90話
「年季ってやつの違いね。経験の差があるのよ、超能力者さん」
痛めているであろう体を労わりながらも背筋を伸ばしてこちらに向き直る。
女が口にした『経験』という言葉で気が付いた。そうだ、超能力者っていうのは勝負が一瞬で着くものだろう。俺みたいに体そのものに作用する能力ならいざ知らず、どんな強力な能力を持っていても、本体を一瞬で倒せば関係ない。そして、それができるのが『超能力者』。超能力者の能力は対策できない。だからこそ経験がない。
そしてこれはあくまでも想像だが。隼斗は『超能力者』に認定されたと言っていた。『デーモンハンド』なんていう能力は聞いたことがない。元々能力を持っていたが誰にも知られていなかったか、最近発現したか。超能力者に認定されてから俺に出会うまでの間に能力者と闘う機会なんて数えるほどだろう。経験できるわけがない。
対して。この女には確かな経験がある。その証拠はこの状況が物語っている。ナイフにしか能力が効果しないと思わせておいて、体にも能力を作用させられるという秘密を最高のタイミングでバラした。とんでもない判断能力と言えるだろう。
「年季? 経験?」
俺がじっとりと嫌な汗を掻いていると、遠くで先ほど吹き飛ばされた隼斗がゆっくりと起き上がる。あいつ、まだ闘えるのか?
遠くで立ち上がった隼斗の額からは血が流れている。痛みからだろうか、額にしわを寄せ丸く大きい瞳を細めながらも、口角は上がったまま。
「俺にはな、『才能』があるんだよ」
「経験で覆せるものだってあるのよ。世界は広いのよ、井の中の蛙さん?」
「お前らが井の中の蛙を化け物だって認定したんだろ? 経験じゃどうにもできない化け物だ、ってな!」
隼斗が構えたと思えば、それよりも早く女が動き出す。
「デーモンハンド!」
「ショックエナジー!」
最早俺は眼中にないのだろう。二人が能力を叫びあう。
まず生み出されたのは隼斗の能力である悪魔の手。狙っているのは女の腕だ。まずはナイフを使え失くしようという狙いなのだろう。
しかしそれを読んでいたのか、女が能力を使った場所は腕だ。
「ショックエナジー!」
隼斗が作り出した手を弾きながら能力を宣言する女。そして再び弾丸のようなスピードで突っ込む女。それを見て駆け出す俺。まずい! このままだと......!
「デーモンハンド!」
先ほどと同じ手は喰らわないと言わんばかりに、吹き飛ばされた悪魔の手を消して、再び発現させる隼斗。これなら女の攻撃を対処できるだろう。
女が先ほどとまったく同じ攻撃をしたのなら。
「今度こそ再起不能になってもらうわ!」
バアン! と弾き飛ばされる隼斗が作り直した禍々しい手。そう、女は一度の能力の宣言で2ヶ所赤いオーラを纏ったのだ。それが遠くにいる俺には見えた。
一つはこの速度を得るために足に、そしてもう一つは左腕に。その左腕が隼斗の作り出した手を弾き飛ばしたのだ。
くそ、間に合うか!? そんな俺の隼斗への心配は杞憂だったようだ。
「こっちのセリフだ。今度こそ殺してやるよ」
そして、女への心配へ一瞬で切り替わる。女が繰り出した拳を止めたのは、隼斗が作り出したもう一つの手だ。
「ぅぐ! うあああああああ!」
辺りに響く女の絶叫。隼斗が作り出した悪魔の手は女が繰り出した拳ではなく、手首の辺りを捕らえている。これも才能が発揮されている直感だ。拳を受け止めるのではなく根元を止める。女が狙っている先ではない場所からの妨害には女も流石に反応が遅れたようだ。
女の白くしなやかな腕が悪魔に浸食されていく。細い腕が真っ赤に染まり、形を変える寸前。
「うおらあああ!」
隼斗の顔に殴りかかる。その俺の拳は、先ほど女が吹き飛ばしたもう片方の手が受け止める。あっちい!
「どうした? 俺を止めて「言われなくても!」
俺はもう片方の手に握っている地面から作り出した棒を思いきり隼斗の顔に振るう。
「ちょっと寝てろや!」
「ーーーぶっ!」
再び仰向けに倒れる隼斗。こいつもこいつで一日にこんなにぶっ飛ばされて大変だな。
「んで、お前も黙っとけ!」
隼斗が倒れたことで消えたデーモンハンド。その間に俺たちから距離を取った女に向かって、隼斗に振るった棒を投げる。
「あう!」
突然飛んできた棒に対処しきれなかった女が顔を庇い、隼斗につかまれなかった方の手で棒を受け止める。そしてこれ以上やる気はないのだろう、女が俺たちに背を向ける。
「まったく損な役回りね。でも上出来でしょ」
「上出来?」
「二つの手の出現。それも同時に出現させられる」
「......? それ、上出来か? お前らにとっちゃ事態が悪化したんじゃ「それより、あんた」
意味の分からないことを言っている女に指をさされる。
「なかなか強いみたいだけど。もう少し限界を超えなさいな。そうじゃないと、殺されちゃうわよ?」
「誰に言ってんだ?」
「上木蔵介くんに、よ。それじゃあね」
「あ、おい!」
俺が呼び止める間もなく、女が能力を使ったのだろう、とんでもない速度で俺たちから離れていく。あれ、便利そうでいいなあ。
「......それにしても。こんなことが続くのかよ......」
俺は倒れている隼斗の傍に座って、大きくため息を吐く。正直、雪音と遊びに行くというのがなければ動かなかったかもしれない。それほど面倒くさい条件だ。
「でもまあ」
ボソリと口から言葉が零れる。
「ちょっとは頑張ってやるよ」
さあ、あとは任せるか。俺は意識を切り替えた。
超能力者を守ってる、て変な話だよなあ。




