101’.兄と弟は噛み合わない~side O~
メアリーが2日ほど強制的に休まされ今日、ようやく登校した。
連絡鏡の使用も禁止されたので本当に2日ぶりの再会だが朝から別の授業で会う時間がなく、放課後にようやく会えると思ったらリリーに連れて行かれた。
女性はお茶会が好きだというが少しは自分のほうも優先してほしい。
と、アルバートに愚痴を言ったらメアリーほどオーギュストを優先している人はいないと呆れていた。
そんなわけでメアリーを探して学園中庭を徘徊している。
行く先々で声をかけられるのでなかなか進まないがやっと談笑する2人をみつけた。
「ランスみたいな犬ほしいのよねぇ私ぃ」
「犬なんてたくさんいるじゃない。ランスってそういうタイプじゃなくない?」
「やぁねぇ!そこがいいのぉ!」
「どちらかというとふたりの関係性が!」
「はぁ!?ありえなぁい!!ナシナシ!」
「えぇー」
何やら聞いてはいけない会話をしている気がするが盗み聞きもよくない。意を決して声をかけた。
「やぁ、メアリー。体調はもういいのかい?」
「でででっ、殿下!ご心配をおかけしました。もう全開ですわ」
思っていたより驚かせてしまった。
やっぱり聞かれてはいけない話だったようだ。
「そう。安心した。『ランスロット』のはなし?」
「え、はははい。リリー様と少々盛り上がりまして」
「へぇ。僕も読んでいるよ」
「この間セイガ様とも盛り上がってましたね」
「そうそう。彼も好きだそうだ」
「あらぁ、殿下もぉ読んでいらっしゃいますのねぇ。どうでしたぁ?」
「そうだなぁ、ガウェインはもう少しマクネモに気をかけてあげてもいいんじゃないかな?数少ない血の繋がった兄弟なんだし」
「たしかに…」
「マクネモもぉ報われませんよねぇ。彼が妹だったらぁ違ったのかもしれませんけどぉ」
「はっ!!リリー様…素晴らしい発想ですわ」
「…メアリーが元気そうならよかったんだ。じゃあ僕は行くね。また連絡するよ」
「は、はい!気にかけて頂いてありがとうございます…」
できることなら僕も混ざってもう少し話をしたかったけれど、残念ながらこの後ある人と約束がある。
仕方なく呼び出し場所へ向かえば、呼び出した相手は優雅に何かを飲んでいるところだった。
今日はひとりのようで周囲に誰もいない。
つまり人に聞かれたくないような話をするというわけだ。
気が進まない。
「やぁオーギュスト!待っていたよ!学校はもう終わったのかい?」
「終わっていなければ来ませんよ。兄上」
呼び出した相手。
腹違いの兄、ディヴィットだ。
「他人行儀だなぁ。兄は寂しいよ」
「…別にいいじゃないですか…」
他人なんだから、という一言は飲み込んでおいた。
全く他人ではないけれど、僕は他人と思っている。
ディヴィットはどういうわけか昔から自分をよくかまってくる。
他人からしたら可愛がっているという表現が正しいが、自分で言うには気恥ずかしいというより認識に祖語がありすぎて使いたくない。
油断させていつか食ってやろうと考えているようにしかみえない。
昔はそれなりに兄と慕っていたし、自分の気のせいだと思おうとしたこともあった。
でもダメだった。
母親たちの噂は関係ない。
デイヴィットの目の奥にある粘りつくような不気味さがダメだった。
決定的だったのはアルバートの存在だ。
側近として幼少期から就いたアルバートは側近というより兄に近かった。
スティルアート家の長男なら自分の側近になるのは当然だったのかもしれない。
だけど、家は関係なしにアルバートを側近にしたと断言できる。
掛け値なしに自分のことを心配してくれる。
危ないことをしたとき心の底から叱ってくれる。
絶対的に信頼ができて、裏表のない味方であるという安心感は何にも変えがたい。
兄と慕うならアルバートがよかった。
敬称をつけるなと言えば渋々ながらアルバートは『オーギュスト』と呼ぶようになった。
それからデイヴィットの粘りつく視線の意味を理解した。
「ようやく父上、皇帝陛下が認めてくださった」
「え、本当ですか?せめてルイが卒業するまで待つと思いましたが…」
想像通りか、予想外か、と聞かれると微妙なところだった。
どちらの可能性もあったからこそ心構えはしていた。
「うん。歓迎会の一件で父上も諦めたみたいだ。きみらには学園で迷惑かけると思うよ」
「…だからルイが卒業するまで待ってほしかったんですが…」
「やだね。そんなことしていたらあと6年もかかかるだろ?」
「たった6年じゃないですか。それともミアに自由を与えないつもりですか?」
「まー、できることなら学園を辞めさせて囲ってしまいたいね。それを我慢しているだけ偉いと思わない?本人が高等部まで卒業したいって言っているから譲歩したのに」
「譲歩…」
「あのね、オーギュスト、皇子っていうのは身勝手な生き物なんだ。ささやかなワガママくらい許されて当然さ」
「廃嫡っていうのはささやかなワガママとは思えませんけどね」
「おれはもともと皇位に興味ないんだ。できることなら自由気ままに旅をして、本を書いて生活できれば十分なんだ。こんな身分さえなければ。なにが世間知らずの皇子様が身一つで暮らせるわけないだ。おれはちゃんと生計たてられたじゃないか」
「…それも運よくミアたちに拾ってもらえたからですよね…」
「その運だって僕の持ち合わせたものだよ。ミアもご両親もおれが皇子だなんて知らなかったし」
「そりゃ賭場でみぐるみ剥がされて身一つでのたれ死ぬ寸前の人が皇子なんて思うわけないでしょう」
「ラッキーだったねぇ。ほんとミアとご両親には感謝している。彼らのお陰で市井のことに詳しくなれたし本も大ヒット。あとは父上が頷いてくれさえすればよかったんだ」
怪しい男を親切心で拾って介抱したばかりに目をつけられてしまったミアを思うとオーギュストは同情しないでもないが、ミアも文句をいいつつまんざらでもないようだからいいだろう。
「都合よくメアリーを利用するわけですからそれなりの礼はしてくださいよ」
「おれの本の印刷所を彼女の持っている印刷所にしてあげたからいいだろう。貴族向け数量限定豪華装丁版」
「それは利害の一致でしょう?」
「まぁそうともいうけど…彼女の研究所だってかなりの利益になっているわけだし」
皇子というのはわがままな生き物だというデイヴィットの言葉を思い出した。
自分の書いた本の印刷所をメアリーの印刷所にしたというだけで謝罪になっているというなら釣り合いが悪い。
「…このあとスティルアート家が受ける批判に比べたら釣り合いませんよ」
「歓迎会の一件をチャラにしてあげるしエドモンドも止めた。それにあの家って昔から何かとそういう目でみられているし今更でしょ」
「……」
似たようなこと言った自覚があって、口を閉じた。
正直、ハロルドなら多少批判を受けたところであまり気にしないだろうし、スティルアート家はそれくらいで揺らがないと確信がある。
それどころか自らの勲章のひとつとさえしそうなほど。
「あ、それからおれの力作は読んでくれた?」
「えぇ…まぁ…」
「どうだい?感想を聞かせてくれよ」
「………………まぁずいぶんと兄上の願望が垂れ流されているなぁと」
「あれでも抑えたつもりだったんだけど…そうだった?」
「えぇ。まず設定がわかりやすいですよね。廃嫡っていうのは兄上の願望そのままですしガウェインが第三皇子で同腹の弟がいる。第三皇子は実は兄を慕っていて兄も弟を大切にしている。
できることなら可愛い第三皇子も皇室を追い出されて邪魔の入らないところでふたりで暮らしたい。
だからマクネモはよく危険な目にあう。いつ死んでもおかしくないように。
これフローレンス嬢あたりなら気づいていると思いますよ」
「作者名におれとわかる要素はなかったと思うけどなぁ。表にも出てこない謎の作家って肩書きだし」
「ルイ…マクネモがよく危ない目にあっているのも兄としては許しがたいです」
「……そこまで?」
「当たり前じゃないですか」
「わかった。今後はマクネモを危険にさらすことは控えよう…」
「そもそもマクネモを出さなければよかったんじゃありませんか?兄上の願望を体現するなら」
「そしたらきみが気づいてくれないじゃないか」
「………………。まぁ、物語としてはおもしろいですし次の新刊も楽しみにしていますよ。メアリーが豪華版を用意してくれるそうですから」
「ほんとうかい!期待していてくれ!あ…」
「どうかしましたか?」
「次の新刊でマクネモけっこう大怪我して終わるんだった…」
「………………」
ネタバレは避けてほしかったしルイをモデルにしたキャラクターが大怪我するという展開もやめてほしかった。
人間の頭というのは情報過多になると固まるらしい。
腹が立ったのでとりあえず脛を一発蹴りとばしてようやく鬱憤がはらせたから良しとする。
数週間がたって、正式にデイヴィットの廃嫡が発表された。
突然の発表に国内外共に大いに盛り上がった。
廃嫡の要因としてセイガの歓迎会にてスティルアート家、とくにメアリーを激怒させたからではないかという憶測が多くみられた。
スティルアート家といえど、そこまでの権力はないとする意見は消極的で『スティルアート家ならメアリーのためにそこまでやりかねない』という見解が大多数を占め見事にデイヴィットの目論んだ通りになったわけだ。
当のスティルアート家は沈黙をつらぬき、当主ハロルドは粛々と職務にあたった。
ソニア商会やスティルアート研究所も最初こそ記者らが押し掛け営業できる状態ではなかったが数日もたてば客たちが商品を求めるようになり訪問販売や宅配を利用して営業を再開。
ほとぼりがさめた頃に店も再開した。
つまりスティルアート家のダメージは最小限に止められたわけだ。
スティルアート家と懇意にしている記者も多いことからスティルアート家を批判する記事はすぐに消えたことも理由のひとつかもしれない。
ただ『メアリーを怒らせると皇子ですら廃嫡にされる』というメアリーの功績?はおもしろおかしく国民のあいだで広がっている。
ちなみにデイヴィットが廃嫡にこだわったのはメアリーへの意趣返しだと思っている。