすくなったということだ。
「いたぞ!」
「クッソ!どこまでも振り回しやがって!!」
振り向かずに走り出す。ルイ様とオーギュスト様も一緒に駆けた。
「しつこいですね!」
「ルイ!この先ってまさか…!」
「はい!崖のはず…!」
崖!?なんで森の中に崖があるのよ!!
そういうものなの?!
ルイ様が方向転換しようとすると親分か兄貴が先回りしていた。
あちらの姿が見えないぶんこちらは音に頼るしかない。どちらかがいると思われる方向には進めないのだ。
兄貴と親分の気配を探りながら、ルイ様とオーギュスト様は道を選んだ。
それでも姿の見えない敵から逃げるというのはこちら側に不利だ。
逃げて、また開けた場所に出て、失敗に気づく。
追い込まれた!!
眼前に道はなかった。
そもそも森の道なんてないようなものだけど、そこから先は切り落としたように空白で、はるか向こう側に別の森が伸びている。
切り落とした谷底も森のようで緑色が広がっていた。何メートルあるかわからないが、とにかく落ちたらただでは済まなさそうだった。
3階建てくらいの高さは間違いなくある。
安全に谷底へ渡る道はなさそうだ。
そこだけえぐりとったような崖だった。
「しまった。彼ら、けっこう森に慣れてたみたいだ」
あと数メートル下がれば崖の底にまっ逆さま。
よくマンガでみる絶体絶命ってやつだ。まさか自分がそんな目に合うとは思わなかった。
ゴクリと息を飲む。
「大人になめた口きくからこうなるんだ!とくにそっちのお嬢ちゃんはただ売るだけじゃ気が済まねぇ!!」
「金さえ手に入ったらなんでもいい。どうせ大金が手にはいるんだ。コイツらを連れてく必要もない」
「世間のルールってやつを教えてやんねぇとなぁ!」
親分と兄貴が下品な笑いかたをしながら姿をみせた。
ここまできたら隠す必要もないのかオーギュスト様が私とルイ様をかばうように背に隠した。
ルイ様もオーギュスト様の陰から逃げ道がないか視線をせわしなく動かしている。
しかし子どもの足と大人の足。
逃げたところで捕まるのがみえている。
どうする…??!!
「あぁ、ちょっとコイツの性能を試したかったんだよなぁ。ちょうどいい」
「親分アレを使うんですか!?」
「あぁ。試作品だがどれだけ使えるか試したいだろ?」
勝ちを確信したようだ。
親分が懐をあさり気味の悪い笑みを浮かべその黒いモノを取り出した。
思わず悪寒がはしるほどにゾッとする。
見た目は無骨で美しさのないボディは黒く、艶はない。
レプリカやおもちゃは何度もみたし、構えるポーズは作画のモデルにしたことも多々ある。
モノは知っているけど、本物をみたのは前世も含めてはじめてだ。
その冷たい銃口がこちらを向いていた。
「銃!?」
「アァン?!てめぇしってんのかよ!なんだよ!アイツら誰知らないとか抜かしてやがったのによぉ!」
「メアリー!?あれ…」
「武器です…魔法を使わない…」
「そんなものまで…」
ここは剣と魔法の世界。
ゲーム内でも火薬兵器を使っているところはみたことがない。
でもそれはゲームの話で、外にはこんなに武器が作られていたんだ…。
銃が開発されたのはいつかなんて、異世界である以上どうでもいい。
歴史を紐解くよりも先に安全を優先しなくてはいけない。
「火薬をつめた弾がいくつか込められていて、引き金を引くと真っ直ぐ向かってきます。威力がどのくらいかわかりませんが大きなケガをすることは間違いありません」
使ったことがないから銃の仕組みなんてわからない。
ただオタクとして得た知識をなるべく噛み砕いて伝えた。
「………魔力を貯めて使う銃はあるけど…同じようなかんじかな?」
「そう…お考えください」
オーギュスト様は冷静だった。
どういうものか知っているぶん私の方が冷静でいられないのかもしれない。
漫画では引き金と銃口をみていれば弾は避けられる、なんてかっこよく言っているシーンがあったけど…ごめんなさい、私には無理です。
足が動かないし身がすくんでしまい指を動かすことすら危ういほどだ。
「まぁいい…まずは威勢のいい坊主からだ!よーやくお嬢ちゃんにいいとこみせられんなぁ!」
「…………」
緊張がはしる。
バタバタと、鳥がどこかから羽ばたく音と悲鳴のような鳴き声がした。
こうなったら一か八か、やるしかない!
「それ、安全装置ははずしたの!?」
ハッタリでもなんでもいい!
少しでも時間を稼ぎたい!
漫画の知識をフル活用してなにか手立てはないか考えた。
そこで思い出したのが銃に不馴れな人間が安全装置を外し忘れ弾が出ないというハプニングだ。
普通ならありえないお間抜けなハプニングだけど銃に慣れている人間のほうが少ない。
やつらも同じく銃に不馴れなら少しは動揺を誘えるはず!
「なに?!」
「銃って安全装置ってやつがあるんでしょ?はずさないと弾はでないわよ!」
ほーら!やっぱりだ!親分は銃に慣れていない。
口ぶりから最近どこかで手にいれたばかりなのだろう。
このさい安全装置があるかなんてどうでもいい!焦ろあせろ!
「親分!?そうなんですか!?」
「ちょ、ちょっとまて!」
親分は小さな銃をかちゃかちゃといじって存在するかすらわからない安全装置を探し始めた。
まだ開発されてすぐなら安全装置がない可能性もあるけどね!
「えいっ!!!」
威勢のいい、でも可愛らしいかけ声とともにルイ様が足下の草と土を剥ぎ取り犯人に投げつけた。
「わあっ!!」
「くっそ!!」
隙ができた!
完全に不意打ちだ。オーギュスト様の陰に隠れていたせいでやつらも油断したらしく顔面に食らった。
咄嗟にオーギュスト様とルイ様が走りだし、私も続く、がそれよりも先に
「てめぇ!ざけんな!!」
銃口から火花が弾け、大地を揺らすような爆発音が響く。
その銃口は真っ直ぐオーギュスト様を向いていた。
「オーギュスト様!!!」
考えるよりも先に体が動く。
手と足はさっきまで固まっていたとは思えないほど俊敏にオーギュスト様の体を押し出した。
それと同時に肩に鋭い切り裂かれたような痛みと熱さがはしり瞬く間に全身に広がった。
「っっ!!」
「メアリー!?」
「メアリーさま!!」
バランスを崩したのか、弾丸の勢いに圧されたのか、力の入らない私の体はよろけて重力に従う。
抵抗すらしないまま投げ出された体は崖をまっ逆さまに落ちていった。
かすむ視界が最後にとらえたのは紋章をまとった騎士たちと、オーギュスト様とルイ様の泣きそうな顔だった。
そんな顔させたいわけじゃないのに…
ただおふたりを庇えた。
それだけでよかった。
「メアリー!!!!!」
オーギュスト様のルイ様が叫ぶ声をきいて、意識はフェードアウトした。