112’.13歳編 ひみつの誘拐事件 4
「こんな安物のまっずいアイス食べれるわけないじゃない!買いなおし!」
「ひえっ!!」
カップとスプーンを下っぱに投げつけた。
心の隅で勿体ないなぁと思ったけど今は無視する。
「ソニア商会で売ってるやつにして!それからコーヒーも!コーヒーは熱い絶対熱いやつ!」
「もう13回も買い直しに行ってるんですけど~」
「お使いもまともにできないあなたが悪いのよ」
「そんなぁ~!だいたいソニア商会のモンって高いんだよ!」
「お母様の商会ですもの。そこらへんの安物と一緒にしないでくれる?」
「絨毯1枚でいくらすると思ってんですか!?」
「自分で買い物なんかしないのに知るわけないでしょ」
「えぇ~」
「ほら!さっさと行きなさい!」
「おい、小娘、あんまりなめた口聞いてんじゃねぇよ、大人を馬鹿にするのも大概にしな」
「は?なめた口きいてるのはそっちでしょ?本来平民のあなたたちは私と話すこともできないほど私は高貴な身分なのよ?こうして直接話せるだけでもありがたいと思いなさい」
「っっ!!!てっめぇ!!」
兄貴が振りかざした手を下っぱが必死に止める。
「あ、兄貴!けがさせたらまずいから!こらえて!!」
「こんなん我慢できっか!黙って聞いてりゃなめやがって!」
「抑えてー!!抑えてー!!」
「クソガキの分際でいい気になってんじゃねぇ!」
普通、いいところのお嬢様がこんな輩に出くわしたら間違いなく萎縮して泣きながら怯えることだろう。
しかし、私は残念なことにこういう輩に慣れている!
役所で出会ったカルロスとか、その後関わりが増えた工事現場のおっちゃんたちとか…。
今でこそみんな仲がいいけれど最初の頃はこの程度の脅しなんてよくあった。
そのうえ彼らは揃いも揃って体つきが良く威圧感がある。こんなひょろひょろした輩に脅されたところで怖くもない。
残念だったわね!
親分がどこかへ行って私たちの見張りはこの兄貴と下っぱのふたりになった。
おかげで私はこの一時的な誘拐時間を少しでも快適にするべく犯人たちと交渉をはじめたというわけだ。
まずはじめに腕を縛る縄をといてもらった。
オーギュスト様とルイ様を縛るなんて言語道断。これだけでも極刑に値するのにきちんと交渉するなんて私は随分良心的じゃないだろうか。
それから街が近いというので荷台を快適にするためのラグやクッションを揃えさせる。
もちろんそれなりに上質なものを要求した。
最初は安物か中古の汚いペラペラのラグと綿が切れて弾力もないクッションを持ってきたから破って買い直しをさせ納得のいくものを用意させた。
さらに夜は冷えるから暖房器具も買いに行かせようやく落ち着いたところでお腹が空いたから食事を買いに行かせと…。
おおむねオーギュスト様の作戦通りになった。
このラグやクッションもソニア商会の系列店のものを指定したしこんな辺境地で高級なアイスやコーヒーを買おうとするならソニア商会を使うしかない。D
買い物は下っぱの仕事だったみたいでその間の見張りは兄貴がつとめていたが、やる気がないのか外でボーッとしているだけらしく周囲の状況を十分に観察できた。
私が犯人たちと交渉をして引き付けている間にオーギュスト様とルイ様で現在地を調べている。
「どうやら『迷いの森』に沿って移動してきたみたいだね。裏がすぐ森だ」
「なぜ森を突っ切らなかったんでしょう?姿を隠すなら森のほうが安全でしょうに」
「あそこの森は危険だからね。よほど慣れた人じゃない限り長く森に留まると精神を病んだり森から出られなくなるんだ。だから自殺の名所としても有名なんだよ」
「あ…なるほど…」
「犯人たちの目的はなんでしょう…?」
「機嫌を損ねるわけにはいかないってどういうことだろう。現にメアリーの無理難題にも応じているし…」
「はい…魔力を搾り取るって言うのも気になります」
「ん…あぁ、そうか。感情が魔力の操作が関係してくるから機嫌を損ねないっていうのは安定して魔力を使うために必要なことなんだ」
「そうだったんですか?」
「まぁ当たり前すぎてあまり気にしないことだよね。でもそれじゃあ目的がわからない。誘拐の目的が魔力?…うーん…?」
こめかみに指をあててウンウン悩むオーギュスト様も絵になる…。
普段の穏やかにほほ笑まれるオーギュスト様はもちろん素敵だけど様々な表情を拝見できるというのもまた良い。
しかし悠長なことも言っていられない。
誘拐の目的はどうやら身代金だけではなさそうだ。
とはいえ魔力というのはアルテリシアの領土内ならどこでも半永久的に使える。
急に魔力を大量に使わない限り魔力が足りなくなることもないしお金になるものでもない。
危険をおかしてまでほしいものではないのだ。
「あの…犯人たちって、アルテリシアの人でしょうか?」
「ルイ様?どういうことですか?」
話を聞く側だったルイ様が急に口をひらいた。
「あの…最初に誘拐されたときなにか甘いにおいのする薬品を嗅がされましたよね?」
「えぇ…」
クロロホルムが有効なんてさすが魔法の世界…さすがフィクションをベースにした世界…。
ゲーム制作スタッフはミステリーの読みすぎだ。
ミステリーでは定番でも現実世界では不可能なことってけっこうある。
クロロホルムはその定番のひとつだ。
「あれ、クラティオだけで自生する植物なら作れる薬なんです」
「えぇ!?」
クロロホルム、つくれるの?!
フィクションが現実になっていた!
「ルイ、詳しく教えて」
「はい。メアリーが前にくれた植物図鑑に書いてあったんです。クラティオで昔から使われる植物で強い催眠作用のある植物があると。主に不眠治療に使われるものなんですが使い方によっては一瞬で眠らせることもできるうえ後遺症もない。だから使われたほうは何があったか気づきにくいんです」
「そういえば目覚めたとき頭痛は不快感はありませんでした…」
ミステリーではクロロホルムを嗅がされたあと頭痛がして目が覚めるのが定番だけど、それがなかった。
その証拠に下っぱはまるで森のなかで倒れていた風を装っていた。
知らなかったら騙されることだろう。
「でもこれはクラティオ内でしか栽培されません。ほかの環境では上手く育たないんです。アルテリシアでは魔力に負けて根がつきません」
「…そもそもそんな薬品があるなんて知られていないからね」
「兄上は知っていたでしょう?」
「まぁね」
知ってたのか!!気づいててわざと捕まったんだもんね…オーギュスト様…。
「だから彼らはクラティオの人なんじゃないかなって思ったんです」
「たしかに全員黒髪ですし…でもこのあたりの人って黒髪でも珍しくはないですよね?3人だけで話すときもアルテリシアの言葉でしたよ?クラティオ人ならクラティオ語で会話するのではありませんか?」
「クラティオ人だと知られたくないんじゃないかな?だから普段からアルテリシア語で話している」
「あ…なるほど…」
「そのうえ彼らは魔道具を使っていません。それが使わないのではなく使えないのだとしたら…」
「たしかにアルテリシアの人間なら真っ先に魔道具でなんとかしようとするはず…。縄だって魔道具でどうにかなりますから…」
「じゃあクラティオ人がアルテリシアの子どもを誘拐しているってことになるね…。それは…見過ごせないよね」
「殿下…」
キラリ、とオーギュスト様の目が光った。鋭く放たれる眼光は皇子としての風格を既に備えている。
国民を守ろうとする皇帝の目だった。
これは言ったところで引かない。
さっきの経験から容易に想像できた。
なによりも私はこういう目のオーギュスト様が好きなのだ。
もっとみたいと思うのは当然のことだし、推しであるオーギュスト様の願いを叶えなくてどうする。
「わかりました。でも無茶だけはしないでください」
「あぁ。わかったよ」
「お嬢さまー!買ってきましたよ!アイスとコーヒー!ちゃんとソニア商会のやつ」
下っぱが息を切らせて買ってきたコーヒーはぬるく冷めていた。
ソニア商会では一定時間、温度を保てる使い捨ての魔道具でできたカップでコーヒーを提供しているというのに。