95’.12歳 報告と嫉妬心
オーギュスト様には今日のうちにセイガ様のことを報告した。
お兄様にも怒られたけど早めはやめの連絡が大事なのだ。
「つまりセイガ殿は名前で縛られているから秘匿魔法を諦めることができないってこと?」
「おそらくは…あまり話せない様子でしたし…」
「うん…ディーさんはどう思いますか?」
『およそ呪術だと思っていいと思うよ~。主従契約のなかに他言しないようにっていう内容が含まれているんだろうね』
呪術と魔法に詳しいってことでディーとも連絡鏡経由で繋がっている。
呼び出してもよかったんだけど時間が惜しい。
というのも今が時間に制限のある昼休みで、私とオーギュスト様はプライベートエリアに昼食を運んでもらっているからだ。
食堂直結になっているのはこういうときのためなのかもしれない。
「だから私が名前を受けたら解放されるから受けてほしいってこと?」
『だろうね』
「お断りよ。そんなの」
『でもそうすると長期戦になるよ?いいのかい?婚約者殿は』
「メアリーが受けなければいいわけだろう?騙し討ちでもなければ大丈夫じゃないかい?」
「もちろんです。私が自ら受けることなんてありえませんわ」
『まぁそれなら王子サマが死なないかだけ気を付けてね。魔法も呪術もやりようによってはかんたんに殺すこともできるから』
「わかった…。セイガ様がアルテリシアで死ぬようなことがあれば国際問題だものね」
「そうでなくても…あまり人が死ぬようなことは避けてほしいな…」
「……」
さっきけっこう気軽に噂の発信源を消そうとしてたや…私…。
気をつけよう。
「こっちがセイガ殿によく絡んでいるという令嬢の一覧かい?だいたい10人くらいにまとまっているね」
セイガ様が頻繁に声をかけている女子生徒の一覧だ。
朝に相手は選んでいるといいったので何かの参考になるかもしれないと思って書き出した。
「えぇ。相手は選んでいるとおっしゃってましたからリリー様に手伝っていただいてまとめました。お役にたちますか?」
「とても役に立つよ。セイガ殿なりに何か伝えようとしているのかもしれない」
「そうですね。でも選ぶなら婚約者のいないご令嬢にしてほしいですわ」
「婚約者?」
「えぇ。このお嬢さんがた、みなさん婚約者がいますの。それも伯爵家以上の。相手のかたが大目にみているからまだ問題にはなっていませんけれど…」
中等部生といえど、上位貴族たるもの早いうちから婚約者を当てがわれていることは珍しくない。
早いうちから家同士の繋がりを作っておきたいのはどこも同じだ。
お兄様のように婚約者がいないのは珍しいと思う。
本人たちは突然わいたアイドル的存在に夢中になっているだけなのかもしれないけれど、相手の家がもし声をあげたら問題になる。
貴族の結婚というのは本人だけの問題というわけにはいかないから。
「………もしかして」
「殿下?」
じっと眉を顰めて一覧の名前を見つめた。
「メアリー、この人たちの婚約者が誰かってすぐわかる?」
「え、はい。一覧にしますから少しお待ちください」
さらさらと紙に婚約者たちの名前をフルネームで書き出した。
こういうときメアリーの優れた脳は便利だ。
真理なんて友達の名前すら危ういときがあったっていうのに…。
『それみんな王子さまがひっかけてる女の子の婚約者?よく覚えているね』
「当然でしょ」
『ちょっとみせてー』
「いいけど、あなたがみてわかるの?」
『まぁまぁ…。あ…なんだったっけ?』
興味があるだけだとは思うけれど、ディーにみせたら何かヒントが得られるかもしれないというわずかな望みにかけて連絡鏡に一覧を映した。
ディーは一瞬だけ固まってじっくりと考え込んでしまった。
「何かわかるの?」
『うーん、すぐには出てこないな~。名前より家のほうに見覚えがある気がするんだけど…わかったら言うよ』
「…そうしてちょうだい」
ダメだった。
一縷の望み、潰えたり。
「ではディーさん、何かわかったら教えてください。では!」
『え、もういいの?あ!』
オーギュスト様は連絡鏡を閉じて強制終了させるとニコニコしながら連絡鏡を返してくれた。
「殿下…ディーがなにか言おうとしていましたが大丈夫ですか…?」
「ん?大丈夫じゃないかな。今は現状維持しかできないわけだし」
「そ、そうですね…」
たいへん。
オーギュスト様が不機嫌なのか判断できない…。
この笑顔、なにかおかしい。
オーギュスト様は貼り付けた笑顔のままたった今書き出した一覧と、あらかじめ書いておいた一覧をきれいに畳んでポケットに入れた。
この話はおしまいということだろう。
「で、メアリー。朝から学園中で出回ってる噂だけど…どういうこと?」
「あー、それですか…」
怪しい笑顔の正体はこれか。
オーギュスト様の追及を逃れられる気はしなかったから、私は朝の出来事をかんたんに説明した。
どんな話かと構えたけれど大丈夫だったみたい。
「なるほどね。事情はわかったけど…まさか噂の広がりがここまで早いとはね」
「まったくです。朝きいて昼にはもう中等部じゅうに広がっているってどういうこと…やはりあの子爵令嬢は消すべきかしら…?」
「もう今更だし噂の発信源をなくしたところで広がった噂は消えないよ。なによりセイガ殿が否定しないから手遅れだね」
「………」
生徒会室での密会(そう呼ばれている)のあと、私とセイガ様は順番に朝から活動している部活をみてまわった。
だいたい運動部なのでグランドや練習しているところをふたりで歩き回ったのだ。
それがいけなかった。
聞き耳を立てていた噂好きの子爵令嬢は見回りしている間におしゃべり好きのお友達と今朝自分が見聞きした光景を正確に話して回った。
そう。正確に。
『ねぇねぇ!聞いてくださいな!朝私、みてしまいましたの!!なんとセイガ様とメアリー様が生徒会室で仲睦まじくお話されていまして…。え?ふたりは副会長同士ですからそのくらいあるのではって?私もその程度のことでこんなに驚きませんわ。…あのおふたり…実はただならぬ関係だったようで…。どんな関係ですかって?やだ!もう!私の口からはとても言えません!決して口外できないような関係としか…きゃー!』
ただならぬ関係ってなんだ。余計あやしいでしょ。
犬と迷惑している私という関係ですけど。
『私も登校しているときみましたわよ!おふたりが朝から生徒会のお仕事と称して意味ありげに微笑まれながら歩いているのを!あれって密会だったんですね!まぁ!』
違います。見回りです。
しかも意味深に微笑んでいたのではなくセイガ様がご主人様って言い出したから笑顔をキープしたまま私が怒っただけです。
以上。
彼女は嘘はついていない。嘘は。
ただいいかんじに勘違いしたことを意味ありげに話しているだけ。
そりゃセイガ様のほうも聞かれていると気づいていて言葉を選んでいた。外ぼりから埋めるつもりだ。
さらにいけないことに今日も女の子にかこまれているセイガ様は聞かれても意味深に笑うだけ。
女の子たちのお育ちがよくてよかったわね!
新聞記者たちだったら徹底的に追及してくれたのにな。
問題はリリー様がどう思っているか、なんだけど見回りを終わったセイガ様がわざわざリリー様を校門まで出迎えに行ったことでリリー様のお怒りは収まっているらしく私への追及はなにもない。
リリー様の前ではおとなしくあくまで王子様としてふるまっているのでソツがない。リリー様も満更でもなさそうなのでそっちはいいでしょう。
あとから連絡いれておこう。
「噂のほうはまぁいいです。リリー様が怒っていないのでしたら特に対処しなくてもそのうちなくなりますから」
「よくないよね」
「え?」
「メアリーは僕の婚約者なんだよ?それなのにほかの人と噂になるってどういうこと?」
あれ?これ怒ってる?
オーギュスト様は表情こそ笑っているけれど、微塵も笑っている気がしない。
どうしてだろう…これ以上なにも言わない方がいい気がする。
「す、すみません…」
「…いや。僕がそもそもセイガ殿から事情を聞いて欲しいって言ったことが原因だからね。すまない」
「そんな!私が迂闊だったんです。盗聴防止の魔道具を使っていなかったから…」
「どうして使っていなかったんだい?」
「あー…と…起動を忘れていまして…」
「……。メアリーにしては迂闊なことをしたね」
「はい…」
まさか呼び出してもいないのにセイガ様が来るなんて思わなかったから…。話の流れで起動するの忘れてたんだよね。
「でもメアリーは貴族の令嬢なんだ。せっかく盗聴防止の魔道具があるんだから使うように。それでなくてもメアリーはあまり人に聞かれては良くないことを話すことが多いのだから周囲の目や耳には気を配るべきだよ。いつもはこんなミスしないのに…」
「は、はい。気をつけます」
なんでこんなに怒られているんだ?私。
「そういえば殿下、今日はユリウスがご一緒されておりませんね…」
「置いてきた」
「おいて…まぁ…」
今ごろ荒れているだろうなぁ…。
ユリウスってオーギュスト様から離れると怒りっぽくなるし。
「ユリウスがいたらメアリーとじっくり話せないだろう?そのうえ君たちで楽しそうにおしゃべりをはじめるし…」
「楽しくは…むこうから突っかかってくるだけですし」
「それともメアリーはユリウスがいたほうがよかったのかい?」
「まさか!殿下とふたりきりでランチできるなんて恐悦至極です」
「ならいいんだ」
少しだけ機嫌のよくなったオーギュスト様は満足そうにパンを千切って召し上がった。
張り付けたような笑顔ではなくなっていたことに胸を撫で下ろす。
理由はわからないけどオーギュスト様の機嫌が直ったようでよかった!!