113’.捜索作戦~side others~
ところ変わって別荘。
メアリー、オーギュスト、ルイが誘拐された直後、計画通り騎士と影が追い掛け犯人たちを確保する計画だった。
しかしそれは犯人たちの仕掛けた想定外の罠によって変更を余儀なくされる。
『万が一』を想定してオーギュストが立てていた作戦に従いアルバートが捜索隊の指揮を執る。
別荘の談話室はすぐさま捜索隊本部となった。
「けが人は?」
「防御魔道具のお陰で全員軽傷。それも森の影響で魔道具の調子が狂って負った傷だからたいしたことは無い。すぐ出れる」
「そうか。罠を起動した犯人を確保、それから魔道具の確保をしてほしい」
「わかった」
ユリウスは小さく頷いていったん部屋を出て騎士たちのもとに向かう。
「お嬢様が誘拐だなんて…」
ありえない。
ルーシーの顔にはそう書いてあった。それと、同行しなかったことへの後悔。
ついて行ったところで何かが変わった可能性は低いかもしれないが、それでも仕える主人の窮地に自分はのうのうと安全な場所にいたくなかったのだろう。
「ルーシー…、信じがたいことに本当なんだ」
「そんな!あのお嬢様ですよ?!そう簡単に連れ去られるとは到底思えません!」
「…気持ちはわかるけど…一応事実なんだ…」
あのメアリーだ。
かんたんに捕まるなんて信じられないという気持ちはわかる。
とはいえ悲痛な声で主人を心配するルーシーに事実を言えるはずなかった。
まさかメアリーを餌に誘拐犯たちをおびき寄せわざと誘拐されたなんて。
そのうえ作戦は失敗、メアリーたちの行方はわからないということは知らせないほうがいいだろう。
ルーシーをこれ以上動揺させる必要もない。
これがオーギュストの計画によって起きた誘拐事件ではなかったらメアリーがかんたんに捕まるということはなかったはずだ。
無力な13歳の少女らしからぬ手段を取って誘拐犯に一泡吹かせるくらいのことはしていただろう。
「どうしてヘルナンの領主に知らせないんだい?ご主人様たちを連れ去ったのは例の誘拐事件の犯人かもしれないんだろ?」
「ここの領主は第二皇子派なんだ。下手にオーギュストが誘拐されたことを知らせてオーギュストの評判を下げるわけにいかない」
「なんかめんどくさいなぁ」
セイガも本来なら真っ先にメアリーを探しに行きたくてたまらない。
それをアルバートとユリウスの二人がかりで止めたのだ。
一応こちらの作戦に理解は示したがメアリーを囮にしたという点においてセイガは静かに怒りを露わにした。
こういうとき感情のまま激昂しないのは彼が王子だからだろう。
「ルーシー、ディーはどこだい?森に仕掛けられていた魔道具のことを調べてもらいたいんだ」
「隠し部屋にいるはずですから呼んできます。…全く!お嬢様の危機だっていうのにあの眼鏡ったら!!」
アルバートが思っていた以上に、メアリーの秘書はお怒りのようだ。
頭から煙でも出そうな勢いで部屋から出て、入れ替わるようにユリウスが戻ってきた。
「罠を仕掛けた犯人はみつからなかったそうだ」
「もう逃げたってことかい?」
「その可能性もあるが…周囲に魔道具を起動させたような人物はいなかった…」
オーギュストを追って罠が起動したとき、全員が負傷したわけではない。すぐに他の魔道具の存在を警戒して動ける者たちが罠を起動した人物の捜索に当たっていたのだ。
しかし周囲に魔道具を起動したような人影は一切なかった。
「じゃああれは…」
自動供給魔法。
その言葉はアルバートの脳裏をよぎると同時に嫌な予感がした。もしオーギュストが同じことを考えていた場合、犯人を捕まえようとする。
わざわざ辺境の別荘で自ら調査をしようする程度にオーギュストは自動供給魔法という失われた魔法に興味をしめしている。
本来なら最初に犯人たちを取り逃した時点で深追いしないで救助を待つ段取りになっているし、『万が一』が起きた場合の作戦もその計画で動いている。
しかし自動供給魔法を使える人間が誘拐犯だったとしたら…。
「もしかしたらオーギュストは犯人を捕まえるつもりなのかもしれない…」
「え…だが作戦が失敗した時点で撤退する予定だろ?!」
「事情が変わったんだ…」
「深追いしないって約束したじゃないか…」
「そう…だったんだけどね…」
眉をひそめて苦々し気に頭を抱えるアルバートをみて、ユリウスは事情を察した。
恐らくオーギュストの興味をひくなにかがあったのだ。
そして、それは作戦や自分の身の安全以上に優先したくなるような何か。
それ以上は何も言うまい。
長くオーギュストに仕えていた経験が全てを飲み込ませた。
誘拐されたといっても、ただ3人が助かるだけならオーギュストは自力で犯人たちの手を逃れることも可能だ。
オーギュストの性格上メアリーもルイも無傷の状態で遂行してみせる。
しかし犯人を捕まえるとなれば事情は変わる。
まず犯人の元から脱出しない。そうなると現在地を把握することが難しい。ヘルナン辺境伯領内にいるかどうかもわからないうえ移動していたら闇雲に動き回ることとなりこちらは消耗する一方なのだ。
捜索範囲が更に広がるなら連れてきた騎士だけでは数が足りない。
騎士団本部に応援を要請するか、しかしそれではオーギュストの評判に傷かつく。しかもここは第二皇子派の統べる領。下手に事を大きくして足をひっぱるようなことだけは避けたい。
そのために連れてきた騎士たちは第三王子派で信頼がおけるものに厳選した。数は心許ないが信頼性を優先したのだ。
「ご主人様を利用するからこんなことになるんだよ。最初から協力してもらっておけばもっとうまくいっただろうに」
「知らせていたらメアリーは絶対に反対したし自分だけ囮になるって言うだろうからね。それはオーギュストが許さない」
「俺は元々反対だったんだ!いくら悪役令嬢とはいえ囮につかうなど…」
「昨日も言っただろ?僕ら兄妹はオーギュストに仕える臣下なんだらオーギュストがやると言ったら成功させるために全力を尽くす。メアリーもそれはわかっているはずだよ」
「しかし…」
ユリウスは唇を噛み苦悩を浮かべた。
メアリーのことを悪役令嬢と呼び嫌悪していたが、最近ではそうでもなくなっていることをアルバートも気づいていた。
今も悪役令嬢と呼ぶのは気恥ずかしさからくるものだろうが、昨日の作戦会議ではメアリーを巻き込むことに最後まで反対してオーギュストに掴みかかる寸前だったのだ。
ユリウスがメアリーのことであれほど怒るとはオーギュストもアルバートも意外だった。
騎士としてのプライドか、メアリーへの誤解が解けてきたことが原因か、どちらにしてもユリウスはメアリーを囮にすることには反対だったが、合理的という意味ではこれ以上ない囮であることも理解していた。
最初からメアリーを目立つように仕向け誘拐犯たちの興味をひく作戦だった。
男子より女子のほうが狙われやすく誘拐された子供たちの年齢的にもメアリーが適任だった。
その代わり自分たちは目立たないよう服装にも気を使った。
高位貴族しか使わない高級な魔車で田舎の道を走れば嫌でも目立つ。メアリーにはわざと何も言わずスティルアート家の魔車を使わせた。
内通者をわざと雇い入れたのも犯人たちが狙いやすくするためだ。
もっとも、内通者だったメイドはメアリーが早々にクビにしてしまったが。
クビにしたおかげで犯人たちの動きが早かったのは僥倖だった。
「まぁ、オーギュストは戻ってきたら説教だ。ちょっとキツイやつ」
「本当に」
悪い予感ほどよく当たる。
実際、オーギュストはアルバートの予想通り、誘拐犯から逃げず罠に使われた魔道具の真相を確かめるべく動いている。