111’.13歳編 ひみつの誘拐事件 3
ゆるやかに荷台がとまり、前方から犯人たちの声がする。
「今回は3人でいいんですかい?街に出ればあと2、3人は連れていけますよ」
「やめとけ。さっきの追っ手、ありゃ名家の嬢ちゃんのとこのだろ。目立つとバレる」
「いいじゃないですか~!あと何人かいたほうが売れますよ!」
「だからやらねぇってんだろ!あのガキ…女のほうは客に売る前に身代金ふんだくってから売ってやんだよ。なんかあんだろ、ガキの親と直接話せる道具」
「えぇ~じゃあすぐ金が入らないじゃないですか~。男の兄弟だけでも売りましょうよ~」
「いや、女の世話係って可能性もある。下手に引き離して機嫌を悪くされてもやっかいだ。おまえガキどもの様子みてこい」
「もー、めんどうごとはすぐ俺に押し付けんだから!親分のけち」
「まぁ少し多めに取り分わけてやっからよぉ~」
ガタンと荷台がゆれて鍵の外れる音がした。
「ほ~ら、お嬢ちゃん、目が覚めたかい?」
「んっ…あなたたち誰?!ここはどこ!?」
精一杯『突然見知らぬ場所に連れ去られて不安そうな少女』を演じる。
「あぁ!怖かったね。実はね、きみたちは『迷いの森』で倒れていたんだ。あそこは長くいると危ないからおじさんたちが保護したんだよ」
私たちの世話係を押し付けられたという男はアルテリシアでは珍しい黒髪だった。
ここらへんはクラティオが近いせいだろうか?
男はわざとらしい柔和な笑みを浮かべた、小太りで背の低い男だった。
敵意はないことをしめそうとしているようだけど、さっきの会話を聞いている以上、それは逆効果だ。
「そうだったんですね…助けていただいてありがとうございます…」
「きみのお父さんとお母さんに連絡をしたいから名前を教えてくれるかい?」
「私ですか…?メアリーです。スティルアート家の…」
瞬間、男の口があんぐりと開いて目が何度かパチパチと瞬いた。
信じられないようなものを見る目で私をみて、細かく唇が動いている。
何か言葉を発しようとしているが言葉にならないのだろう。
「メアリー・スティルアートって…あのスティルアート家の…?」
「えぇ、そうですよ?」
「あの…悪逆非道の…?」
「なによそれ、知らないけど…」
「ワガママで親に甘やかされたっていう?」
「…そう、なんじゃない…?」
それについては誤解があるが面倒なので黙っておいた。
「関わってはいけないっていう…?」
「……私の評判どうなってるのよ…」
「機嫌を損ねたら即首が飛ぶって言う…あの…?」
「それはどうかしらね?自分で確認してみたら?」
「嘘だろ…」
「さぁ、早くお父様に連絡してちょうだい?大事な娘が誘拐されたって」
ニヤリ、と最上級にご令嬢らしい意地の悪い笑い方をしてやる。
男はおもしろいくらいに震えだし、すぐさま音をたてて荷台の扉をしめると仲間のもとへ一目散にむかったようで声が前方に移動した。
やばい!とかとんでもねぇとこの嬢ちゃんだとか、早口にまくし立て親分から叩かれている。
「どうやら彼らは僕らの正体に気づいていないみたいだね」
「はい。殿下の予想通りです。ですからどうか私に任せてください」
さっき聞こえてきた犯人たちの会話からどうやら彼らはオーギュスト様とわかったうえで誘拐したわけではないことはわかった。
誘拐した相手がアルテリシアの皇子だとわかれば向こうはどんな行動を取るか予想がつかない。
それなら私が矢面に立ったほうが安全だと判断した。
…それでもじゅうぶんあっちは驚いているようだけど…。
「じゃあメアリー、かんたんに作戦を伝えるよ」
「作戦?ですか?」
「そう。アルバートたちに僕らの居場所を伝えるための作戦。頼めるかい?」
「もちろんです!私は何をすればいいですか?」
「ここ…ヘルナン領にソニア商会か研究所の支店はあるかい?」
「はい、もちろんありますが…」
「じゃあそこを使うように仕向けてほしい。なるべくたくさん」
「…わかりました!お任せください」
オーギュスト様の意図はわからないけれど、オーギュスト様の作戦なら間違いない。
理由は後回しにして頭をフルに回転させる。
「ん…兄上?メアリー?ここはどこ?」
「ルイ様!お目覚めになったのですね…」
もぞもぞと、目をこすってお目覚めになられたルイ様は天使そのものである。少しだけ埃で汚れた御髪が痛々しい。
おふたりをこんな目にあわせた犯人たちは許されない。
犯人たちを断頭台に送るか、一生魔力源としてこき使うことを心の中で決意した。
「ルイ、今僕らは事件に巻き込まれているんだ。頑張れるかい?」
目覚めて状況も理解していないであろうルイ様にオーギュスト様は無理難題を言う。
ただでさえ混乱しているだろうに酷ではないか…。
泣き出してしまうのではないかとこちらが不安になる。
しかしルイ様は周囲の見回し状況を確認するとすぐさまこくんと頷いた。
…あれ?
「ちっ!おい、くそガキ!てめぇスティルアートの娘っていうのは本当だろうな!?」
小さな違和感があったけど今はそれどころじゃない。
扉が開きさっきとは違う黒髪の男がずかずかと荷台にあがった。
縛られて動けない私の前に仁王立ちし声を荒らげた。
こちらは懐柔する気がまるでみられない。
ひょろりと背が高く骨と皮だけで出来ているような男だった。こんなに細いのに急に怒ったら心臓に悪そうだ。
「当然でしょ?家に連絡してもらえばわかるわ。連絡鏡を貸してあげるからそれでも使いなさい」
「えらそうに…これだからいいとこの嬢ちゃんは嫌いなんだよ!」
「まぁ兄貴、落ち着いて!あんまり怖がらせちゃいけねぇっすよ!」
すかさずさっきの小太りの男が出てきて怒る男をなだめた。どうやらこの男が下っぱで、怒っているほうが兄貴らしい。
「くそっ!スティルアートだなんて聞いてねぇよ!」
「まぁ落ち着け、今頃家のやつらは血眼になって探してるはずだ。連絡鏡を送りつけたら要求にも応じるだろうよ」
もうひとり、また別の黒髪の男が姿をみせる。余裕綽々といった雰囲気で背丈も高く体つきも騎士に劣らないほどしっかりと鍛えている。
一目でわかった。慣れている。
裏社会で犯罪に手を染めてきたこともすぐにわかった。
どうやらこの男が親分というやつだ。
小太りの男と背が高い男は素人の雑魚かもしれないがこの男は違う。
「てめぇもあんまり嬢ちゃんを怖がらせるな。魔力が搾れなくなるだろ?」
「すみません…」
「そっちのガキの兄弟はなにもんだ?みたところ貴族ってわけでもなさそうだが?」
「ふたりは私の友人よ」
「お嬢様のお遊び相手ってところか!優雅なもんだねぇ」
「傷ひとつでもつけたら許さないから」
「はっ!立場のわかってねぇガキだな。お前らを殺すくらいワケないんだぞ」
男はわざとらしく腰を軽く手で叩き、そこに武器があることを強調した。
子ども相手とはいえ脅す道具くらいはもっているらしい。
服で隠れて入るがナイフや短刀くらいなら隠していそうなふくらみがそこにある。
「殺したら身代金なんてとれないわよ?私のお父様はとても賢いの。死んだ娘の死体を引き取るためにお金なんて出さないわ」
「そっちのガキどもは違うだろ?いくら優しいお貴族様でも平民のガキのために金は積まない」
「そうね。でもふたりに危害を加えるようならあなたたちの言うことなんて聞いてやらないけどいいの?怖がらせるわけにはいかないんでしょ?」
「……てめぇ慣れてやがるな」
「まさか。誘拐なんてはじめてよ。怖くて今にも泣きそうだわ」
「嘘つけ」
「さぁ?どうかしら?ふたりと私の身の安全を約束してくれるならあなたたちに協力してあげる。身代金も好きなだけふっかけるといいわ。我が家はとってもお金持ちなの」
「チッ!おい、おまえらお嬢ちゃんたちの機嫌とっとけ」
「えぇ!?親分は!?」
「コイツらの親のところに身代金要求すんだよ!一生遊んで暮らせるくらいのな!」
「だったら私を拐った場所の近くの別荘に使いを寄越してくれない?そっちのほうが近いの」
「あーそうですかっ!」
乱暴に扉を蹴って親分と下っぱが入れ替わる。
下っぱはどうしていいのかわからないようでそわそわしているし、兄貴のほうも不機嫌そうにタバコを吸っていた。
…こっちにもあるんだ…タバコ…。
「あー…えーと…お菓子でも食べる?お腹すいてない?」
「………お腹が空いたわ。お菓子が食べたいの。すぐ用意して!」