94’.12歳 主従のつながり
生徒会の仕事はいろいろある。
ただそのほとんどを委員会とか取り巻きに回してしまえば役員としての仕事はそれほどじゃない。
まぁ気が向いてたまにこうして見回りをしておけば仕事をしている感じはでる。
だから私はたまにこうして早く登校し生徒会室で書類整理をしたりかんたんな掃除をしている。
名家のお嬢様に相応しくないかもしれないが頭の整理にちょうどいい。
でも今日は来客があるのですぐ終わることだけにしておいた。
「来たわね」
「やぁ。呼ばれているような気がしたんだ」
セイガ様。トーリだ。
直接呼び出したわけではもちろんない。
でもなんとなく、呼んだら来るよな気がした。
「ご主人様がぼくを呼んでいるような気がしてね」
「まさか本当に来るとは思わなかったけど」
半信半疑だったけど、ゲームのトーリルートにそんなシーンがあったことを思い出した。
まだ名前を聞く前にアリスちゃんが強くトーリのことを思うとタイミングよく現れるのだ。
ディーのはなしではまだ名前を受け入れていないから主従契約されていないはずなのに…。
「気になるかい?それはね、ご主人様とぼくが運命でつながれているからだよ」
ずいぶんまえにディーもそんなこと言っていた。
でも私は運命ってやつを信用していない。
「運命運命って…そんなんで納得するわけないでしょう?私が納得できる理由を持ってきなさい。どいつもこいつも運命って言っておけばいいかんじにおさまると思って…」
真名を知っていたのはただ前世の記憶があるから。
神託でもなんでもない。
今だって主従契約を結んでいなくても主からの呼び出しがわかるような魔法とか呪術の類が原因だと考えればいい。
つまり運命でもなんでもない。
運命なんてものを信用して思考停止していることに腹が立った。
「…わかった。近いうちにご主人様が納得できる理由を用意するよ」
セイガ様は静かにそう言って一瞬だけどニィっと笑った。
その笑みに一瞬だけ悪寒がする。
「で、本題だけど」
悪寒を振り払ってセイガ様と向かい合う。
強引にこっちのペースに戻さないといけないような気がした。
従順なフリをして油断しているとあっという間にのまれるタイプだ。
「女の子ひっかけてどういうつもり?」
「やきもちかい?嬉しいね」
「違うわよ。私に名前を捧げるとか言っといてすぐ他の女の子に目移りするなんて軽薄にも程があるでしょう?そのうえリリー様までほっといて」
「リリーには悪いことをしているとおもっているよ。でもどうしようもなくてね」
「リリー様にはってことは私に対して申し訳ないとかそういう気持ちはないわけ?」
「ご主人様は言わなくてもわかってくれるかなって」
わかるわけないでしょ。
出会って間もないセイガ様が何を考えているかわかったらそれはエスパーだ。
一応魔法は使うけれど超能力者ではないのだ。こっちは。
「よそで誰彼かまわず尻尾振ってる犬の気持ちなんてわかるわけないじゃない」
「連れないなぁ。ただね、わかっておいてほしいのはぼくの本意ではないってことなんだ」
「ふうん。女の子に囲まれていちゃついてるのはイヤイヤやってるってこと?」
「…相手は選んでいるよ」
「答えになってないじゃない」
「ごめんね。言えることにも限界があって」
そう言ってセイガ様はしゅん、と眉尻を下げた。
これ以上追及しても欲しい答えは得られないだろう。明確な回答はなかったけどセイガ様に何か目的があって女の子たちに声をかけていることはわかった。
でもセイガ様も目的って皇族秘匿の魔法のことだよね…?
「…皇族秘匿の魔法は諦めたんじゃなかった?」
「それをどうしても、諦められない人たちがいるんだよ」
「あなたはその人には逆らえないってことね?」
「さすがご主人様。ご明察だよ。でもこれ以上はぼくから話せないから聞かないで…くっっ!!」
絞り出すような声とともにセイガ様は小さくうめき声をあげて左の胸を抑えた。
こっちの世界でも常識みたいにそこにある器官はひとつ、心臓だ。
「セイガ様?!」
「やだなぁ、ぼく如きに様づけなんてしないでよ…」
荒く息を整えまっすぐ姿勢を保とうとする。
でも足元はおぼつかなくてふらりと体が傾きその場にしゃがみこんだ。
苦しいのに軽口を叩いてくるのは心配をかけないようにしているのかもしれないけれど、逆効果だ。
痛々しくてみていられない。
「ちょっと…!」
無理して立ち上がろうとするが足元はおぼつかないし苦しんでることに変わりはない。
咄嗟に体が動く。
肩を支えゆっくりとソファ座らせ、すぐさま水を取りに行った。
こういうとき生徒会室の設備が整っていて良かったと思う。
「のめる?」
「あぁ…ありがとう…」
一息にコップの水を飲み干して呼吸を整えた。
これは只事ではない。
「どうしたの…急に…」
「呪術のひとつさ。とても強力な」
「あなた王子でしょう?王子を呪える人なんて…」
いるじゃない。
そもそもトーリルートでは明確に出てきたじゃないか。
トーリは父親に命を狙われているって。
その父親や兄たちから命からがら逃げてきたところからトーリルートは始まる。
「もっとも、ご主人様が名前を受け取ってくれたらこんなものから解放されるんだけどね」
「冗談」
「はは。一筋縄ではいかないなぁ」
「当たり前でしょう。だいたい、そんなに名前を捧げる相手がほしいならリリー様に捧げればいいじゃない。あの人なら喜ぶと思うわよ?」
「うーん、リリーは面白い人だけどぼくはちょっとなぁ…」
「何か不満なの?」
「ぼくは結構一途なんだよ」
知ってる。ゲームでみた。
トーリは主人公に犬みたいに懐いていて大変心温まる微笑ましいルートだったはずだ。
唯一メアリー未登場のルートなので陰湿な嫌がらせをされるようなシーンもない。
「…」
待って、嫌な予感がする。
リリー様の取り巻きという名のわんちゃんたち。
「だからぼく以外にたくさん先住犬がいるっていうのはちょっとなぁ~」
やっぱりか。
ほかの男と主人を共有するのは嫌がるタイプ。独占欲の強い犬だ。
「そんなこと言ったら私だって婚約者候補がいるしなんなら先に忠誠を誓っている人だっているわよ」
「婚約者候補ってオーギュストでしょ?彼ならいいよ、大目に見てくれそうだし」
どういう基準なんだろう…。
たしかにオーギュスト様は近い未来で私を婚約破棄するくらいだから他所で良い仲の人がいても気にしなさそうではある。
「ご主人様ならたとえ何人に忠誠を誓われていようとその人たちを試して競わせたりしないだろう?伴侶がいたとしてもぼくのこともかわいがってくれるだろうし」
「……」
そんなのリリー様と違ってわんちゃんがいたことないからわからない。
でも他人の好意を試すのはあまり好きではない。好意を寄せてきた相手を競わせるなんてもってのほか。
「まぁ、朱菫国とアルテリシアの友好がかかっているから怪しまれない程度に貴族らしくはするよ」
つまいそれはリリー様が外に男を作っていようと黙認するし必要があれば仮面夫婦でも演じてみせるということだ。
私としてはそれでいい。
リリー様の機嫌さえうまく取ってくれたら。
セイガ様はソツのない人だしうまくやってくれるだろう。
できることならリリー様のアブノーマルな趣味と歪んだ願望はうまくかわしてほしい。
「…リリー様とは仲良くやって。あのかたを不安にさせないで」
「…ご主人様の命令なら」
「私からの話はおしまいよ」
「で、ぼくをご主人様の奴隷にしてくれるって話は?」
「ないわよ。…だんだん隠さなくなってきたわね…奴隷って…言い方があるでしょう」
「えぇー、ぼくはこんなにご主人様に夢中なのに!」
「全くもう…。せっかく早く来たんだからあなたも生徒会の仕事を手伝ってちょうだい」
「まさかのスルー」
まともに相手をしてしまってはペースにのまれる。
こういうのは適度に相手をしてスルーするほうがいい。
「朝練してる部活の見回りにいくわよ」
「部活…あったんだ…」
「趣味の延長とか人脈づくりのためのね…」
意外な話ではあるが、この学園にも部活動は存在している。
大半は文化系が中心で趣味の集まりの延長みたいなものではあるけれど、運動系の部活も存在している。
前世の学校みたいなザ体育会系な部活というよりこちらも趣味の延長の乗馬部とか球技部、槍術部みたいなものだけどね。
日本でも社長職や政治家の多くは野球部の出身だから野球部に入って話題作りをするって人もいるくらいだしそういう感覚なんだろう。
「おもしろそうだね。ぜひ案内して!」
「えぇ、転校生の案内も副会長の仕事と思うことにしましょう。そうと決まれば先に下に行っていて。部屋を片付けてから行くから」
「あぁ!わかった!」
セイガ様は嬉しそうにくるりとドアに向かって走り出した。
お散歩が嬉しいのかしら…?
ふぅとため息をついたら天井から姿のない声が降ってきた。
「メアリー様。廊下で立ち聞きしているものがおりましたが」
影の騎士だ。
スティルアート家に忠誠を誓う彼らは少人数ではあるが学園に私やお兄様の警護のため潜入している。
学園側からは表向き護衛は連れてこないようにとのお達しがあるけれど、表にでないぶんには黙認されている。
もっとも、学園に潜入できる護衛はかなりの上級者と決まっているので数は少ないけれど。
「知っているわ。セイガ様もわざとやっていたわね…奴隷だなんて人ぎきの悪い。…どのあたりから聞こえていたと思う?」
「最後だけですから問題はないかと」
「ならいいわ。名前はわかる?」
「1年のペイトン・パーカー」
「ふうん。おしゃべりな子爵家の子ね」
「消しますか?」
「…最後だけでも厄介だけど…今セイガ様が留学している状況で生徒が消えるなんて物騒だわ。変に騒ぎになっても困るし何もしなくていいわ」
「承知」
「ただし、尾ひれをつけて触れ回るようなら…そのときは消しなさい」
「はっ!」
忍者みたいに短く返事をして、影の騎士の気配は消えた。
別に今更悪い噂が増えたところで痛くもないけれどお兄様の胃が心配だから悪い噂が増えないに越したことはない。