96’.12歳 つかのま
(食器についてはかなりフワッとしたかんじで書いています。ただノリタケ食器に一目惚れした勢いで入れました)
セイガ様がアルテリシアにやってきて2ヶ月がすぎた。
その間これといって何か起こるわけでもなく平和な日が続いている。
おきたことといえば、
「この本、朱菫国でも翻訳されているのか。評判はどうだい?」
「かなり良いよ。こちらでは男性人気が高いけどこちらでは女性人気も高いのは意外だった。オーギュストも読んだかい?」
「あぁ、もちろん」
オーギュスト様とセイガ様が仲良くなった。
おふたりは立場が似ているということもあって気が合うようで、つい最近あったばかりとは思えないほど意気投合している。
今日は私、オーギュスト様、オマケのユリウス、セイガ様というメンバーでお茶会だった。
学校行事としてのお茶会は開催できないけれどこういう個人的なものは許容されているので生徒会に申請を出せば学園の施設が使える。
リリー様もあとから合流される予定だ。
おおかた愛犬たちを構ってからくるのだろう。
「朱菫国の本はあまりこちらで翻訳されていないんだ。セイガのおすすめも教えてほしいな」
「本国から取り寄せよう。オーギュストは翻訳は必要かな?」
「難しくなければ大丈夫」
「わからなければ聞いてくれ」
「頼もしいなぁ」
と、まぁおふたりは短期間でずいぶん仲良くなったわけだがそれを苦々しく睨み付けているのがユリウスだ。
コーヒーカップをもつ手が震えている。
おおかたオーギュスト様の一番の理解者であり友人は自分だと思っていたのに突然現れた転校生にあっさり親友の座を奪われたのが面白くないのだろう。
…別に奪ってもなければユリウスは親友でもないけど…。
「そういえばメアリーは研究所に出版部門を立ち上げたそうだね」
「あ、はい。画集や研究所の商品カタログを作りたかったのですがなかなか理想の出来にはならなかったので…」
急に私へ話が振られたからつい反応が遅れてしまった。
最近お兄様が研究所の仕事を手伝ってくれるようになったので営業部門を立ち上げるまでに至った。
営業たちが使いやすいようにということでカタログを作ることにしたのだけど印刷所と何度相談を重ねてもクオリティがいまいちだった。
…どうしても前世の世界で本を作っていた時のクセで紙質や装丁、色味を気にしてしまうところがいけないのだけどね…。
そこでお兄様の発案により印刷所を買収して研究所の出版部門として発足させたのだ。
お兄様は意外と行動派だった。
出版部門を作った本当の理由は花園会の同人誌を作りたかったからなんだけどそこは伏せておく。
「へぇ、画集かぁ。興味深いね。スティルアートで活動している画家のもの?」
「はい。最近ようやくコンテストでの受賞歴がついたりしてきたので記念にと思いまして」
以前、衛生改善計画のついでに作った公共施設では美術館も作った。そのとき有名な芸術家の作品だけでなく新人の作品も起用してみてはどうかと提案した。
すぐに結果が出ると言うことは無かったが、投資した意味はあったみたいでようやく彼らが育ってきたのだ。
そこで更に売り込みがしやすくなるようにと受賞歴のある芸術家たちの作品集を作ることにしたのだ。
現在彼らは研究所に入り浸って製作の傍ら画材とか絵の具の開発をしているみたいなんだけど…詳しいことはわかっていない。
「こちらのカップのデザインや絵付けも彼らの仕事なんですよ」
手元で透明感のある瑞々しい乳白色にアールデコ調の花柄のカップをそっと撫でた。
独特の色合いや艶に彩り鮮やかな絵柄はこれまでの磁器にはないものだ。
「これも?」
「えぇ。スティルアート食器と呼んでいます。従来とは違う素材をつかいました。絵柄の色合いも従来の磁器より多彩に使えますのよ」
「たしかにこれは美しいね。焼き物は朱菫国の得意な分野だと思っていたけれどこれは気を付けないと」
セイガ様が冗談めかして笑った。
どのくらい本気なのかはわからないけれどその心配はないと断言できる。
「それぞれにそれぞれの良さがありますから朱菫国の磁器を好まれるかたも大勢いますわ」
前世の世界でも人気があるというだけで既存の製品が排除されるということはなかった。
食器なんてその最たるもので、プラスチックやメラミン素材がでてきても扱いが繊細な高級食器を好む人たちは大勢いたくらいだし。
「ご主人様の研究所というのはなんでも作っているね」
「ぶふっっ!!」
突然のご主人様発言に、ユリウスがコーヒーを吹き出した。
王子らしからぬ振る舞いに思わず目くじらを立てて睨み付ける。
セイガ様を。
「セイガ様…ほかのかたがいるときは王子らしくなさいと言ったでしょう…」
「あ!ごめんごめん!つい…」
全く申し訳なさが見受けられないごめん、だった。軽い。
わざとじゃないでしょうね?
「おい!悪役令嬢!貴様は他国の王子になにをしているのだ!?まさかあの噂は…!!」
こちらの事情を知らないユリウスはビシっと私を指さして責め立てた。
そりゃそーだ…。ユリウスからしたら他国の王子に一介の令嬢がご主人様って呼ばれているなんてよからぬ関係を連想してしまう。
「ようやくあの噂が収まってきたんだこら蒸し返さないでくださる!?私も迷惑しているんです!」
「もう少し殿下の婚約者候補としての自覚をもったらどうだ?」
「持ってますとも!ユリウスに言われなくても。あなたも殿下に友人ができたからってヤキモキしすぎです」
「なんだと!?」
「はぁ?!」
「まぁまぁ、ユリウスもメアリーもそのくらいにしないかい?セイガがびっくりしているじゃないか」
「あ…すみません…取り乱しました…」
「お見苦しいところをおみせしました…」
ユリウスがいるといつもこれだ。
必ずと言って良いほどユリウスと喧嘩になる。もちろん、私にとってはたいしたことではないけれど、オーギュスト様の機嫌が悪くなるので控えてほしい。
あ、もちろんオーギュスト様はあからさまに不機嫌になることはなさらない。
オーギュスト様永続推ししているから気づくのであってユリウスは気づいていない。経験が違うのだ、経験が。
こちとら心のスチルアルバムと前世のスチルが脳裏に刻まれているのだ。親の顔よりオーギュスト様のご尊顔をよくみたぞ。
「あらぁ、みなさんお揃いねぇ」
鈴を転がす魔性のお声で登場したのはリリー様だった。取り巻きは誰もいない。参加者を考えてお一人で来たのだろう。
「お待ちしておりましたわ。ごようは終わりましたの?」
「えぇ、人気者はつらいわぁ~」
慣れた様子でセイガ様はリリー様の椅子を引いて、リリー様も着座する。
チラリをこちらをみて褒めてと言わんばかりににっこりするものだから頷いておいた。
「あらぁ、このカップってぇこの間お話していた新作ぅ?」
「そうですよ。どうですか?まだどこにも出しておりませんの。せっかく皆さんでお茶会をするから用意させました」
「素晴らしいわぁ。絵柄の色もデザインも美しいわね」
まだカップが熱いので指でそっと撫でて満足そうにうなづいた。
どうやらリリー様のお気に召したらしい。
「お母様もぉ、これならご満足なさるでしょうねぇ」
「恐縮です」
「ただぁ、もう少しぃお花が大きい方がぁ好きかしらぁ」
「デザイナーに伝えます」
絵付けは、やり直しだなぁ…。
頭の中でデザインの手直しと納期までの計画をやり直した。ギリギリ間に合うだろうが食器部門がしばらく不夜城だな。
「リリー嬢はスティルアート食器をご存知なのかい?」
「えぇ。我が家がぁメアリー様の研究所のお世話になるからぁ目玉商品として作ってくださったんですのぉ」
「なるほどね」
エスターライリン領で研究所の支店を置くにあたってコンカドール様は何かエスターライリン領限定の目玉商品がほしいと言い出した。
そこで研究所がコーヒーの関連商品として考えていた食器部門の作品を提案したのだ。
ユリの花をあしらったデザインにコンカドール様をはじめとしたエスターライリン領側はおおいに喜ばれ、交渉は上手くいったけれどただ1つ条件を提示された。
それは発売から1年の間はエスターライリン領とスティルアート領のみの先行販売にするというもの。
最初はエスターライリン領限定だったけど営業班が頑張ってスティルアートでも扱うよう交渉したらしい。
「だから王都での販売はしばらくできないのです」
「それは残念だ。ではこうやってメアリーが持ってきてくれる機会を楽しみにしよう」
「つまりまたこうしてお茶をしてくださるということですか?」
「もちろん」
「まぁ!」
全く…オーギュスト様は相変わらず私を喜ばせるのがお上手である。
本当なら王都でも売りたかったけれどコンカドール様が限定という条件にこだわっていたのでこれ以上は譲歩できないと言われたそう。
「ところで新しい素材ってなにを使っているのかな?」
セイガ様が乳白色をしげしげと見つめた。
「…牛の骨です」
「えっ…」
「あぁ、スティルアート領は畜産も盛んな領地だからな」
セイガ様とリリー様は少しだけ驚かれ、ユリウスは納得していた。
ちなみにアルテリシアには昔から畜産副産物の活用はされているので珍しいことではない。
ただインパクトは強かったみたい。