109’.13歳編 ひみつの誘拐事件 1
次の日はルイ様と別荘の裏にある森を探索することになった。
隠し部屋の調査に私はあまり役に立たないのだから当然といえば当然だ。
ルイ様は私と森に行けることを楽しみにしていたと言われたら断る理由がない。
二つ返事で了承した。
「いいですか?決して森の奥に入ってはいけません。必ず別荘が見える場所にいてください」
「わかってるわよ」
「あそこは魔力の強い森ですからなにが起きるかわからないのです」
「そうなのね」
「もし別荘がみえなくなったら連絡鏡を使ってください」
「はぁい」
「動かずその場で誰かが来るのを待つのですよ」
「それ何度も聞いたわよ」
本来ならルーシーも付いてきたいだろうが、オーギュスト様のお願いで待機組なのだ。
せっかくのお忍びだからあまり人が多いと怪しまれるということで今日は私とルイ様、オーギュスト様、お兄様、セイガ様とユリウスで森に探索へ行くことになった。
遠巻きに騎士や影がついてきているからよほどのことはないだろうし、いくら森を抜けたらクラティオとはいえ森を抜けるにはかなりの距離があるから国境を越えることもない。
せっかくの夏休みだし大人の目のないところでのびのびさせてあげたいというオーギュスト様の心遣いだ。
なんて弟想いなんだろう…やっぱりオーギュスト様は素晴らしい。
「ディーさん、今日は1度も姿をみていませんが…よほど隠し部屋におもしろいものがあったのですか?」
「まぁ昔の資料なんて貴重だから研究者としては気になるんじゃない?」
「挨拶くらいしていけばいいのに…」
「…そうね」
ディーとは昨晩以降、顔を会わせていない。
気まずさもあったからちょうどいいけど、顔をみないは見ないで気になってしまう。
なんとなく罪悪感があってディーのことが気になってしまったせいか、以前もらったブローチをポケットに忍ばせた。
制服に合わせたデザインになっているから今の服に付けると浮く。
「ご主人様!支度はできたかい?!」
少しだけ気落ちした途端に、ドアがけたたましく叩かれた。
ドアを開けたらきっと尻尾をふる犬が待っているのだろう。
犬を飼う趣味はなかったはずなのに、とちょっとだけ苦笑してしまった。
これじゃあ落ち込んでいる場合ではなさそうだ。
「そんなに叫ばなくても聞こえているわよ。もう準備できたから行くわ」
「町娘風のご主人様も美しいよ!あふれる美貌が隠しきれていないね」
「…褒めてるの?褒めてないの?」
森に入るということで普段より動きやすい服にしてもらった。
ここではお兄様たちもお忍びなので言われないと名だたる貴族家の子息たちだとは気づかないだろう。
私もそれに合わせたつもりだったのに、セイガ様によるとまだまだみたい。
「変えたほうがいいかしら?」
「まさか!そのままのご主人様も素敵だよ」
「…そういうことじゃなくて」
「行先は森だしぼくたち以外いないから動きやすいなら大丈夫じゃないかな?」
「それもそうね」
「少し綺麗だとは思いますがメアリー様とわかりませんよ」
「ルーシーが言うなら間違いないわね」
ルーシーの太鼓判ももらったから私とセイガ様は玄関で待つオーギュスト様たちの元に向かった。
「お待たせしました」
オーギュスト様たちは予想通りのお忍びスタイルだった。
これならちょっといいところのお坊ちゃんが夏の休暇に遊びに来たようにしかみえないだろう。
せっかく攻略対象が全員揃っていることだしいつもはオーギュスト様の撮影にしかつかわない心のシャッターを切っておく。これもきっと後々いい思い出になる。
「メアリー、準備はできたかい?」
「もちろんですわ!」
「遅いぞ、殿下を待たせるとはいい身分だな」
「女子の身支度には時間がかかるのよ」
「まぁまぁ、ふたりとも!出発前から喧嘩しないように。ルイ様も困ってるだろ?」
オーギュスト様のうしろからひょこっと顔を出したルイ様は眉尻をさげて困ったように唇を真一文字に結んでいた。
すかさず安心させるため穏やかな顔に切り替える。
「ルイ様、今日はよろしくお願いしますね」
「はい!お任せください!」
ルイ様はパァッと明るくなって飛び出すと、胸を張って自然と私の手を取って歩き出した。
どうやら今日はルイ様がエスコートしてくださるらしい。
張り切るルイ様を微笑ましく思いながら私たちは森へ向かった。
前世の日本で森林というのはマイナスイオンが発生し癒しの効果があるとかなんとか言われていて森林浴なるものが流行ったこともあった。
根っからの引きこもりだった真理は森林浴なんて優雅な遊びはしたことがない。
虫が多いしネットが繋がらないし暑いしいいことなしだ。
そんなところへ行くなら家でマンガかゲームでもしていたい。
そんな森経験の低い私でもここ、『迷いの森』は特別な場所であるということは入ってすぐわかった。
「なんだか魔力を感じますね…教会みたいです」
「ここは国内でも魔力の濃い場所だからそうかもしれないね」
『迷いの森』はその不穏な名前に似合わず教会に似た清廉な気配のする場所だった。
この森の樹木はとにかく大きく、樹齢何年かもわからないような太い幹がそこらじゅうに伸びている。
抱きついてもなお有り余るほどの巨大樹が奥まで続いていて先が全くみえない。
清い空気に誘われて森の奥に進もうものならあっという間に帰れなくなりそうだった。
森に入ってすぐルイ様は植物採取と観察をはじめられ、今も一心不乱にスケッチを取っていた。
「『迷いの森』はクラティオとの国境だからな。魔力を外に出さないよう魔力が濃くなっていると言われているんだ」
ユリウスはさっそく飽きたのか、広い場所をみつけて筋トレに勤しんでいる。
筋肉が付きづらいことを気にしているとかぼやいていた。
乙女ゲームの攻略キャラとしては細くてほどよい筋肉がついているほうが好まれる傾向にある。ユリウスはクール系のキャラだからどれだけ筋トレしようともユリウスが憧れている筋骨隆々の騎士のようにはならないのだ。
健気…。
「それでこんなに大きく成長するの?」
「そうだよ。魔力の影響を受けて性質が変わったんだろうね。魔草と同じようなかんじかな。実際この森で迷子になると出られなくなったり精神が錯乱することがあるって言われているから気を付けてね」
「はぁい」
「ぼくはご主人様と一心同体だから心配いらないよ!」
「…邪魔だから適度に距離とってくれない?」
「ご主人様つめたい!!」
なるほど、ルーシーが口酸っぱくいうわけだ。
いくら近くに騎士たちが控えているとはいえ油断しないに越したことは無い。
私たちは森の奥へは入らず別荘が見えるくらいの場所でピクニックをしていた。
シートを広げてお弁当とお菓子を広げ森林のマイナスイオンを浴びながら優雅なお茶会だ。
森には適度に向陽が差し込みほどよく心地よい気温が保たれている。
ピクニックには最適だった。
森のことを聞くとちょっと不安になるけど別荘がみえるくらいの場所なら別荘めがけて森を抜ければ問題ないらしい。
「兄さまー!メアリーさまー!来てください!」
離れた場所で魔草の採取をしていたルイ様が大きく手を振った。なにかいいものでもみつかったのだろうか?
「おや、ルイがなにか見つけたようだね。メアリー、ご指名だけど行く?」
「もちろんです!」
自然と差し出されたオーギュスト様の手をお借りして立ち上がる。
たったそれだけのことなのに心がぽかぽかと温かくなる。
にやけそうになる顔を抑えてオーギュスト様を伺うと、オーギュスト様は涼しい顔をしているから舞い上がっているのは私だけのように思えて虚しくなる。
それも当然なんだけどね…。
「みてください!これ、薬に使われる魔草の一種なのですがこんなにたくさん生えてます!」
「まぁ、本当ですね」
「へぇ、栽培が難しいからなかなか作れなくて苦労していたのに…」
そこには一面、同じ魔草が生えていた。どこかでみたことがあるような気がするがおそらく領地内のどこかだろう。
お兄様が街の美化計画のとき薬草系の魔草を作るよう指示を出していたから。
「ここをもう少し詳しく調べることができれば何かわかるかもしれません!」
「そうですね。私も何かお手伝いできますか?」
「いいのですか?…あ!」
「ルイ様?!」
何かをみつけたのか、ルイ様が魔草の草原に駆け出した。慌ててオーギュスト様と私がそれに続く。
「ルイ!あまり奥に行ってはダメだ!」
「お兄様たちを呼んでまいります…わぁっ!!!」
「メアリー?!」
どこからともなく伸びてきた黒い腕と、口元に押し付けられた布から甘い臭いがして眠るように意識を手放した。
薄れる意識のなかで、オーギュスト様とルイ様の声がこだまする。
…まって、推理小説だとクロロホルムで眠らせてって有名だけど実際のクロロホルムじゃ眠らせるって無理だからね。
魔法の世界だからできるってこと?うそぉ…。