92’.12歳 なんとかして
歓迎会はまだ半分といったところだ。
自由に談笑したりホールで踊ったり、はたまた美味しい食事に舌鼓したり。
生徒会権限を使ってソニア商会から朱菫国の食事やお菓子を入れさせたりもした。
朱菫国のかたを歓迎する会なのだからそれくらい大丈夫。
セイガ様が歓迎会にて幅広い学生たちと交流できるよう中等部生全員が集まり失礼のない程度に身分関係ない会になるよう取り図っている。
新学期がはじまったばかりということもあって学生同士の交流も楽しんでいるようだった。
私も歓迎会に戻って自分のお友達とおしゃべりしつつ会場内にトラブルがないか見回りをしていた。
「メアリーさん、顔貸してくれないかしらぁ!?」
やんわりと、はんなりと、なにかドスの効いた声だった。
お声と言ったことのギャップに私を含め、みんなキョトンとしてしまいワンテンポ反応が遅れる。
「ねぇ、メアリーさぁん?」
「え、えぇ。どうしたのかしら?リリーさん」
話しかけてきた人はリリーホワイト様。
さっきまでドヤ顔でセイガ様を連れて花道を歩かれていたエスターライリン家のお嬢様だった。
何やらお怒り気味のようで背後に黒い影を背負っている。
口元は笑っているのに目が笑っていない。
正直今は関わりたくない。
「ちょっとコチラにぃ、お越しくださいな?」
親指を立て、ちょんちょん、とバルコニーを指さす。
いつも彼女を取り囲んでいるわんちゃ、いや、取り巻きの男子生徒は誰もいない。
素行の悪い、令嬢らしからぬその仕草に思わず息をのんだ。
「えーと、私もお仕事がありますから…」
「ん?私のお願いが聞けないのかしらぁ?」
聞くのが当たり前みたいに言ってるけどさ…お願い聞く理由ある?!
「メアリー様にご用でしたら後にしていただけないかしら?」
「今はお仕事がありますの。リリー様といえど生徒会のお仕事を邪魔することはできませんくてよ?」
ベリンダとクリスが前に出てくれた。
こういうふうに主人を守るのもとりまきの役目なのだ。
「黙りなさい」
ピシャリと、それ以上の問答は不要だと言い切る物言いだった。
普通ならここでリリー様が引く。
言い争う行為は決して誉められたものではない。
上位貴族の令嬢であるリリー様ならそのくらいわかるはず。
それなのに引かないということは相当なにかある。
「何も取って食ったりはしませんよぉ。ただメアリーさんとちょぉっとだけお話があるだけなのぉ。心配ならあなたたちは近くにでもいて構わないわぁ。少しのあいだふたりきりでお話をさせてくれたぁらいいのぉ」
「おふたりで、ですか…?」
ふたりきり、ということにベリンダが難色を示した。
リリー様と私の関係を知っている以上、私に危険が及ぶリスクは避けたいのだ。
とはいえこの口ぶりはリリー様が引いてくれるとも思えなかった。
余計な騒ぎを避けるためにも下手に機嫌を損ねないほうが懸命だ。
「…いいわ。でも仕事があるからすこしの時間だけよ」
「メアリー様?!」
「さぁっすがメアリーさんだわぁ。話が早くていらっしゃるわねぇ」
心配するベリンダとクリスに目配らせをして、リリー様とバルコニーに移動した。
二人きりでしかもバルコニーなんて人のいないところを選ぶ当たりこみいった話であるのは想像に難くない。
不安な気持ちを隠すようにディーにもらったブローチを少しだけ撫で視線を上げると、バルコニーが思っていたより高い場所にあることに気がついた。
「で、アレ!どう思いますのぉ?!」
「アレ…?とは?」
ビシっと指さした先には本日の主役、セイガ様がいた。
5、6人の女子生徒に変わるがわる声をかけられ愛想よく笑顔を振りまいている。
「セイガ様がお友達作りをされていますし生徒会としては歓迎会の意義があったなぁと」
「そういうことを聞いているわけじゃぁありませんのっ!私という婚約者がありがならさっそく浮気相手でもお作りになるのかしらぁ?!あのかたは!!」
「浮気相手…?」
自分のことを棚に上げて何を言っているんだ…。
「浮気よぉ!浮気ぃ!私のことなんて見向きもしないで他所の女にばっかり愛想を振ってぇ!」
「浮気って…偶然女子生徒ばっかりだったってことも…」
「ずぅぅっと、女ばぁかっりよ!しぃかも恋愛小説みたいに思わせぶりなことばぁっかり言ってるし!」
けっこうみてたんだ。
それならリリー様が牽制をかけたら一気に散るでしょ。
「そこまでお怒りになるのならあなたが声をかければいいんじゃない?」
「どぉして私がそんなことしないといけないわけぇ?」
めんどくさいな、このお嬢様。
「…セイガ様ならたとえ浮気相手を作ったところでリリー様のことを蔑ろにしないと思いますけど…」
「蔑ろぉ?そうじゃないわよ!私の婚約者なのに他所に女を作るってぇどういうことよぉ!」
「リリー様にも仲の良いお友達いるじゃない…男性の…」
「彼らは私のお友達だからいいの」
「え…えぇ…」
なんというワガママ。
なんという屁理屈。
これぞ貴族令嬢。
お兄様、ユリウス、ごらんください。本当のワガママ令嬢とはこういう人をいうのです。
平然と当たり前のようによその男に色目を使って思わせぶりな態度を取り社会的な弱みを握ったあげく『お友達のつもりだったの。そんなつもりなかったの!』とか言うのです。
「とにかくっ!アレをぉなんとかしてくださいませっ!」
「嫌ですよ、めんど…エッフン。セイガ様が留学期間中に交流を深めてくださるのは喜ばしいことです」
「…今、めんどうってぇいいませんでしたことぉ?」
「……なんのことかしら?」
「私、知っていますのよぉ?」
物知顔でリリー様は胸をはりニヤリと意地悪く嗤った。
そのニヤリ顔におもず身構えた。
まさかもう主従契約のことを聞いてしまったのか?
人の婿をとったことをばらされたくなかったら言うこと聞けとか言うつもり?
主従契約なんて向こうから一方的に契約しろって迫ってきてるやつなんだから正直迷惑なんですけど!?
「なんのことですか?」
「あなたの事情はぁ知っていましてよぉ?」
「別にあなたに知られて困ることなんてありませんよ」
で、でた~!メアリーの得意技!顔筋コントロール!
どれだけ心のなかで阿鼻叫喚していても決して表情には出しません!
「メアリーさん。今年はお茶会がないからお商売ができないそうねぇ?お困りではなくてぇ?」
そっちか~!!
よかった!良くはないけど…よかった!
主従契約のことがバレるよりよっぽどマシ。
お茶会ができないことについてはそりゃあ困っている。
借金返済ならなんとかなりそうだが新たなる研究費を捻出しないといけないのだ。
取り巻きでもない貴族にこんな内情知られるというのはあまりいいことではないけど、今の状況においてはまだよかった。
「とあるかたがぁ、スティルアート研究所のコーヒーメーカーやぁ魔道具に興味をお持ちなのぉ」
「そのかたって誰のこと?」
「そうねぇ、メアリーさんじゃあ絶対に繋がりの作れない方よぉ」
「もったいぶるわね」
「もぉちろん。でも、そのかたの紹介ならぁ、去年のお茶会で出した総売上の2倍に繋がることはお約束しましょう」
「へぇ。でもそんなに大口のお客様なら私が知らないはずないんだけど」
「ご存知のはずよぉ?ただお互いにぃ繋がりが作れていないだけでぇ」
リリー様が紹介できる範囲の人で幅広い財力と人脈を持っている人なんて限られている。
特に年間売上の2倍なんて相当だ。
そんな数字叩き出せると断言できる人なんて…。
「…まさかだけど…」
「えぇ!そのまさか!」
「コンカドール様か…」
「だぁい正解!」
コンカドール様とはその名でわかるようりリリーホワイト様の母親である。
お母様とは学生時代から因縁があったようだけど現在お互いに交流はない。
会ったら当たり障りのない程度に挨拶するくらいじゃないかな。とはいえそれぞれの側近たちが会わないように取りはかっているみたい。
お母様は男爵家の出身でお父様と仲が良かったから色々な人から色々と言われていたらしい。
らしい、と曖昧なのは『色々な人』が多すぎて覚えていないのだとか。
そのなかにコンカドール様も入っていたはずだ。
伯爵家出身のコンカドール様にとって、男爵家出身ながら侯爵家に嫁入りしたお母様はあまり好ましい相手ではなかったらしくソニア商会のお得意様にも入ってなかった。
「お母様に頭を下げるのはシャクだけど私なら良いってことかしら?」
「いいえぇ、純粋にあなたの研究所の品々に興味があるそうよぉ。お母様のお友達にぃも紹介できるから悪い話ではなくて?」
正直、喉から手が出るほど飛び付きたい。
コンカドール様、つまりエスターライリン家のツテというのはかなり広い。
エスターライリン家の領地は国内の中心地にあり2本の広い運河と大きな道路を有する流通の要である。
商人たちの繋がりから得た人脈は幅が広くアルテリシアの端から端までエスターライリン家の息のかかった人物がいるとさえ言われている。
スティルアートが農業と畜産の街だとするならエスターライリン領は商売の街だ。
コンカドール様の顔色を伺っているせいでソニア商会はエスターライリン領に支店を出せない。これは商会にとって大きな痛手だ。
ここでコンカドール様のお気に入りになれば研究所の支店をエスターライリン領におき、その繋がりからソニア商会の品々を回すことも可能となる。
お母様なら間違いなくこの話は乗る。
女社長は商売の臭いを的確に察知する。
「いい話だけど…私だけでは決められないから一旦持ち帰らせてもらうわ」
「あらぁ?何かぁご不満でも?メアリーさんは即断即決のかただと思っていたけど?」
「お母様やお兄様にも相談しないと」
「研究所はぁメアリーさんが所長なのでしょ?ならあなたが決めてしまってもいいのではなくてぇ?」
よく知ってるな!
詳しい人ならもちろん研究所は私が所長で好き勝手していることも知っている。
でも貴族的な考え方ならお兄様かお父様が所長と思っているはずなのに。
もっとも、お茶会年間売上の2倍なんてふっかけられる時点でかなり下調べをしたうえで話を持ってきているのだから驚くほどでもないか。
「こんないい話をエスターライリン家がスティルアートにしてくるなんてなにか裏がないか調べたいって言えばお分かりいただける?」
「疑り深いのねぇ」
「だいたい、セイガ様の浮気をどうやって止めたらいいかなんて私には思い付かないもの」
「ふぅん。まぁそのへんは頑張ってぇ。我が家のほうは調べたところでぇなにも出ないから安心してちょぉだぁい。じゃ、色よい返事をお待ちしてるわねぇ」
そう言って、リリー様はバルコニーを後にした。
丸投げじゃん!もう自分でなんとかしなさいよ!リリー様のプライドが許さないのかしら!?
すぐさま飛んできたベリンダとクリスを落ち着かせ発端となったセイガ様を視線で探せばまだ女の子たちに囲まれて談笑していた。
リリー様という婚約者がいるのに他のご令嬢に甘い言葉を吐く軽率な態度。
セイガ様、ゲーム内のトーリというキャラクターでは考えられない行動だった。
トーリは一途で真っ直ぐな王子様キャラだった。
祖国でひどい目にあってきたというのに純粋な心を忘れないからこそ自身に下された命令に苦しむこととなる。
そのトーリを癒し苦しみから解放したのが主人公ことアリスちゃんなわけで、ふたりは初々しい恋愛をしていくのだけど…
トーリルートってあんまり覚えてないんだよね…。何があったんだっけ…?
少なくともトーリは『ご主人様』とか言わないし、婚約者をほかっておいて他所の女の子に目移りするようなキャラでもない。
ゲームと違ってる?
それとも同姓同名の別人とかってないよね…?