102’.13歳 夏のバカンス
学園では春夏冬に長期休暇がある。
夏の休暇を目前にしたこの時期は休暇の過ごし方で盛り上がるのが通例だ。
とくに3年の休暇は学生だけでバカンスに出掛けることも多くいっそうの盛り上がりをみせるときでもある。
そのせいか試験明けの今日は学園中が旅行先の相談や休暇の過ごし方を自慢しあうお嬢様がた、婚約者を誘う初々しい若者たちでごった返していた。
私はそんな賑わいとは縁遠く、セイガ様が珍しいものが本国から手に入ったと連絡がきて学園の片隅でお茶会に興じている。
パラソルを立てたテーブルセットに夏の花と風が吹き抜ける緑の生い茂った庭園と理想的な夏のティータイムだった。
ちなみにアルテリシアの夏は日本の夏ほど蒸し暑くはない。
「夏休みはご主人様に会えなくて死ぬかもしれないって思ってたけど…オーギュストが誘ってくれて命拾いしたよ…」
「大袈裟ね…会えない程度で死ぬわけないじゃない…」
セイガ様は夏休み前ということで少々はしゃいでいるのかテンションが高い。
他に誰もいない場所を指定したのも思う存分、素の自分として振る舞いたいからだろう。
ウチのメイドの口がかたくてよかったわね。
人払いはしたけどメイドたちの耳はとても良い。
「死ぬさ!心が!」
「その程度で死なないでよ…」
「もちろん!ご主人様のお望みとあらばね!」
「はぁ…せいぜい長生きしてちょうだい…」
「そういえばご主人様、最近物騒だから気をつけてね」
「誘拐事件のこと?大丈夫でしょ。天下のスティルアート家の極悪令嬢を狙う誘拐犯なんているわけないじゃない」
誘拐事件とはこのところアルテリシア中を騒がせている子どもを狙った犯行グループだ。
平民の子どもも同様の手口で連れ去られており、ついに貴族の子どもまで狙われるようになった。
平民の子どもの誘拐事件は昔からよくあったことだけど、貴族の子どもは罪の重さが比じゃないので誘拐事件そのものが珍しい。
だからバカンス前に学園では再三注意するようにとのお達しがあった。
まぁ上位貴族の子どもは従者が一緒だし私には影もついている。下位貴族でも自衛のための魔道具は持ち歩くように通達があったのでそのうち犯人も捕まるだろう。
「まぁご主人様がどこかへ連れていかれたらぼくが一番に見つけ出すから安心して」
「犬らしく臭いでもたどってくるといいわ」
「あはは!いいね!ご主人様の犬は優秀なんだ。そのくらい雑作もないよ」
「ふぅん」
他人事のように返事をしてちゅいーとグラスに注がれたサイダーを飲み干した。
レモンの程よい酸味としゅわしゅわの炭酸が喉を通り抜けて夏の熱を追い出してくれるようだった。
セイガ様の持ってきた珍しいモノとは天然の炭酸水だった。
魔法が使えるようになったことで運搬できるようになったのだそう。
すぐさま研究所から人をよび同じものを作れるようにしろと命じたら悲鳴と抗議が上がったので研究費をダシに脅しておいた。
私のぶんにはレモン汁とシロップ、氷を注げば初夏の気候にぴったりなサイダーの出来上がり。
やっぱり朱菫国って美食の国だ。
これは絶対売れる。
「お嬢様、さきほど研究者たちが大騒ぎで帰っていきましたけど…」
ルーシーが研究者たちと入れ替わるように迎えに来た。
普段は私だけで送迎の車まで行くんだけど誘拐事件のこともあってルーシーか誰かが直接迎えに来るようになった。
関係者以外が学園の敷地に入ることはあまり好まれないけど今だけ特例で許可が降りるようになっている。
「あぁ、新しい開発依頼をだしたのよ」
「え、大丈夫ですか…?」
「どうして?」
「だって週末から研究者たちも一緒にオーギュスト殿下の別荘に行くんですよ」
「あ、そうだった」
今から新たな開発依頼を出して夏の繁忙期に間に合わそうとすると間違いなく休みなし。
残業どころかまともな休憩時間も取れないかもしれないがそんなことはあの研究所において日常茶飯事だしかまうまい。
どちらかというと研究所そのものの魔力不足のほうが問題だろう。
魔道具の開発に魔力貯蔵庫である人間は欠かせない。
暇な様子をみせるとどこからともなくディーが現れて便利な魔力電池にされると噂になっている。
「ご主人様って鬼畜だよね!そういうところも好き」
「まぁ~食品部は今回関係ないし大丈夫でしょ」
うんうん。今回連れていくのは第一研究班だし!
と、言ったらルーシーが「食品部とデザイン部も同行する予定です…」と消えそうなほどか細い声でつぶやいた。
あれ、そうだっけ?
ことのはじまりはオーギュスト様からの依頼だった。
以下回想。
『メアリー、夏休みの予定は決まっているかい?』
前期試験が始まる前のある日、オーギュスト様が一際爽やかな笑顔で私をお尋ねになった。
幻覚か特殊効果か、キラキラしたエフェクトがかかっている気がする。
男女問わず魅了する笑顔に当てられた何人かが目眩を催していた。
わかる。わかる…。気持ちわかる…私も危なかった。
『殿下のご要望とあればそれ以上に優先される予定なんてありませんわ』
メアリーの特技、鋼鉄の表情筋はこの日も良い仕事をしてくれてイイ感じに高飛車なご令嬢の顔を作ってくれた。
『……あ、うん。それならメアリーの研究所に依頼をしたいんだけどいいかい?』
『うちの?研究所に?』
『そう。実はね皇族の持っている別荘で古い魔法の資料がみつかったんだ。でも古すぎてなんの魔法かわからなくてさ。メアリーの研究所ってそういう研究もしているって聞いたから』
『おっしゃる通りですが…ウチより国立研究所に依頼したほうがよろしいのではありませんか?』
『あまり外部に漏らしたくなくてね…』
国立研究所や教会にも派閥や利権がある。
もし新しい魔法がそれらの考えと相反するモノだった場合抹消される恐れがあるのだ。
オーギュスト様はそれを避けたいから、派閥や利権に左右されず融通のきくウチの研究所に白羽の矢を立てたわけだ。
事情を察した私はドーンと胸を張ってオーギュスト様のご依頼を受けることとなった。
『なるほど。そういうことでしたらお任せください!』
以上回想おわり。
おおっぴらに魔法の調査に行くとは言えない。どこで国立研究所や教会が鼻をきかせているとも知れないから表向きはオーギュスト様と仲のいい友人だけ別荘に招待されたということになった。
メンバーは私、お兄様、ユリウス、ルイ様、セイガ様。
なぜセイガ様が入っているかというと私が心のなかで歓喜の舞をおどり狂喜乱舞したことでバレた。
場所が学園内のテラスだったこともあって私の感情の変化を感じ取ったセイガ様が飛んできたのだ。
その速度たるや途中で見かけたという訓練騎士たちも驚いたほどだという。
表情筋はなんとかなっても頭と心のなかまでは嘘がつけない。むしろ顔に出さないぶん頭と心のなかは大騒ぎになっているのだ。
本当にこのストーカー機能はなんとかしてほしい。
あとは魔法のこととなるとディーが必要になる。連絡をいれたら二つ返事で快諾された。
ついでに古い魔法について研究しているという第一研究班もついていくことになった。
そんなわけで夏休み初日に私たちは皇族がお忍びで訪れるという辺境地の別荘に向かったのだ!
    




