98’.12歳 主従契約
「どうか!!アルテリシアの皇子よ!我らが主人をお救いください!」
「このかたは…我らにとって何にも変え難いお方…どうか…どうか!!」
「主は居場所のなかった我らを唯一お救いくださったかたなのです。セイガ様のお命が助かるのなら我々の命はどうなってもかまいません!」
「私は!故郷を追われ食べるものも住む場所もなく死にかかっていたところをセイガ様に助けていただきました。セイガ様を解放してくださるのなら私の命とてどうなっても構いません!!ですからどうかセイガ様をお救いください!!」
従者たちが、床に擦り付け頭をさげた。
嗚咽の混じる嘆願にただ彼らが命令だからセイガ様に付き従い故郷を捨て、遠路はるばるアルテリシアにまでやってきたわけではないということは理解できた。
文化も、風習も言葉も全てが違う。朱菫国まで気軽に帰れるような距離でもない。
それでも彼らはセイガ様に付いていく道を選択をした。
彼らにとってセイガ様というのはそれほどまでに重要な人なのだ。
だったら何故さっき自分の命を惜しんだんだ…。
なんでもすぐに悪いところを探してしまうのは前世のクセかもしれない。
今は余計なことを考えるのはやめよう。
セイガ様を助けたいのは彼らもおなじなのだから。
「ディー、もし私が何かあればセイガ様はどうなるの?」
「名前を受けた場合だよね?主が死ぬと従者も死ぬよ。主従契約は繋がっているからね」
「……」
「メアリー?!」
悪い予感が当たって口のなかに苦いものが広がった。
主従契約にはよくある話だ。漫画やゲームでも定番ネタだったし魔法世界なら尚更。
将来私は婚約破棄されその結果としていずれ死ぬ。
名前を受けるならセイガ様も巻き込んでしまうということ。
国際問題云々はもちろんあるけれど、私が死ぬときセイガ様は巻き込めない。
私の死は私自身の願望だ。そんなものに無関係の人を巻き込めない。
だから名前を受けたくなかった。
だけど…
「殿下。私はかまいませんよ」
目の前で攻略対象に死なれるのはいい気分じゃない。
「……。メアリーだけに負担を負わせることはできない。他の方法を探そう」
一瞬だけ、オーギュスト様の目が見開かれ、悲しそうな顔をされてしまった。こんな窮地に立たされてまで希望を見出だそうとする姿勢に心が震える。そんなオーギュスト様を少しでも安心させたくて気丈に笑ってみせる。
たしかに名前を受けてセイガ様の命まで背負うのは怖い。
でも、今死ぬかあと数年後に死ぬかの差だ。
今死ぬくらいなら少しでも先延ばしにほうが対策を取る時間は作れるはず。
もしかしたら時間と共にセイガ様との主従契約も解消できるかもしれない。
「私だって朱菫国と再び戦争の危機なんて嫌ですから。そもそもセイガ様がアルテリシアにいらしたのだって私のせいだからその責任ですわ」
「……しかし」
オーギュスト様はなおも迷っていた。
優しいかただ。
私に負担をかけたくないとお考えなんだろう。
だからこそ、判断を誤ってほしくない。
「さぁ、命令なさってくださいな」
オーギュスト様の手を取って、強く握る。
「お嬢サマはそれでよくても、婚約者サマはいいのかい?戦争の火種をうまないためにお嬢サマを差し出すことになるんだよ」
「ディー、黙っていなさい」
「……」
日はどんどんと傾いて、茜色が黒く染まる。時間がない。
ベッドではセイガ様がうめき声をあげて荒い息を吐くと、ヒュッという呼吸音を上げてぐったりと体から力が抜けてしまう。
「セイガ様!?」
従者のひとりがセイガ様を揺するが応答がない。
人形のように揺らされるままに首が動くだけだった。
「セイガ様!お気をたしかにもってください!」
「どうか!!」
「殿下」
意を決したようにオーギュスト様は一度目を閉じ、再び開く。
そして静かな、力のこもった声で命令を下した。
「…わかった。メアリー、セイガの名前を受けてくれ」
「かしこまりました。殿下、素晴らしいご判断にございます」
手をぎゅっと握って離し、セイガ様の手を荒く掴んだ。
「セイガ様の従者さんたち?いいかしら?」
「な、なんですか!?今は話している余裕なんて…」
「大事なことよ。よく聞きなさい。まず、知っていると思うけどセイガ様が名前を捧げたのは私よ。わかっておいでかしら?」
「そ、そんなことは…」
今関係があるのか。
いまさらなにを言っているのか。
そんな顔をしていた。
「セイガ様のためなら命も惜しくない?なんでもする?」
「当たり前だろう!」
「主人のためなら我が命惜しくはない!」
「我々にできることならなんでもいたします…だからどうか!」
調子のいい連中だ。
虫酸がはしる。
「…さっき自分たちの命可愛さに呪術のことを喋らなかったクセによく言うわ」
痛いところを突かれたのか、従者たちはグッと押し黙った。
命も惜しくないというのならたとえ王に呪術をかけられていようと情報を提供するべきだ。
私がもし同じ状況でオーギュスト様の命がかかっていたら自分の命なんて惜しまないのに。
「それは…」
「別にあなたたちが何を考えていたかなんてどおぉーーーでもいいの。ただね、セイガ様の命を救った私は恩人ってこと」
「…なにを言って…」
「セイガ様の主人は私。だからあなたたちの主人も私ってこと。その脳みそに刻み込んでよぉぉぉく覚えておきなさい」
「……」
ゴクリ、と誰かはわからないが固唾を飲んだ音が妙に大きく響いた。
彼らの忠誠が偽りか、本物か、そんなものは私にとって些末な問題なのだ。
ただアレだけ命の恩人だなんだかんだと言っておきながらディーに問われたときだんまりだったことに腹が立った。
それだけ。
言うだけ言って、私はセイガ様の頬をペチペチと叩いた。
我ながら死にかけの人に酷だなぁと思うが張り手じゃなかっただけマシと思ってほしい。
「セイガ様、きいていた?あなたの主人になってあげるから何をしたらいいか教えなさい」
「…できればもっと思いっきり叩いてほしかったなぁ」
「張り手のほうがいい?元気になったらいくらでもしてあげるわよ」
「ほんと?なら頑張ろうかな。でも…きみはいいのかい?」
「つまらない冗談は言わない主義よ。さっさとして」
ぐっと力を込めてセイガ様がベッドから降り、その場に跪き、掴んだ手を握り返されて手の甲に唇を寄せる。
さながら騎士の叙任を思いだす光景だけど状況が状況だから叙任式に想いを馳せている余裕はない。
これだけ荒っぽければ叙任式を連想する人もいないんじゃないかしら。
「我が真名を持って生涯あなたにお使えすることを誓う。我が真名、トーリの名をあなたに捧げよう」
「許しましょう。トーリ、私の許す限り全てをもって私に仕えなさい」
かつて、ディーにそうしたように指先で剣をつくり肩をとんと叩く。
騎士の叙任における作法とは違うけれど、こういうのは気持ちだ。それにこの状況で細かいことまで気にしていられない。
「最初の命令よ。生きなさい」
ブワッと魔力が手から流れ込んで思わず足元がよろめくが、ぐっと堪えた。
呪術と魔法は似ているとディーが言っていたけれどあながち間違いではないみたいだ。
セイガ様のほうは耐えられなかったみたいで膝をついたままその場に倒れ込むが呼吸は落ち着いていたし、苦しそうな様子もみられなかった。
一瞬の間をおいて、力強く立ち上がる。
「大丈夫なの?」
「あぁ。ご主人様のおかげでね」
「セイガ様!」
「よくご無事で!!」
額の汗を拭い息を吐きながらセイガ様はベッドに腰かけた。
「はぁ…オーギュストもアルバートも迷惑かけたね」
「僕らは何もしていない…。メアリーのおかげだ」
「うん。ご主人様、ありがとう。君は命の恩人だよ」
「我々からも礼を。主人を救っていただき本当に感謝しております。そして数々の非礼をどうかお許しください」
そう言って、従者たちは再び私の足元に頭をさげた。
感謝を、と言ってはいるがそこに込められた感情が私の想像しているものと違う気がして素直に受け取れなかった。
「…私は殿下のためにしたことよ。朱菫国と戦争なんて起こされたら迷惑だし」
「まぁ安心して。朱菫国の王を殺してでもぼくが阻止してみせるから。たとえ戦争になってもぼくはご主人様の犬だからアルテリシアにつくよ」
…物騒なことを言うんじゃない。新しい火種が生まれそうだからやめてほしい。
危機は脱したみたいで安心したのか、どういうわけかわからないけれど、急に力が抜ける感覚がして私は意識を手放した。
あれ?なんか前にもこんなことあったなぁ…。
薄れゆく意識のなかでむかしに朱菫国の職人たちを呼び寄せたときのことを思い出した。
どうして異国の人間でも魔法が使えるか知っていたか。
そりゃ『ラブファン』のトーリルートでみたからに決まってるじゃん。
誰かに抱きとめれられる感触がしたので頭をぶつけた痛みはなかった。