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能力者か無能力者か  作者: 紅茶(牛乳味)
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92話

 まずやって来たのは3号館。主に講義を行う教室がある建物。ここに来た理由は当然、大学生らしい生活を体感するためだ。

「大学生らしい生活といえば。隼斗、分かる?」

「初めての酒とデビューの勢いに任せた恋人探し」

「そういう偏見はあるのね」

「正解だな」

「堂次郎も乗らないでよ」

 正直、僕の中にもそういう偏見があるのは内緒だ。

「さっきも言ったでしょ。大学生活の基本は講義を受けて、理解したことを認めてもらうこと。前提中の前提条件、講義を受けないとね」

「冗談だ。それで、何の講義を受けるんだ?」

「ん、物理学基礎。いきなり微分積分とか線形代数とかやっても分からないだろうしね」

「そんなもんか。というか、俺も行かなくちゃダメか?」

「んー、まあ来なくてもいいけど」

「けど?」

「何か起きた時に『折角のネタを見逃した!』とか言わないでよ?」

 隼斗は超能力者。昔から超能力者として知られている雪音も狙われているというのに、超能力者になりたての隼斗なら、その実力が知りたいという奴らが襲ってきてもおかしくない。まだ襲われていないのは隼斗がこの大学に来たばかりだからだろう。

「......」

 堂次郎もそれを分かっているようだ、少し悩んだ様子を見せた後、

「......まあいつも通りの作業をするだけか。いいだろう、俺も講義を受けよう」

 と承諾したのだった。


「えー、それでは物理学基礎の講義を始めます」

 早速始まった講義。隼斗はそわそわしながらもノートと教科書を広げて教授の話を聞き始めた。

『高校は行ったり行かなかったり。まあ、色々あったんだよ』

 とは隼斗の言葉。高校は卒業しているけれど、出席日数はギリギリどころか足りていなかったらしい。隼斗を取り巻く環境がどうだったかは分からないけれど、色々あったらしい。

 そんな隼斗は講義が始まってからずっとそわそわしている。それもそうだろう。特に決められていない席に適当に座って、いざ講義が始まれば携帯電話を見だしたり、眠りはじめたり。各々が自由な行動をとりはじめる。そして、特にそれを咎めたりしない教授(人によるけれど、今回の教授は気にしない人だ)。こんなの、高校生活ではありえなかった。

 僕は特に気にしないで講義を聞いてノートを取っているけれど、隼斗にとってはなかなか慣れない環境なのでは。そんな風に思ってチラリと隼斗の顔を見ると、

「......」

 サラサラサラ、と。周りの環境に溶け込みながらも最低限自分の存在を主張するように音を立てるシャープペンシルとノート。

 至って真剣な表情で講義を受けている隼斗。他のことには気が付かない状態だと一目見て分かる。そんな表情。思わず見とれてしまうほどだ。

「ここの公式は重要ですねえ。まずこの公式の基礎は微分にありまして......」

 っと、危ない危ない。テストも大分近づいてきた。話はちゃんと聞かなくちゃ。特に公式なんていくら覚えても損はないのだから。

「......」

 カタカタカタ、と。周りの環境に一切溶け込まず必要以上に自分の存在を主張するように音を立てるキーボード。

 ひどくニヤついた表情でゲームを作っている堂次郎。他のことには気が付かない状態だと一目見て分かる、そんな表情。とりあえず涎は拭いてほしい。

 はあ。今回の講義は普段と違う意味で疲れそうだなあ。僕も眠気と闘ったり、気になるゲームの続きがしたくなったりすることはあった。そういう誘惑を払うために疲れたことはあったけれど、今回はまた別の疲れがたまりそうだよ。ほら、今も頭がぐらっとしてーーー

 ーーーおいおい、一日に何回来るんだよ。また別の疲れが溜まりそうだな。

 俺はシャーペンを机に置いて立ち上がり、後ろの席に座っている奴を睨みつける。

「何の真似だ?」

「いやいや、気づくの早すぎでしょ」

 クルクルと器用に片手でペンを回しながら俺を見上げるのは、少し老けた印象を受ける男だ。直していない寝ぐせが目立つ黒髪に、無精ひげ。怠そうな目つきにへらへらと口元を緩ませている。

「あ、俺のこと老けてるって思ったべ? まあお前らに比べたら老けてるけどなあ」

「お前のことはどうでもいい。精神系の能力者であることも分かっている」

 俺が能力に気が付いたのは、いわゆる『経験』。過去に雪音を襲いに来る数えきれないほどの能力者と闘ったから知っている。

 クルクルとペンを回しながらも、ヘラついた口元を引き締める男。

「......君、やばい奴だねえ」

 辺りに響く音は、何事もなかったかのように講義を進めている教授の話し声だけ。いや、本当に何事も起きていないように認識されているのだ。

「何が目的だ」

 ドスを利かせた声で威圧する。男はペンを持っていない方の手をポケットに入れて、そこから一本のナイフを取り出す。

「俺の能力は『周囲から認識されなくなる』っていう能力だ。お前の言う通り精神系の能力ってこった。......まあ証明した方が早いか。特に危害は加えないから見ててくれや」

 ゆっくりと立ち上がった男。そしてナイフの柄を持ち、とんとんと刃の腹で隼斗の肩を叩く。さらに、軽くナイフの刃を首に押し当てる。流石に黙っていられない俺が男の腕に手を伸ばすと、「おっと」などとおどけながら男がナイフを隼斗から話す。

 そんな一連の流れがあったことなどつゆ知らず、隼斗は先ほどまでと変わらず教授の話に夢中だ。

「これ、どう思う?」

 男がへらついた表情に戻しながら俺に尋ねてくる。意図が分からずに首を傾げる俺。すると男が笑いながらナイフを俺に向ける。

 反射的に男から距離を取ろうと体を動かすと、男が軽快に笑う。

「それそれ。いくら能力を持っていても、自分に危害が向くと思ったら防衛本能が働くものだ。特に『なんでも斬れる』なんていう能力者と闘った後はね」

「......何が言いたい?」

 なんで俺のことを知っているか、俺が戦った相手のことを知っているか。それは一先ず置いておいて相手の意図を尋ねる。

「別に俺は超能力者じゃねーけどさ。超能力者のこいつを今殺すのは難しくないってこった」

「......」

「ちなみに、白川ちゃんだったらこの状況でも俺は殺せないだろうなあ」

「ただの能力者でも超能力者を殺せる。だから隼斗を超能力者というのは変だという話か?」

「あー、まあ惜しいな。いや、ほぼ正解か? 何とも言えねえなあ」

 男はおどけた表情をしながら隼斗から離れる。......? 隼斗に危害を加えないのか?

「精神系の能力は強力な分デメリットが強い。俺の能力もその例にもれず、結構デメリットがあるのさ」

「......それ、危害を加えないことと関係あるか?」

「いや、ない」

「......」

 良く分からない男だ。これ以上の話はもう何も得られないだろう。

「もういい、黙らせる」

「!」

 俺は男に一気に近づき、硬化させた拳で殴りかかる。

「うおっと!」

 男は俺から距離を取りながら、俺をなだめるように話を始める。

「わりいわりい。そんな気分を悪くするために来たわけじゃないんだ」

 改めてよれよれのシャツの襟を正してから自己紹介を始める男。

「俺は平田浩二ひらたこうじって名前だ。よろしくな」

「いや、いきなりよろしくされても」

「ほら、名前くらい話してないとおじさんのいうこと信じてくれないだろ?」

 言いながら、さっきまで自分が座っていた席に改めて座って、俺に提案してくる。

「なあ、ちょっとゲームしねえか? お前が勝ったら、気になっていること教えてやるよ」

「いや、特に気になることはないからぶっ殺す。そうすれば面倒くさいことなく日常が戻って来るからな」

 俺が拳を振り上げると、余裕ぶった態度を一変させて、慌てたように口にする。

「お、お前女にも襲われただろ!? 俺もあいつの仲間なんだよ! 知りたくないか!? 俺たちのこと!」

「ふうむ。それは気になる情報だな。だが、はっきり言ってどうでもいいからぶちのめす」

「よ、ようし。それじゃあ九条隼斗について教えてやるよ!」

「それはこれから本人にのんびり聞くからどうでもいい」

「おいおい、本気で言ってんのかよ!? お前、九条坊ちゃんが誰かに心を開くと本気で思ってんのか!?」

「......九条、『お坊ちゃん』?」

「あ」

 教室に静寂が満ちる。ちょうど教授も黒板と向かい合っていて、チョークで黒板を叩く音だけが響く。

「......さ、さあ。これ以上知りたかったら俺とゲームで闘いな!」

「......はあ。それ、危ないことはないんだろ?」

「ああ。というか、危ないゲームだったら乗ってくれないだろう?」

「乗るも乗らないも、ゲームなんかしないで意識を飛ばさせてもらう。殴ってな」

「分かった分かった。それで、やってくれるのか?」

 危険がないのなら、これ以上無駄に疲れる戦闘用の人格でいる必要はない。適当にあしらってもらおう。

「それじゃあ素の俺が相手してやるから、ゆっくり楽しんでくれ。じゃあなーーー......で、こういう状況ってわけね」

 なんか、随分都合よく僕を使ってくれるなあ。まあいいや。

「じゃあ、やろっか」

「......お、おう」

 戸惑っている平田を横目に自分がいた席に戻って座り、平田と向かい合うために椅子を180°回転させる。そんな僕に周りが一切反応しないのはなんか気持ちが悪いなあ。

なんか、結構早めに敵について知ることができそう?

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