10.立てば彼岸花座れば鈴蘭歩く姿は鳥兜
謝恩会の準備をすっかり整えた私はさっさとメイドたちを追い出して再び頭の中を整理していた。
「メアリー様ぁ?また辛気臭い顔をしてどうされたのぉ?どうせくだらないことでも考えているのでしょう?」
バン!と貴族の令嬢らしからぬ不躾さでドアを開けたのは悪友というべきか腐れ縁の公爵令嬢・リリーホワイト様だった。
お名前を、リリー・ホワイト・ファルフィルカ・クリスティル・エスターライリン。
その容姿はお名前を裏切ることなく白にちかい天上色のプラチナブロンドに慈愛に満ちたブルートパーズの瞳、肌の色も白い陶器のようで、全体的に色素が薄く儚げな深窓の令嬢、まさにマドンナリリーそのもの。
しかし実態は百合ではなく鈴蘭か鳥兜である。
純真無垢な理想の令嬢として名高い彼女の本質は相当な阿婆擦れ、ビッチ、色狂いというにふさわしい。
貴族の男たちが憧れ、一度はその姿を拝もうと願うエスターライリン家が誇るお嬢様は数多の男たちを屈服させ操り、意のままに動く奴隷を作ることに愉悦を覚える猛毒令嬢だ。
一度彼女の手に堕ちればその魅力にあらがう事はできず、彼女からひと時の笑みを得ることにしか生きる意味を見出せなくなってしまうほど。
その真相を知っているのはエスターライリン家の一部と私くらいじゃないかな?
ゲーム内ではモブキャラ同然だったリリー・ホワイトがこんな色狂いだなんて最初は驚いたが、お互い利害の一致ということで不本意ではあるが傍から見たら友人と呼べる程度に悪くない関係を築いている。
「レディの部屋にいきなり入ってくるなんてとても貴族の令嬢とは思えませんね。それとも蛮族の婿を取られる方は立ち振る舞いまで優雅さを失ってしまうのかしら?あぁ、おいたわしいこと」
「相変わらずの減らず口ねぇ。元気そうでよかったわぁ」
リリーは今日のために作らせた髪飾りをがっちり結いあげ固められた髪にさし、異国風のデザインを取り入れたドレスを纏い戦闘準備は万端と言ったところだ。
婚約者から贈られたであろうアルテリシアでは見かけない細やかな細工のほどこされた髪飾りにはリリーの美しさを損なわず引き立てるように計算されつくされた意匠が施されている。
「で、なんの御用かしら?あなたと違って私はまだ謝恩会の支度がありますの。おしゃべりをしに来ただけならあとにしてくださいませんこと?」
「まぁたメイドに我がままいってぇ、困らせたんですって?」
「あなたに我が家の家人たちのしつけにまで口出しされる筋合いはありませんことよ?」
「そぉんなつまらない説教しにきたわけじゃないわぁ。家にいても退屈なのよねぇ。謝恩会が終わるまでかわいい子たちとぉ遊べないからぁ」
「もう結婚するのですからそのようなお遊びはお辞めになられたら」
「そんなこと…あなたに口出しされる筋合いはありませんことよ?」
リリーは私の口調を真似て言うと、優雅に紅茶をすすって見せた。
誰だ、こんな悪女に茶を出した者は。さっさと追い出してこそだろう。
リリーは卒業と同時に異国の王子と結婚することが決まっている。
一時不穏な空気が漂っていた隣国との関係を良好にするための政略結婚だ。
私たち貴族の令嬢ならほぼ義務みたいなものだし、よい政治の道具になるべく高度な教育と教養を身に着けているわけだからそれを不満に思ってはいない。
しかしリリーの場合ほぼ私のせいで全く顔もみたことない、それも文化も風習も全く違う男と婚約する羽目になったのだから予想外もいいところだろう。
リリーと私はかつてはオーギュスト様の婚約者候補として互いに研鑽を積んだ仲だった。
とはいえ私は早い段階でリリーの毒花に気づいておりたとえ婚約者候補として競ったなかでなくとも彼女をオーギュスト様に近づけることすら激しい嫌悪があった。
そんなとき西の隣国と我がアルテリシア皇国はとある小さなきっかけで大いに揉めた。国際問題に発展したそれは一歩間違えたら戦争にまでなっていたかもしれないが、両国とも戦争はなんとしても避けったかった。
で、持ち上がったのが政略結婚。
ちょうど隣国には3人の王子がいた。その末弟がアルテリシアに婿入りすることになったのだけどアルテリシア皇族には歳の合う女の子がいなかった。でも皇族と縁のある高位貴族には何人も女の子がいた。
そのなかにエスターライリン家と我がスティルアート家も含まれていた。
私も政略結婚の候補に挙がっていると聞いたときは驚きはしたもののこれを利用しない手はない。大臣のなかでも強い力を持つお方にすこーしお話ししてリリーこそ結婚相手に相応しいと推薦してもらった。
結果は見事に成功して無事にリリーは隣国の王子という婚約者を手に入れたというわけ。
まぁ若干7歳で男を手玉に取って操るような女の子を皇妃にしたくはないからねぇ…。
「ふふ~、元気そうで安心したわぁ。さっきちょっと様子がおかしかったみたいだからぁ」
「ようやくオーギュスト様と結婚できるので浮かれていただけですわ」
「あらそうなの~。あなたも私たちみたいに幸せな結婚ができるといいわねぇ」
「へぇ。政略結婚なのに幸せなのですか?」
「えぇ。最初はどうなることかと思ったけどぉ、カレ意外といいわぁ~」
ぽやんと頬を染めて熱っぽく呟くリリーは長い付き合いの中でも初めてみる類のものだった。数多の男に囲まれ蝶よ花よと崇められているときですらあんな顔したところはみたことがない。
「あなた好みのペットになりそうってことですの?」
「まっさかぁ!カレはペットになんてしないわぁ。正直カレに夢中でかわいい子たちのことを疎かにしてるって怒られちゃったのよねぇ。でも今はカレ意外夢中になれないっていうかぁ…」
…なんだこれ、コイバナか?
真理だったときもしたことないぞ
推しトークなら得意だけどさ…。
「リリー様がそこまで惚れ込むなんてよっぽど素敵な殿方なのでしょうね」
「ふふっ。惚れちゃダメよぉ」
「私はオーギュスト様一筋ですのでご心配なく」
「最初に婚約が決まったときはメアリー様を捩じり殺してやろうかと思いましたけど…今はとっても感謝しているのよ。お礼を言うわぁ」
「あら。ならいつか恩は返してくださいな」
「そのうちね。じゃあ行くわぁ。またあとでね」
リリー様は言いたいことだけさっさと言うと、優雅なそよ風のように部屋を後にした。
あっぶねぇえぇぇ!!!当時の私けっこう危なかったぞ!!
リリー様はあのまったりとした話し方に騙されそうになるけどやると言ったらやる人だ。
彼女の信者は数多いる。
リリー様は一言お願いしたら殺されるとまではいかなくてもそれなりの大怪我をしている可能性は大いにあるのだ。
あー。焦った…。
とはいえ。
婚約者と仲睦まじいのは良いことだけど少しだけ不安はある。
…少なからず私も関係あるけど…
どうせ最終的には婚約破棄されて全て失くなるからいいやと雑に考えていたけれど、雲行きが怪しくなってきた。
こんなことならもう少し考えておくべきだったかもしれない。
雑な判断をした当時の自分を少しだけ殴りたくなった。