107’.13歳 けんかと贈り物
その夜は歓迎会ということでささやかなパーティが開かれた。
パーティと言っても身内同士だし気心知れた仲。無礼講だと言ってみんなで笑いながらお行儀悪く立ったまま食事をしたり踊ったり、そんなところ。
澄まし顔で折り目正しく行うパーティーも好きだけどこういう気心知れた人たちで騒ぐパーティーもまたおもしろい。
今度花園会でパジャマパーティーみたいにしてもおもしろそう。
連れてきた研究者たちは恐れ多いとか言って隠し部屋に篭ったままだった。ただ恐れ多いというのは建前で本音はあの部屋の本を片っ端から読みたいだけだと思う。
むかついたからディーだけはこっちのパーティに強制参加にしておいた。ついでに瓶底眼鏡を禁止にして身なりを整えるように命令してやった。
整えたディーをはじめてみたこちらのメイドたちは色めきたってはしゃいでいたけど正体が瓶底眼鏡の研究者だってわかったらどうするのかしら?
ゲームの攻略対象者が揃っていることもあって空間の顔面偏差値はかなり高い。
攻略するならほかの人にしておいた方がひと夏の思い出として綺麗に残せる確率は高いと心のなかでアドバイスを送っておいた。
ただしオーギュスト様に手を出したら明日の朝日は拝めないと心得るように。
あのロリーヌ様の隠し部屋はあまりにも遠すぎるということで転移魔法とかいう魔道具を設置していた。
近距離とか同じ敷地内とか制約はあるけれど移動が簡単にできるというものだそうだ。
2つ対になっている魔道具で、魔力を流すだけでもう片方の場所に移動させてくれる。ただ近距離しか移動できないのが難点だけど家の中での移動や荷運びには便利なので王都の邸や本邸でもけっこう使っているらしい。
知らなかった、と言ったらルーシーがお嬢様にはあまり関係ありませんからね、と笑いながら言ってくれた。
和やかにパーティはお開きになって2人ほどメイドをクビにした。だって私のスカートにジュース溢しておいて謝りもしなかったんだから。
無礼講とはいえ越えてはいけない人としての礼儀はあると思うんだ。
客間に戻って満月が空のてっぺんに登ったあたりでムクリとベッドから起き上がった。
本来ならこんな時間に起きることはないし、起きたら夜勤のメイドがすぐ反応する。
でもこの田舎では夜勤のメイドもサボっているようだ。グーグーという地鳴りのようないびきを聞きながら部屋を出る。
足音を忍ばせながら談話室の前を通ると、声がした。
なにやら言い争いでもしているようで大きな声がする。
声の主はユリウスのようだ。
「しかし!あまりに危険すぎます。万が一のことがあれば…!!」
「だから君たちにはなるべくはやく動いてほしい」
「オーギュスト様自らされなくても…」
「僕のほうが成功率は上がるだろ?」
「ユリウス、これはオーギュストの決定だ。僕たちはそれに従うだけだろう?」
「おまえはそれでいいのか?!」
「あぁ。僕たちはオーギュストの決定に従い、オーギュストを優先する。そういうふうに決まっているんだ」
ほかにもお兄様とオーギュスト様もいるらしい。声音を聞くにどうやらユリウスがオーギュスト様に食いついているようだ。
珍しい…。ユリウスはオーギュスト様には絶対服従のはず。口論で済んでいるけれど、ユリウスの口調は今にもお兄様やオーギュスト様に殴りかかりそうなほど。
珍しいを通り越してありえないんじゃないかしら…。
どういうこと?
「っっ!!!」
「わあっ!!」
ドアの前で聞き耳を立てていると、談話室からユリウスが飛び出してきた。
思わずしりもちをついてしまい間抜けな声がでる。お嬢様らしくない、と思いながら腰が抜けたらしく呆然としてしまい短い間、ユリウスと目がある。
「あ…すまなかった…ケガはないか?」
「え、えぇ…」
伸ばされた手を何の疑問に思うこともなく掴み立ち上がる。
ますますありえない…。ユリウスが私に優しいなんて…。
いっそう不気味なくらいだ。
「メアリー?」
予想外の来客にオーギュスト様とお兄様が様子をみにきた。
ふたりともリラックスした装いで、お兄様の部屋着は見慣れてるけどオーギュスト様の部屋着なんてみたことがない。
いつもの皇族然とした煌びやかな装いもお美しいけれど、上質な布地を緩くまとったお姿もまた麗しい。
前世の世界でみた美術館の絵画に描かれた神話の神様のようだ。
神々しく美しい。
残さねば。
本能のようにそれだけが頭を支配した。
顔は平静を装って心のシャッターを秒で刻む。
お忍びスタイルのオーギュスト様といい今日は収穫が多い。
いい1日だわ…。
「あ、すみません…ちょっと喉が渇いたのでお水をもらいにきたんです。何やら口論されていたようですが…」
「ううん、大丈夫。ちょっと話し合いしていただけ」
オーギュスト様が安心させるように微笑んだ。
お兄様も居心地悪そうに口元だけ笑っている。これはワケアリだと感じたけれど何も聞かない方が得策だろう。
「それより寒くないか?ここは王都や領地と違って冷えるから…」
「大丈夫ですよ。ここは空調も効いていますし」
別荘では空調の魔道具が完備されていて当番の人が魔道具を動かしている。
少し冷えるが快適なものだった。
「あ、ちょっと待って」
「殿下?」
オーギュスト様が一度談話室に戻ると、ストールを持って戻ってきた。
「これを持っていくといいよ」
「いいのですか?」
肌触りのいい、一目で上質なものとわかる緑のストールだった。そっと肩にかけてくださると、ふんわりとしたいい香りがする。
それがオーギュスト様の香りだと気づくのに時間が必要なかった。
上質で洗練されていて、ほのかに甘く高貴。まさにオーギュスト様を体現したかのような香りだ。
ストール一面に広がる草原のような緑色が何の色を表しているかなんて考えるまでもない。
ドキリとして思わず同じ色のオーギュスト様の瞳をみた。
「あぁ。もともとメアリーに渡そうと思ったから」
「まぁ!ありがとうございます!」
オーギュスト様からの!プレゼント!
繰り返す
オーギュスト様からの!プレゼント!
舞い上がって喜びたい気持ちを抑え、鋼鉄の表情筋を駆使してご令嬢らしい顔をつくる。
自分の色のモノをプレゼントとして贈る習慣はアルテリシアでも古くから存在している。
親しい間柄、特に恋人同士では定番の贈り物だ。
つかの間の婚約者だけれど大事にされているというのは素直に嬉しい。
ストールは墓場まで持っていこうと心に決めた。
「さぁ、冷えるから戻るといい」
「はい、ではおやすみなさい」
お兄様が取りに行ってくれた水をもらって、私は談話室を後にした。
ユリウスが悲しそうな目をしていたとが気になった。
オーギュスト様たちには部屋に戻るよう言われたけど、戻るつもりはない。
そのまま、隠し部屋に繋がる魔法陣の場所を目指し、魔法陣に魔力を込める。
シュン、と瞬きをする間に周囲の景色は高速で流れ、瞬きが終わるころには隠し部屋の中にいた。
研究者たちはパーティーが終わるころに隠し部屋から追い出した。
シンと静まり返った暗い部屋は無人であるはずだった。
でもここに目的の人物がいることはすぐにわかる。
「やぁ。やっぱり呼んだらきてくれるって本当だったみたいだね」
「あなたに呼ばれたから来たわけじゃないわ。私がここへあなたを呼んだの。勘違いしないで」
見慣れた瓶底眼鏡の研究者は、同じく見慣れたヨレヨレの白衣を着て、ただそこに佇んでいた。
ただ月明かりと本が山のように積まれただけの隠し部屋のなかに。