116’.13歳 ひみつの誘拐事件 6
とっぷり夜が更けて、あたり一帯は夜になった。
ここは街灯なんてないし、森の近くだ。月明りしか光源なんて存在しない。
ランタンを用意させたので魔力の節約のためにもランタンに火を灯す。
この火で荷台を燃やし逃げたらどうするのだと思ったけど、彼らはなにも気にすることなくランタンの火を渡してきた。
家だったら魔力番が何人かいるので邸内は常に明かりがついているが、平民たちはこうして夜間の明かりを確保するそうだ。
集合住宅を建てたときアパートそれぞれに魔力番を作ったところとても喜ばれたのはランタンの明かりだけでは心元ないからだったらしい。
ルイ様はこの状況をちょっとしたキャンプ気分で楽しんでいるらしく毛布にくるまって夜空をみながらオーギュスト様となにかお話されているようだった。
兄弟だけで気兼ねなく楽しむ時間というのは彼らにとって少ない。
なにを話しているのか気になるけど兄弟水入らずを邪魔するのは気が引けたので少し離れたところで私も夜空をながめたいた。
「満天の星空ってやつだなぁ」
見上げれば、そこには前世の日本ではそうそうお目にかかれない星空が広がっていた。
ランタンがなくては真っ暗だというのに、それほど恐怖心を抱かないのは爛々と輝く月と星のおかげかもしれない。
まさに天然のプラネタリウムってかんじ。
…本当、誘拐されてるってかんじがしないなぁ…。
「見張りが誰もいませんがいいんでしょうか…」
「おや、本当だ。明日の作戦会議でもしてるのかな?」
ルイ様が疲れてくりくりとしたお目めをこすり始めたので荷台のラグに転がっていた。
話し相手がいなくなったオーギュスト様が私のつぶやきに返事を返してくださった。
「小屋で会議しているようですね」
「あぁ。明日、誰が身代金の受け渡しに行くか話し合っているらしい」
「なるほど…」
身代金はかなりの高額を現金で受け渡すから連絡鏡のように代理人に行かせるわけにいかない。
そのうえ2回に渡って金のやり取りをする。
つまり犯人たちにとっては捕まるリスクが増えたということだ。
お兄様からの提案したことだけど、ようやくリスクに気付いたようで誰が行くか揉めている。
誰かひとりが行くと身代金を持って逃げる可能性があるし、全員で行けば捕まる可能性が上がる。私たちを置いていけない。
1回目の身代金受け渡しに私たちを同行さると、そのまま逃げる可能性だってある。
結局2人組んで行くということに落ち着いたようだけど今度は誰が行くかでまた揉めた。
みるに、彼らは固い結束力で繋がれた仲間同士ではないらしい。
「せいぜい悩んでほしいですね」
「あぁ。そのほうが判断力が鈍る」
くすくす、とオーギュスト様と小さく笑っていた。
会議の結果が気になったから聞き耳をたてると、小屋のなかで話は突然違う方向に流れた。
「もうたくさんだ!おいらは抜ける!付き合ってらんねぇ!」
この声は下っぱだ。
いつもは弱弱しく情けない声しか出さないのに、聞きなれない怒声を上げた。
本人も慣れていないようで、ところどころ声が上ずっていた。
「おいまて、落ち着けよ」
「おいらが何度もあの街まで行ったり来たりしてる間あんたら何してた?いっつもそうだ!面倒なことは全部押し付ける!付き合っていられるか!」
「今抜けるなら金は渡さねぇが…いいのか?」
「どうせその金だっておいらのところにはろくに入ってこねぇんだろ!ナメやがって!どうせお貴族様の家に目を付けられたんだ!捕まるのも時間の問題だろ!牢屋に金は持っていけねぇんだぜ!」
「本国に帰っても裏切り者として始末されるだけだぞ!いいのかよ!」
「知ってるか?スティルアートでは上の人間も下の人間も同じ飯が食えるんだと。こんな生活もううんざりだ!」
「どうせあのお嬢ちゃんに吹き込まれたんだろ?!ガキの言うこと真に受けてんじゃねぇよ」
「ガキの言う事かも知んねぇけど…今の生活続けるよりマシだ!」
小屋が震えるほど大きな音を立てドアが開く。
とっさにオーギュスト様と私は荷台に身をひそめ様子を伺った。
下っぱと思わしき小さな影は小屋からずんずん出ていき、夜の闇に紛れ戻ってくることは無かった。
「仲間割れ…でしょうか…?」
「どうやらそのようだ。これは…予想外のことが起きたね…あ、やつらが来るよ」
人の気配を感じて荷台に隠れた。ずっと中にいましたとでもいうように。
「おい、あいつは来なかったか?」
「あいつって誰よ」
「チっ!!」
兄貴だった。中に私たちしかいないと分かるとドンと荷台のドアを閉めた。
すかさず壁に耳を近づけ外の音を拾った。
「親分!いねぇ!あいつ本当に逃げやがった!」
「まぁいいさ。どうせこの仕事が終わったら用済みだったんだ」
「金の分け前が増えたと思えば運がよかったっス!」
「…しかしあいつがスティルアートの連中に捕まったらこの場所がバレちまう。計画を早めるぞ」
「明日の身代金は…」
「先に俺が行く。2回目におまえが行け」
「ッス」
「おまえが金を受け取っている間に俺はガキ共を連れて本国へ戻る。それから2回目の金だけもらう。いいな?」
「ウッス…」
まって…本国ってどういうこと?
心臓が握りつぶされたような不安感が押し寄せた。
まさか…。
「どうやらルイの予想が当たったみたいだね」
「え…クラティオの人じゃないかっていう…」
「そう。まぁここまで魔道具を使っているところをみたことがなかったし連絡鏡すらメアリーに使わせた。彼らは間違いなく魔力を持っていない」
「しかし!騎士団や影に使われたという罠は魔道具だったのではありませんか?」
「夜になるまで助けが来ないってことはあの罠からこちらの居場所を特定できるものは出なかったってことだよ。つまり、魔道具ではなかったってこと」
「えぇ!?」
「クラティオは魔法がなくなった国でしょう?なら魔法に頼らない武器があってもおかしくはない」
「あ、あぁ…」
オーギュスト様の言う事をゆっくりと飲み込む。
あぁ、そうだ。そもそも前世の日本だって魔法なんてなかったじゃないか。それでも武器や兵器はごまんとあった。
それがこっちの世界にないなんて保障、どこにもない。
「なんで…クラティオがアルテリシアの子どもを誘拐するのでしょう…?」
「おそらくだけど、魔力が目的だろう。だからメアリーの要望に全て答え機嫌をとって魔力を出しやすい状態にした。魔力は精神が不安定だとつられて不安定になるからね」
どうしてクラティオが魔力を求めているのか…。クラティオは長く魔力のない国だ。
今更魔力を集めてどうするつもりなのか…。
疑問は尽きないが今はそんなことを考えている場合じゃない。
頭を振り払って今するべきことに集中する。
「うーん、成果っていうほどの成果もないけど国境を越えられるとまずいね。…メアリー、動けるかい?」
「は、はい!」
「いいね、じゃあルイを起こして脱出するよ。いいかい?」
二ッと笑って、オーギュスト様はルイ様の肩をゆすった。
「ルイ、ルイ。起きて、逃げるよ」
「ん…」
指先が閉じられた瞳を拭ってルイ様は身じろいだ。
起こすのがはばかられるほど、天使の寝顔である。
できることならこのまま朝まで寝かせてあげたい。そんな欲求に駆られるがグッと我慢した。
「やっと逃げますか?ずいぶんのんびりでしたね」
フアー、と気の抜けるあくびをしてルイ様は大きく伸びた。
「よく眠れたかい?」
「はい。おかげさまで~」
気だるげに立ち上がって屈伸、それからまたのびー、左右に伸びて再び屈伸。
パキパキと小気味いい音がしてすっかり寝起きの気だるげなお顔からスッキリとしたいつものルイ様に変貌を遂げた。
「じゃあ出ようか。水分だけ持っていこう。
までまだ時間がある」
「は、はい…」
あれ?ルイ様ってこんなにアクティブなキャラだったっけ…?
昼間の小悪魔っぷりといい…ルイ様がわからない!!