96話
部屋の奥は地面も壁も灰色のコンクリートで囲まれた空間があった。テレビでしか見たことがないようなリングがあり、それを囲むようにサンドバッグやらダンベルやらバーベルやらとにかく体を鍛えるための物が転がっている。なんでトレーニングルームがあるのにわざわざここにトレーニング器具を集めているんだろう。
「おい、蔵介。こいつら能力でぶっ飛ばしちまえばいいんじゃねえか?」
言われるがまま男たちについていっている僕を見て不思議がっている様子の隼斗がこっそりと尋ねてくる。
「うーん、やっちゃってもいいとは思うけど」
「けど?」
「無能力者に対して能力者が危害を加えるのは怖い、って言うと変だけど。まあ抵抗があるのさ。そういう隼斗だって絡まれてるときに何も能力を使わなかったじゃないか」
「それは俺が『超能力者』と最近認められたからだ。俺が無能力者のやつに危害なんか加えてみろ。『無能力者にも手を出すような超能力者は俺たちが管理する!』なんていう建前で変な輩が襲い掛かってくるだろうが。とりあえず自分のはっきりとした立ち位置が分かるまでは下手なことはしないのが得策だろ?」
「わお、ちゃんと考えてるねえ」
「兄貴! 連れてきましたぜぇ!」
こそこそと話している僕たちなど気にもせず、先頭を歩いていた男がリング上にいる男に声を掛ける。
「ああ? 誰を連れてきたって?」
リング上で胡坐をかきながら本を読んでいた男が顔を上げる。うお、これはまた怖い人が現れた......
広い肩幅に厚い胸板、そして高い身長と、とにかく筋肉質な体。射殺すような鋭い目つきを隠さないようにオールバックにされた黒髪。口元から常に覗いている犬歯は男を人間ではなく獣だと思えと言わんとしているようだ。
「俺たちに絡んできた奴っすよ!」
「あー、今度こそ骨のあるやつが......って、おいおい! 大手柄だ!」
細目でマジマジとこちらを見ていた男が本を放って、そのままピョンと跳びあがって、一足でこちらの目の前にやって来る。な、なんて身体能力......! っていうか、ありえないでしょ!
「お前ら、外に出とけ!」
「うっす、兄貴!」
兄貴と呼ばれた男が隼斗と僕に絡んできた男たちを外へ追い出す。男たちは外へ出ると同時に、ボコボコに凹んでいる扉を勢いよく閉めた。今からここで人には見せられないようなことをする気満々だ。
「ここだけ法整備が届いてねえのか?」
「時代に取り残されてる感、あるよね」
隼斗と一緒に思い思いの感想を話していると、男がリングを親指で指しながら尋ねてくる。
「で、どっちが先に俺と闘うんだ?」
「「は?」」
僕らが首を傾げたことに対して、さらに首を傾げる男。いやいや、こっちはおかしくないでしょ。
ただ、男も自分が正しいと思っているらしい。ええっと。
「僕としてはもう目的を達成したので出ていきますね。ほら、隼斗」
とにかくここで残っているのはあまり得策ではないだろう。さっさと出ていこうと隼斗の手を掴んで出入り口へ向かう。
「おいおい。マジで行っちまうのか?」
男は少し焦った表情で僕を引き留めようとしてくる。ただ、隼斗を見つけた僕としてはもう構う理由もない。
「じゃあな」
隼斗も特に構う理由はないと言った様子で僕に従ってついてくる。さっさと無能力者の友達のところへ行こう。
「はあ、あんまり話したくなかったが、そうも言ってられねえか......おい、九条の坊ちゃん!」
「なんだよ、っていうか坊ちゃんて言うな。うぜえから」
だるそうに男の方へ振り返った隼斗に、いつの間にか接近していた男が掴みかかる。
「っぐあ!」
男の太い指が隼斗の首をがっちりと掴んでいる。
「! ーーー隼斗!」
隼斗が掴まれているという状況を把握すると同時に、意識が切り替わる。ーーーったく、手間取らせやがる!
素早く身を屈めて地面に手を突っ込む、そしてすぐに手を引き上げて、能力で作ったコンクリート製の棒を振りかぶる。
「おっと」
ブオン! と風を切る音だけが響く。男は隼斗から手を放して後ろに一歩飛び退いた。チッ、躱しやがったか!
「おい、大丈夫か隼斗!」
「ゴホ、ごほ! あ、ああ。問題ない」
「んだよ、お前らちゃんと浩二に会ってたんだな」
「浩二......って、平田か」
講義中に現れて、ちょっかいを掛けてきた男だ。無意識が何とやらと言っていたが。
なんで平田と会ったことを知っていたんだ。その答えは男の首にあった。
「まったく、凶暴な坊ちゃんだよなあ」
男の首には、赤い跡があった。この場で誰かに火傷したような跡をつけられるのは、隼斗の能力しかない。
「攻撃されたと分かった瞬間に能力を使ったのか?」
「いんや、もう少し早かったな。反射とかじゃなく、攻撃を仕掛けた瞬間に能力を使っていた。『無意識のうち』っていうのが正しいか? まあどうでもいいが」
なるほど、平田の教えは無駄ではなかったようだ。ただ、平田の教えが無駄ではなかったからこその疑問がある。
「お前、筋力が馬鹿みたいにあるみたいだな?」
単純な疑問だ。男の首には隼斗の能力によって生み出された『手』に掴まれた跡が残っている。
ちらりと自分の腕を見る。俺も過去に腕を隼斗の能力で掴まれたが、並みの握力ではなかった。さらに『手』自体が持っている熱も無視できない。
一度隼斗の能力に掴まれたら逃れることは非常に困難。だからこその『超能力』なのだが。
「あー、まあ筋トレしてるからな」
「......チッ、そうかよ」
冗談じゃない、筋トレ一つで超能力から逃れられて溜まるか。思わず舌打ちが出る。
何らかの手段で隼斗の超能力を解除させたことは間違いないのだ。その方法をさらりと追求してみたが、あっさり躱されてしまった。
「さて、九条の坊ちゃんはしばらく起きてこないだろうし、まずはお前からだ」
「あ? 喧嘩ならすぐに買ってやるから来いよ」
クイクイと人差し指を泳がせて男を煽る。すると男はキョトンとした後、楽しそうに笑った。
「ははは! お前、最高だ! 九条の坊ちゃんも気になるが、まずはお前からだな!」
俺の挑発には乗らず、リングまでのっそりと歩いていく男。
馬鹿が、誰に背中向けてんだ。
「ーーー」
気配を殺すなんて「こっちの俺」なら朝飯前だ。作ったばかりのコンクリート製の棒を軽く握り直し、のそのそ歩いている男に近づく。
そして射程に入ったと認識した瞬間、一瞬で殺意を爆発させる。先ほど握り直した棒を振り上げて、男の後頭部に向かって振り下ろす。
「ーーー速い、な!」
「な! ーーーぐぁ!」
俺が振り下ろした棒は男に当たらなかった。間合いを見誤ったとかいう間抜けな話じゃない。こちらをチラリとも見ずに避けやがった!
一瞬で振り返った男が俺の首を掴む。な、なんて握力だ。俺が能力を使っていなかったら首の骨を折られていてもおかしくないぜ!
ぐ、ぐ、と男が俺の首の硬さを楽しむように力を入れる。能力のお陰で痛みも苦しみもあんまりないが、男にいつまでも触られているのは気持ちいいもんじゃねえな。
「能力を使うまでの反射神経もいいし、何より確実に俺を倒そうとするその『野性味』......増々気に入っちまった! これじゃあ俺の能力は意味ねえよな! おら!」
「は? ーーーうおああ!?」
体がそのまま持ち上げられて、ブンとリングの方へ投げつけられる。おいおい、片手で投げつけられる経験は貴重だな!
リングを仕切るロープに体を受け止めてもらい、急いで体勢を立て直す。男が焦って追撃してくる様子はない、が、確実にこちらに向かって歩み寄ってくる。まるで追い詰めた動物を狩る獣のように。
「......おもしれえ」
どっちが狩られる動物か、教えてやるよ。
能力バトル、っていうより喧嘩が始まりそう。




