90’.12歳 長期計画サプライズ
さて、フローレンス様はけっこうサプライズが好きでいらっしゃる。
これまで貴族令嬢として色々我慢してきたせいだろう。
花園会でも大いに楽しませてもらっているし、サプライズをしてもいい場は弁えているので可愛らしいで済むものが大半ではある。
せいぜい可愛くないものと言えば私を副会長に指名したときだろうか。
それですら花園会のメンバーは可愛らしいというレベルで済まされているし、普段は迷惑をかけるというより喜ばせるためのサプライズが大半なのだ。
それなら誰も文句は言わない。
むしろフローレンス様のお茶目な一面としてたいへん喜ばれたりする。
とはいえ、最近ではサプライズ好きも落ち着いてきたのか大規模サプライズは起きていないと思っていた。
そう。
思っていた。
まさかフローレンス様が長期計画のサプライズを仕掛けてくるなんて思いもしませんでしたよ…。
セイガ様率いる朱菫国一行が華々しく歓迎会の会場に姿を現した。
もちろん案内役はリリー様である。
普段から見目麗しい殿方にかしずかれることを当たり前にしている彼女ではあるが、異国情緒のあるセイガ様はご自身の『わんちゃん』にはいないタイプのようで、一等に美しい殿方を連れて歩けるシチュエーションに浮き立つ心が隠せないようにみえた。
そのひと顔はいいのにけっこう危ない人なんだけどなぁ…。
いいのかなぁ…。
お互いちょっとアレなところあるからバランスはいいのかなぁ…。
そんなセイガ様は僅かに目があった瞬間、精悍なお顔はたちまち姿を消してして今にも飛びつきそうなほどに破顔していた。
無視だ、無視。
場を考えなさい。
生徒会長であるオーギュスト様からの歓迎の挨拶を静聴し、あまりのありがたきお言葉の数々に心の中で涙を流す。
それから前回の生徒会代表としてフローレンス様から歓迎のお言葉となった。
ここで生徒会長ではなく元副会長が挨拶に上がるあたり、生徒会内での権力構造がよくわかる。
『素晴らしきこの日に新たなる仲間を迎えることができ…』
人前に立つことに慣れているフローレンス様は淀みなく、聞き取りやすい声量と声音で事前に何度も確認した歓迎の挨拶を読み上げた。
私も確認したしオーギュスト様も許可を出した内容で、ほとんど暗記している。
文章を頭の中でなぞり、そろそろ終わりかな?と思ったあたりで急に文章が変わった。
「さて、セイガ殿下にはぜひこのアルテリシアの文化や仲間たちとの時間を楽しんでいただきたいと思っています。
そこで元生徒会副会長としてもう1人の次期生徒会副会長にセイガ殿下を任命いたします。私の後任として既に活躍しているメアリー様と共に学園を盛り上げてください」
な、なんですって?!?!?!?
今なんて言った?!
「新参者であるぼくを名誉ある役員に任命していただき感謝いたします。ぜひ拝命させていただきます」
わぁっと歓声が上がり会場が新たな副会長任命を歓迎する声であふれた。
異議を唱えるものはいない。
私が唱えたいくらいだけどオーギュスト様ににっこりと微笑まれてしまえば何も言えない。
マケイラもコルトンも当たり前のように拍手を送っている。
これ絶対、私だけ知らなかったやつでしょ!
なんで知らされていないのよ!
先日の花園会での光景が脳裏によみがえる。
驚きが必要…。
驚きにもほどがあるでしょ!!!
「よかったですね。メアリー様。いままでお一人でしたから負担も大きかったですし」
「フローレンス様は1人で生徒会を回していて大変だったと言っていたからやはり副会長は2人に戻すべきだと言っていたんだ」
「…なんで私だけ聞いていないのでしょう…?」
当たり前のような疑問は温かい拍手にかき消されていった。
「だって話したらメアリーは反対するでしょ?だからオーギュスト殿下には『メアリーに話したら1人で大丈夫というに決まっているから直前まで内密に』ってことにしたのよ」
「あぁ…なるほど…」
まんまとオーギュスト様の優しさに漬け込むことに成功したわけだ。
前任者のフローレンス様が1人では負担が大きいと言えばオーギュスト様は負担を減らしたいと思うことだろう。
私が研究所の営業とか忙しくしていることはお兄様から聞いているし。
そこでセイガ様に早く学園に慣れてもらうため学生との接触が多い生徒会役員への加入を打診する。
セイガ様は家柄なんて言うまでもなく高いのでこの理由があれば人事はスムーズに通る。
既に副会長職にある私がオーギュスト様に心配かけないよう1人で大丈夫だと言い張り、セイガ様の人事に反対する可能性を潰すために『断れない状況』に持ち込んだということだろう。
前にもこんなことされたなぁ…。同じ手にかかるとはなぁ…。はぁ…。
「ということでセイガ様のことよろしくね」
「よろしくって…セイガ様にはリリー様がついていらっしゃるでしょう?私が出る幕なんてないと思いますけど…」
「友人たちとの時間を通じて見聞を広めることって大事よ」
「はぁ…」
先日の花園会でのことが思い起こされる。
『人生にはおどろきが必要ということを学んだわ。メアリー様にもおどろきを楽しんでほしいのよ』
私にばかり冗談にならないサプライズ仕掛けてくるのやめてくれないかな!?
このご令嬢は!
荒れ狂う私をよそに、サプライズが成功したフローレンス様は上機嫌で人混みに紛れていった。
フローレンス様にはご挨拶をする相手が多いのだ。
「さっき話せばよかったね。色々ありすぎてそこまで気が回らなかったんだ」
「殿下!」
入れ替わるようにオーギュスト様がやってきて申し訳なさそうにするものだから居た堪れなくなってしまった。
決してオーギュスト様を責めているわけではないの。全てはフローレンス様のサプライズ好きがいけないのだから。
誰が月単位でサプライズを計画すると思うよ?
普通途中で飽きない?
たぶんセイガ様の留学の件がなかったら副会長は1人のままにするつもりだったのだろう。
フローレンス様は忙しい言っていたけれど、本当のところそれほど忙しい職ではない。
忙しいというのはフローレンス様の嘘が混じっているし、セイガ様を副会長に据えるための理由付けといったところだ。
学園の権力構造の面でもセイガ様の後ろ楯はエスターライリン家になるからスティルアート家と並んでも問題はない。上位貴族の権力が高くなるが今さらだ。
たいてい上位貴族が権力を握って政治はまわっている。
「殿下は私の負担を減らそうとなさってくれたのでしょう?私はたいへん嬉しく思いますわ。それにセイガ様に近いほうが色々とお聞きできますでしょう?」
「…そうだね。期待しているよ」
「必ずやお役に立ってみせますわ」
期待されてしまったら答えないわけにはいかない。
メアリーの全てをもってセイガ様の真意を探って見せよう。
ふふん、と胸を張ったところで背後に迫る影が私の両肩をそれぞれ掴んだ。
「で、メアリー?僕がいない間に何があったのかな?」
背後に何か黒いものを背負ったオーギュスト様が正面から迫り、
「全て詳らかにオーギュスト様に報告させてもらう」
右側からユリウスが、
「裏で大騒ぎなんだけどどういうことだい?」
左側からはお兄様が、
それぞれ怖い顔をして髪の毛一本も逃さないとでもいうように囲んでいた。
何度も言うが攻略対象には弱い。
そのなかでもオーギュスト様は最推しだったこともあって私の頭のネジを飛ばし機能停止させるには十分な効果がある。
つまりオーギュスト様のお顔を真正面に持ってくるのはずるいということだ。