100’.12歳 百合の花のお茶会
目が覚めたらオーギュスト様がいて、お兄様が私が目を覚まさないと言ってディーに詰め寄り、セイガ様は床に座っていた。
床?…なんで?
「そりゃあご主人様の犬である僕が座っているなんてご主人様に失礼じゃないか!」
「最高に意味がわからない。人がいるところでは王子らしくしなさいって言ったわよね?」
「その蔑む目!最高っ!もっとして!」
「なんでそんなことしないといけないよの」
「いいね!ゾクゾクするよ!」
「……躾が足りないのかしら…」
会話が成立していることがわかるとディーからは問診程度に色々きかれた。主従契約をしたことももちろんだけど、セイガ様が魔力不足に陥っていたから私がかなりの量を一度に渡していたらしい。
本当に魔力不足で倒れることってあるんだと他人事のように思った。
「主従は魔力で繋がっているんだ。どちらかが魔力不足になると送り合うことがあるから気をつけてね」
「でも魔力不足なんてそうそう起きるものじゃないでしょ?」
「うん。滅多にないよ。今日みたいに一度に魔力を使ったりしなければ大丈夫。でもお嬢サマの場合は今後何があるかわからないからなぁ…」
「どう言う意味よ」
「これまでの行いを振り返ってほしいよね」
「危ないことになってもなんとかなってきたじゃない」
「そのぶん振り回されるのはボクらなんだけど?」
失礼な瓶底眼鏡は忠誠を誓った主人にするとは思えない態度を取るのでだんだん調子が戻ってきた。
それでもどれだけ魔力が戻っているかわからないから今日は魔法を使うことは禁止された。
貴族令嬢たる私は魔法を使わなくてもメイドたちが使ってくれるから心配ないだろう。
っていっているのに心配性なお兄様とオーギュスト様に挟まれて王都邸まで連れて帰られたのだ。
それから丸2日部屋から出してもらえず、魔力が回復していないからって連絡鏡を使うことすら禁止された。
やることもないからルーシーにあったことを話したり本を読んだりと、のんびり過ごしたわけだ。
そして2日ぶりの学園。
今日はリリー様とお茶会がある。
私からお誘いしたのだけどリリー様も私に用事があったのですぐ応じてくれた。
生徒会権限で場所を確保してふたりでお茶会とする。
「いつもぉ、お元気なメアリーさんがお休みされるからとぉっても驚きましたのよぉ」
「ご心配をおかけしました」
「いいのよぉ。おかげさまでぇあの方も寮からウチに引っ越してきてくれましたし」
保健室で目覚めて、私はセイガ様に新たな命令を下した。
まず、何度も言うけど人がいるときは王子らしくすること。具体的に言うならご主人様って呼ばないこと、リリー様の婚約者らしくすること。
次に滞在先をエスターライリン家の邸に移すこと。
忠実なセイガ様はすぐさま命令を実行してくれて、エスターライリン邸に引っ越した。
おかげでリリー様の機嫌がすこぶる良い。
今日もおふたりで仲良く登校されていた。
私の姿をみつけて褒めてほしいオーラを出しまくっていたから心の中で褒めておいた。
どうやら主従契約を交わしたときに魔力の繋がりができたらしく従者は主人の感情の機微とか居場所がなんとなくわかるらしい。
主人もまた従者の感情がなんとなくわかるそうで、これによって従者の離反を防ぐのだ。
実際、目があったときセイガ様が喜んでいるのはよくわかった。
契約を成立させる前に私の居場所がわかったり呼んでいる気がしたっていうのもこの魔力による繋がりのせい。
一方的に繋がりが作られていたからだとか。
なんてストーカー機能なのよ…。聞いてない。
あと最後にセイガ様に従者たちとの契約を全て破棄させ朱菫国に送り返させた。
従者たちとの契約は真名ではない名前によるものだから破棄も簡単だった。
お兄様にどうする?って聞かれたからそう答えただけ。
驚いてはいたけれどセイガ様に不満はないようであれから従者たちの姿はみていない。
セイガ様も身の回りのことは自分でできるから問題ないし、エスターライリン家が世話役をよろこんで用意していた。
エスターライリン家としても婿にもらったはずの王子が寮に入っているというのは世間体がよくないので困っていたとリリー様が言っていた。
主人が命の危機なのに自らの命を惜しむような従者なんていても信頼できない。
家族が人質に取られていたとはいえ名前を捧げた上に恩人を見捨てるというのは理解しがたかった。
目障りだしいないほうがマシ。
「セイガ様はわんちゃんにはなっていないようですけど…よろしいの?」
「まぁいいわぁ~。今のところはぁおおめにみてあげるつもり」
「………」
どうやらリリー様には王子らしくしているみたい。うまくやっているようだ。
「で、私はお約束を果たしましたけどリリー様はいつお約束を守ってくださいますの?」
「え、何のことですかぁ?」
「とぼけないでください。お茶会の売り上げ2倍はお約束するって言いましたよね?」
そう。
今日のお茶会の目的はこれ。
無事に研究所支店はエスターライリン領に出店した。
コンカドール様のお気に入りということもあり前評判は上々。売上も右肩上がりで順調。限定食器も瞬殺で売切れ現在第二弾生産中だ。
でも年間売り上げ予想ではお茶会の2倍には達しないとの予想が出された。
「あぁ、あれですかぁ。私ぃ、いつ今年中に我が領地だけでって言いましたっけぇ?」
「は?」
口元で三日月をつくってリリー様はニヤと不気味に微笑んだ。
「私、期限は切っていないはずですわよぉ」
「はぁ?!騙したの?!」
「まっさかぁ。よぉく確認なさらなかったメアリー様がいけないんですわよぉ」
「あなたねぇ…いけしゃあしゃあと…」
たしかにリリー様に話を持ちかけられたとき、細かく期限は切らなかったし書面も交わさなかった。
最初からそのつもりだったってことなのかしら!?
「いいじゃありませんかぁ。ウチに出店してから全体の売上は上がっているでしょう?我がエスターライリン領は国内有数の商業の街ですのよ。誰でも店を構えられるわけじゃありません。エスターライリン領のそれも中心区画に店を出せるというだけでも商売の上では有利に動きますわぁ」
「……」
エスターライリン領に店を出すには本来、審査が必要になる。
表向き出店許可と言ってはいるが実質審査だ。店を出して売上げを上げられるだけの実績があるかどうかという審査だ。
もちろん、領地の端とかであれば審査も緩い。
でも研究所支店が構える中心区画は本来審査のなかでも特に厳しいものであるはずだった。
それをコンカドール様の口利きによって融通してもらった。
エスターライリン領で店を出せるということは信頼の証ともなる。すると自然に他の領地でも売上げは上がった。
今まで全く繋がりのなかった貴族や商会からも取引の話が来るくらいには。
私が学園のお茶会で営業するだけでは到底なし得なかった結果だ。
だから全体を見れば売上げは過去最高に達している。それにつられソニア商会の売上げも上がっている。
「我が家はぁ領地内の店が繁盛したら納税額も上がるので文句ナシですしぃ、そちらもエスターライリン家の信頼を得たことで売上増。お互いにぃ、いいお話じゃありませんかぁ。商売というのはお互いにメリットがある形で行いますのよぉ」
「まぁ…そうですわね…」
渋々ではあるが、リリー様の言うことが正しい。
ここはシャクだけど黙っておいた。
商売の街で生まれ育ったリリー様のほうが1枚上手だったということだ。
リリー様が只今ご執心のセイガ様は私と主従契約をした後ろめたさもあったのでこれ以上はなにも言わないでおいた。
当然ながら、主従契約のことはエスターライリン家は知らない。
セイガ様にも言わないように厳命してある。
「研究所ではぁ最近印刷所を作ったそうですねぇ」
「えぇ。カタログや画集の印刷が中心ですが」
「『ランスロット』も印刷していると聞きましたが本当ですの?」
「……よくご存知で。ていうか読んでましたのね」
「セイガ様がぁ好きなのよぉ」
「来月発売の新刊、貴族向けの特典冊子つき豪華装丁版数量限定予約受付中ですよ」
印刷所のクオリティの高さをウリに出版社へ営業をかけたところ貴族向けの豪華版というのが刺さったらしく『ランスロット』をうちでも刷ることになった。
出版社も貴族たちが買い占めてしまうので困っていたんだって。
「こちらにもまわしてもらえないかしら?」
「予約してください。はい、こちら予約受付用紙」
「今すぐよ」
べつに印刷サンプルがあるからまわすことは可能である。
しかし、
「発売日にお届けいたします」
「発売日じゃ遅いわ」
「版元との契約ですから」
そこはネタバレ防止のために我慢してもらわなくてはいけない。
「ランスが助かったか気になるのよ」
「とてもいいところで終わりましたよね」
「えぇ。ランスにぃ何かあったかと思うと私…」
「ウソ泣きしてもわかりますからね」
「チッ。いいじゃなぁい、助かったかだけでもぉ教えて」
「ネタバレ厳禁ですよ。お楽しみはとっておいてこそです」
「気になってぇ夜も眠れないのぉ」
「発売日まで不眠で頑張りましょ」
「冒頭だけでいいからぁ」
「よくないです」
「ちょっとたげ」
「ダメです」
「こっそり」
「ムリ」
「ケチ」
オタクたるもの、版元と作者は神なのである。
作者あってのオタク。
神との約束を破るわけにはいかない。