105’.13歳 狂気のお姫様
(後半、戦争に触れています。苦手な方はご注意ください)
ロリーヌ様は幼少期から変わったお姫様だった。
同じ年頃の子どもたちより手がかからず利発だった。
無口だったのは小さいときだけで成長と共に周囲の大人を驚かせるほどの賢さをみせ学園に入学する頃には既に高等部の卒業単位を修得してしまったという。
とくに彼女は魔法に傾倒し授業に出ない代わりに魔法の研究に没頭した。
当時、女子は結婚と共に学園を退学するものと考えられており女に学問は不要とする考え方が主流だった。
そんな中でロリーヌ様という女の子は一国の姫にも関わらず周囲の声を無視して1日中自室か研究室と称した部屋に閉じこもり様々な魔法を開発した。
ときどき外にでることもあったというが、ピクニックとか散歩とかそんな可愛らしい理由ではなくほとんどが新しい魔法や魔道具の実験のためだった。
彼女を外でみかけると必ず炎上、爆発、竜巻等の被害にあうことから蜘蛛の子を散らすように人がいなくなった。
もちろんそんな彼女だから友達はいない。
一国の姫君ではありえないことではある。
普通なら父である皇帝や母親から苦言や小言を言われるものだが、あろうことかこのときの皇帝は政治から興味を失いほとんど自室から出ることは無く、母親はそんな皇帝の興味を惹くことばかり考えていて娘のことなど眼中になかった。
そんな環境だったこともあり彼女と交流があるのはふたりの兄とわずかな理解者くらいだった。
「え、待ってください、ロリーヌ様って婚約者いたんですか?しかも兄?!」
「まだ近親婚が問題視される前だったから異母同士ならよくある話だよ。より高貴な血を濃くしようとして近親婚はむしろ推奨されていたくらい」
「時代だよね」
「あー、なるほど…」
日本でも異母兄妹の結婚とかあったっていうしそういうものなのか…。
「ロリーヌ様には2人の兄がいたんだ。ロリーヌ様より3歳年上」
何故兄の話になるのか、疑問に思いながらオーギュスト様の声に耳を傾けた。
ロリーヌ様の兄で元婚約者である第一皇子ともう一人の兄の第二皇子はお互い家格も同じくらいでお互い次期皇帝として有力視されていた。
なにより男子はこのふたりでロリーヌ様の下に妹がいるだけだったのだから当然のことだろう。
第一皇子は文武に秀で生真面目でまっすぐな人だった。
同じ歳の第二皇子は華やかな青年で人を惹きつける魅力のある人だった。
ロリーヌ様の妹はロリーヌ様と真逆で可憐で気立てが良く庇護欲を掻き立てられる少女だった。
その美しさは他国にも届くほどで幼少期から見合いの話が絶えなかった。
誰にでも優しいと評判の姫であったが姉だけは苦手だったため交流している様子をみた者は誰もいないが、姉が姉だったので仕方ないだろう。
ロリーヌ様のような人物と積極的にかかわりを持つ者は余程のものずきか変わり者だ。
皇子がどちらの姫を妻として迎えるか迷った末にそれぞれの陣営は正式な婚約者をどちらと決めることはなかった。
婚約者候補という考え方もこの頃にできた。兄と妹たちはそれぞれお互いに婚約者候補だったというわけだ。
妹らは自分がどちらかの妻になることは薄々理解していたという。
後継者を巡る争いは小さな小競り合いから次第に大きくなり遂には内戦にまで発展する最悪の事態となった。
本来なら皇帝が止めるべきことだが、国内が戦火に包まれてもなお、皇帝は部屋からでることはなく息子らを止めることはしなかった。
「当時はまだ魔法兵器が普通に使われている頃でね、それはもう悲惨なことになったそうだ」
「……」
内戦の話は私も授業で習った程度には知っている。
国内は戦火で焼かれ、家族すら信用できない、暗殺も日常茶飯事だったという。
同時期に起きた不作の影響で平民はその日食べる物にも困窮する有り様。
畑にはえたよくわからないような雑草すら食べ尽くされネズミ1匹みかけることはなかった。
さらには流行り病と天候不良、内戦による男手の不足が重なり国のそこらじゅうに死体が山積みにされた。
この内戦において大いに活躍したのが魔法兵器だ。
どこからでも取得できる魔力をエネルギーとした魔道具で作られる兵器は限界を知らない。
人間さえいればどれらけでも使える兵器はどんどん進化した。
「それがね、この当時は魔法兵器って人間がいなくても使えたんだよ」
「自動供給魔法があったってことですか?」
「ご名答。その通りだ」
魔力兵器は日に日に威力を増し片方の陣営が最新鋭の魔法兵器を戦線に投入すれば翌日にはもう片方の陣営が新たな魔法兵器を手に入れるという始末。
内線がはじまった頃は引き金を引くと魔力による玉が飛んでいくだけだった魔法砲はときに大きくなり、ときに何発も連続して玉が飛び出るようになり、内線の終盤では1発で村ひとつ焼き尽くせるほどになった。
魔法兵器がなければ戦火もこれほど拡大することはなかったし、被害も短く済んで戦争も早く終わっていたことだろう。
そうして大義名分と殺戮の末に血は川となり、どちらかの皇子を殺し陣営を全て潰すまで戦争は終わらない、そう言われていた。
誰しもがいつ終わるとも知れない戦火に怯え明日も知れない日々に諦めていたときだった。
泥沼の内戦はある小さなきっかけによってあっけなく決着した。
第一皇子陣営に属する男爵家出身の青年、のちのスティルアート家初代当主だ。
平民や身分の低い貴族だけで構成された弱小部隊の隊長を任された彼はいわゆる貧乏くじを引かされた。
このとき第一皇子陣営は不利な状況に立たされていた。
主要貴族を失い拠点のいくつかを第二皇子陣営に占拠され士気は下がり敗戦色が漂っていた。
そんななかで絶対に負けることがわかっている戦地にすき好んで赴く馬鹿はいない。
押し付けられた弱小部隊と死ぬしかない戦場。
誰しもが敗北を確信し田舎の男爵家の息子のことは気にも止めなかった。
しかし、彼は敗北どころか見事に勝利をもぎ取ってみせた。
敵陣を退け拠点を奪還、部隊の損壊はほぼなし。せいぜい怪我をした程度だ。
死戦場とすら言われた戦地での戦いにおいて怪我程度で済む確率はどれくらいだろうか。
それは奇跡とさえ言われた紛れもない勝利だった。
この勝利をきっかけに士気を取り戻した第一皇子陣営は勢いを取り戻し逆転、第二皇子を捕縛、主力部隊を抑え込むことに成功する。
第二皇子が捕まった時点で残る側近らも白旗を上げ内戦は第一皇子の勝利という結果に終わった。
「と、ここまでが僕らが学園で学んだ歴史だね。メアリーには今更説明不要だったと思うけど」
「いえ…ありがとうございます…」
オーギュスト様が学園の教師のようだった。普段なら教師パロみた~い、とはしゃくけれど今は困惑のほうが大きかった。
なんで今この歴史のお話が必要なのか。ロリーヌ様は確かに関係していたかもしれないけれど内戦は兄たちの起こしたものでロリーヌ様の関与はないはず。
むしろこのスティルアートの初代に厄介払いみたいに嫁がされたわけだから…あれ?
ちょっとまって、おかしい。
「…この時代の皇帝陛下の元に妹たちのどちらも皇妃にはなっていません…よね…?」
メアリーの賢い脳裏に刻まれた歴史の教科書。
たしか内戦に勝利した第一皇子と結婚したのは皇族と関係のない貴族の娘だったはず。
「そのとおり。さすがメアリーだ。真っ先に気が付いたね」
出来の良い生徒をみるように、オーギュスト様が満足げにほほ笑んだ。挑戦的とすら思える微笑みはいっそ蠱惑的だ。
「このときの皇帝は珍しく側妃がいなかった。それも皇妃になったのは本来目されていた妹のどちらでもない。さて、どうしてだと思う?」
「…権力争いを避けるため…でしょうか?」
「表向きはね」
ようやく内戦が終わったというのに血の濃淡で後継者争いをはじめられては困る。
だから妹たちから皇妃を選ぶことはしなかった。
と、歴史の教科書には書かれていた。
「……」
表向き、ということは本当の理由は違うということ。さっき腕の中に隠したロリーヌ様の日記帳を一層、強く握った。
「さっき話に出てきた魔法兵器だけど、どうして両方の陣営はこんな短期間で魔法兵器をいくつも増産で来たんだと思う?」
「え…?」
「魔法兵器の開発にはいくつもの実験と改良が必要になる。そんなにポンポン作れるものじゃないんだよ。それも両方の陣営がね」
「あ…」
魔法の研究。変わり者のの姫様。自称マッドサイエンティスト。実験好き。
その全てのワードを繋げると出てくる答えはひとつだ。
なんて恐ろしい。なんておぞましい。
一国の姫とは到底思えない。
「さぁ、メアリーならわかるだろう?」
たぶん地獄に住む悪魔や知恵の実を与えたという蛇はこういうふうに笑う。
オーギュスト様は意地悪と挑戦と魅力を一緒に混ぜ込んだ深淵のような微笑みを讃えて、答えを促した。
「ロリーヌ様みずから魔法兵器をつくり両方の陣営に魔法兵器を渡し内戦を実験に利用して、い、た…」
「大正解。さすがメアリーだ」
私の出した百点満点の回答に満足げに頷いてパチパチと乾いた拍手を送ってくれた。
私たちの先祖、スティルアート一族が愛したお姫様は自身の開発した魔法兵器の実験にあろうことか自分の愛すべき国を、国民を使った。
ロリーヌ様こそ内戦の戦火を拡大させた張本人だったのだ。