114’.臣下~side others~
「アルバート様!ディーさんを連れてまいりました!」
「ご苦労」
ディーを朝から見ないと思っていたら隠し部屋に籠っていたらしい。
ルーシーに腕を捕まれ引きずられるようにあらわれた研究者にいつもの瓶底眼鏡はない。
そのため不貞腐れたような不機嫌そうな顔がよくわかった。
いつもは笑っているのか怒っているのかすらよくわからない不敵な笑みを浮かべるなディーにしては珍しいことだ。
「ボクがいたところで役に立つとは思えないけど…」
「そんなこと言っている場合ですか?!お嬢様が誘拐されたっていうのに呑気に引きこもって!!」
「犯人のほうが心配だよね。お嬢サマって無理難題ふっかけるし」
「そう、かもしれませんが…そういう問題じゃありません!お嬢様が今も不安で怯えているかもしれないんですよ!!」
「ないない」
それはない。
口には出さないが同じことを全員が一様に思った。メアリーが誘拐された程度で怖がるとはとうてい思えない。
「そうですが!!少しはお嬢様の心配でもしたらどうなんですか?!」
「心配したところでどうにかなるわけでもないでしょ…」
「あーもう!!」
あぁいえばこういう。
ルーシーがわなわなと拳を握り今にも殴り掛かりそうな勢いで震えている。ユリウスに視線を送ってさりげなく間に入ってもらう。ルーシーの拳が飛び出したらすぐ止められるように。
「ディーさん…朝から様子が変ですが…昨日お嬢様と何かあったんですか?」
「…少なくともお嬢サマはボクとは利害の一致だけの関係らしいよ」
めんどくさいな、こいつ。とでも言いたげにルーシーの眉間の皴が深くなった。
これは1発飛んでいくかもしれない。
ユリウスが止めるだろうが暴力沙汰は避けたい。
でも正直なことをいうと1発くらいなら食らわせてもいいかもしれない。
こっちは必死になっているというのにこうも協力する気がないというのは苛立つものだ。
どうでもいい葛藤が揺れ動く。
「犯人たちが仕掛けた罠について知りたいんだ。上を通過したら爆発したんだけど自動供給魔法の可能性はないかい?」
「は?まさか…」
自動供給魔法に反応を示したのか、少しだけ目に光が戻る。
「ちょっとまって、上を通っただけで爆発したって言った?それって地面を踏んでいたよね?」
しかし先に動揺したのはセイガのほうだった。
心なしか緊張の色がみえる。
「騎士たちは走っていたからそりゃ…」
「それ…魔道具じゃないかも…」
「セイガ、何か知っているのかい?」
「ぼくも噂程度にしか聞いたことないけど…クラティオの兵器に踏んだら爆発する爆弾っていうのがあるんだ」
「クラティオの…?」
「そう。クラティオって魔法がなくなった国でしょ?だから少しでもアルテリシアとか朱菫国に対抗するために火薬兵器を開発しているって噂があるんだ。それじゃない?」
「…じゃあもしかしたら誘拐犯はクラティオとつながっているってこと?」
「もしくはクラティオ人…」
「…可能性としてはある…。たしかにクラティオ人なら魔力がないぶん『迷いの森』の影響をうけないし誘拐後に森に入って追ってを巻くことも可能」
クラティオとアルテリシアの関係はお世辞にも友好的とはいいがたい。
過去にクラティオはアルテリシアの属国だったが内戦以後クラティオは独立した。それ以降、元宗主国であるアルテリシアを嫌悪しており何かと外交上で問題になっている。
一方のアルテリシアのほうはクラティオが属国から抜けたところで影響はなかったためクラティオ側から嫌悪されていることはあまり知られていない。
とはいえそんなクラティオと関わりがあるかもしれない誘拐犯に皇子であるオーギュストとルイが捕まった可能性があるというのは…。
サァァァ、とアルバートとユリウスの顔色が悪くなる。
第三皇子の独断作戦の失敗、身柄がクラティオに渡ったとしたら…、クラティオとの外交問題…。
オーギュストの作戦のことは明かさなければただの事件として処理するともできるが、こういうことはどこから声が漏れるかわからない。
火のないところから煙をおこすことなど王城内ならたやすい。
皇帝選抜から外れた第一皇子派も息を吹き返すだろうし、第二皇子派はこれを機にオーギュストを蹴落とそうとしてくるはずだ。
これは最悪の事態を想定しなければいけないかもしれない。
「持ち帰った罠に手掛かりがあるかもしれない。ディー調べてくれないか?」
「…ほかの人間にやらせればいいでしょ。そのくらい…」
めんどくさい!!
心の中でアルバートは地団太を踏んだ。よくメアリーはこんな面倒くさいやつを手懐けていたものだ。
扱いにくいことこのうえない。
メアリーの安否はそれほど興味がないのだろうか。
ルーシーはメアリーと何かあったかと聞いていたがその答えは明確になっていない。
ふたりの間に何があったかわからないが、いま最も罠の調査に適しているのはディーであることくらいわかる。
が、本人にやる気がない。
それならほかの研究者を連れてきたほうが早いか、アルバートが判断に迷っているとセイガがディーの前に出た。
「ねぇ、キミってぼくより先にご主人様に仕えているんだよね?」
「なんだ、王子サマは気づいてたんだ」
「当たり前だろ?ご主人様を介してキミの魔力も感じるんだよね。ご主人様の想い人がオーギュストなら許せる。婚約者だしね。でもさ、キミみたいになのがご主人様に仕えているなんて不愉快で仕方ない。全く腹立たしいね」
「…それ王子サマに関係ある?」
「大アリだよ。ぼくはご主人様の犬なんだ。敬愛するご主人様に仕える同僚がこんな腑抜けたヤツなんてご主人様に相応しくないよね。あぁ、やる気がないなら…今ここで殺してあげようか?」
獰猛な野生動物のようにセイガの目が鋭く光る。武器こそ持っていないが、人を殺すために武器は必要ない。
メアリーは知らないだろうが、セイガは朱菫国でも一二を争う剣の腕前を持つ。身を守るために鍛えた体術でも敵なしだった。
ディーがセイガに勝てるとは到底思えない。
思わずユリウスは身構え、アルバートは声を上げる。
「セイガ!」
「……」
「きみたちは黙ってて」
冷静で、それでいて威圧感のある声はまさに強者のそれだった。セイガが朱菫国の王子であることを思い出させた。
固唾を飲んでセイガとディーの見つめる。
「ぼくらはご主人様に忠誠を誓っているだろ?そうすると魔力を介して何となく居場所や感情がわかるんだよ。残念ながらぼくはまら仕えて日が浅いから遠いとわからないけど…彼はわかるはずだよ」
「……」
「ディー…本当か?」
「…大雑把にならね。でもきっとお嬢サマはボクの顔なんてみたくないよ」
だらりと、ディーの肩が落ち項垂れた。無気力なそれは全くやる気のない人間のものだったが、見方を変えると興味がないとかやる気がないというより憔悴しているようにもみえた。
昨夜メアリーとディーに何があったか、誰も知らない。ふたりの間に何があったかも。
だけど、
「あーもう!!めんどくさい人ですね!!お嬢様が今更ディーさんのことを嫌いになるわけないでしょう!!顔もみたくない?利害の関係?あのかたは必要なくなったり気に入らなかったらその場で即刻クビ宣告する人なんです!クビって言われたんですか?!」
「い、いや…」
「だったらまだセーフです。ちゃんと謝ってください。不貞腐れてるのもいい加減にしてください!お嬢様の機嫌ならいくらでも取りますがいい大人の機嫌なんて取りたくもないんですから!」
ルーシーが先に爆発した。
拳こそ飛ばなかったが今までに見たことが無い剣幕でまくしたてる。溜め込んでいたものをぶつけるように吐き出した。口調が丁寧なのはメアリーの秘書としての矜持だろう。
「そちらの秘書殿のほうがご主人様のことわかっているじゃないか」
「……」
「キミもご主人様に忠誠を誓ったならどれだけ拒絶されても食いついてみなよ。嫌われても罵られても1度忠誠を誓った相手に命を捧げるのが犬ってもんだろ?」
「ボクは犬になったつもりはないんだけど…」
「ちょっとご主人様の機嫌を損ねた程度でそこまで落ち込むなんて犬も同然じゃないか」
「……」
「あ、キミにもご主人様は怒ってないよ。ちょっと驚いただけ」
「…それくらい…知ってる」
零れるように出てきた言葉は素直になれない子どものようなものだった。
年齢も性別もよくわかっていない謎だらけの研究者だが、案外と子どもっぽいやつのようだ。
「だったらちゃんと顔みて話したら?」
「……」
「あ、ご主人様たちは元気そうだから安心して」
張りつめた空気は霧散して、セイガは明るく告げた。
それは誰も気になっていて、考えないようにしていた3人の安否だった。
「メアリーは今無事なのかい?」
「あぁ。元気そうだよ。大きく感情が揺れた様子がないからオーギュストもルイ様も無事なんじゃないかな」
「そうか…よかった…」
どっと安堵が押し寄せる。
まだ行方の知れない3人だが、少なくとも生きている。オーギュストとルイにけがでもあればメアリーが黙っているわけないし冷静でいるわけもない。
感情が揺れていないというのは無事であるという証拠でもあった。
「だからさ、ご主人様を探しにいかないと」
「…そうだね。例の罠ってやつみせてよ。どうせクラティオのおもちゃだろうけど何かわかるかもしれないし」
少しの間があって、諦めてようなため息をついたディーはみるみる普段のような何を考えているのかわからない顔になった。
やりにくい顔であるが見慣れたそれにアルバートとルーシーはようやく安堵する。
ディーが談話室から出ようとしたタイミングで、メイドが連絡鏡を抱えて飛び込んできた。
本来なら許されることではないが、メイドの抱えていたスティルアート本邸と繋ぐための連絡鏡が全てを許していた。
「も、申し訳ありません!アルバート様!奥様から緊急で連絡が…」
「母上から?」
わざわざここまで通したということは『よほどの用件』であるということだった。
そうでなければこの緊急事態の最中にアルバートのところまで運んでこない。
すぐさま連絡鏡をセットして魔力を繋げる。
『アルバート?あなたたち今まだそっちの領地にいる?メアリーが何かやらかしてない?』
やらかしていると言えばその真っ最中である。どう母親に言うべきか頭を悩ませた。
事実をそのまま伝えればスティルアート家の援軍は期待できるしそのほうが捜索の規模を大きくできる。本来なら迷わずスティルアートの助力を願うべきだ。
しかしクラティオの関与が疑われ第二皇子派の領地。スティルアートの兵が領に入ることを領主が許さないことは容易に想像できる。
たとえ許可したとしても何かしらの妨害を受ける。
『まぁいいけど…メアリーもしかしてお菓子とか布製品とか買いこんでない?そっちで馬鹿みたいに我がまま言うお客さんが来ていて応援の要請が入って困っているのよ…』
「お菓子?ですか…」
『コーヒーとかアイスとか、全部メアリーの好きなものよ。どうせそっちで珍しいものを急に買う客って言ったらメアリーかと思ったんだけど…持ってったぶんじゃ足りなかったの?』
ヘルナン辺境伯領はアルテリシアでも田舎に当たる。珍しいものが簡単に受け入れられる地域ではないことから販売する品々も王都と比べて安価なものが中心だ。
コーヒーもまだ王都ほど広がっていない。
現地で調達することが難しいとわかっていたからメアリーはこちらへ来るとき予めある程度の食糧は持ち込んでいた。
それなのに、急に増えた注文、お菓子、それから布製品。
オーギュストなら何かしら犯人にわからないように居場所を伝えようとするはず…。
「そ、それってどこの店ですか?!」
3人の行方をつかむ手がかりは思わぬところから舞い込んできた。
それと同じころ、何も知らない平民の村人がメアリーの連絡鏡と安物の連絡鏡を携え現れた。