89話
「へえ。それじゃあ隼斗は超能力者なんだ」
隼斗と自己紹介しあって理事長室を後にした僕と隼斗。隼斗は特別な環境で育ったらしく、普通の人がどのような暮らしをしているのか知りたいそうだ。まあ紹介するのは別にいいんだけれど。
「ああ、庶民の暮らしを知りたくてな」
「庶民て。僕たちのことそんな目で見てたの?」
「そんな目で見てたな」
「むっつりスケベ」
「そっちの意味ならそんな目で見てないぜ」
というわけでぶらぶらと大学のキャンパス内を歩いているわけだけれど。うーん、普通の生活、ねえ。
とりあえず大学の講義を受けてみたり、どこかへ遊びに行ったりかなあ? 普通の生活というなら能力は関わってこないだろう。
「あら、超能力者じゃない」
「能力は関わってこないって言ってるの!」
怒りながら振り返ると、背丈の高い女性がいた。長い金髪に鋭い目つき。正直言って、雰囲気が学生っていう感じではない。大人びているといってしまえばそれで終わりなんだけれど、それだけではない感じがする。言ってしまえば、修羅場を超えてきているような雰囲気、みたいな。
「これは一筋縄じゃ「デーモンハンド」
超能力者を狙う輩だ、どうやって退けようかと考えだした瞬間、隼斗が動いた。
突如女性の前に現れる恐ろしい手が、女性の首に絡みつく。
「あぐぅ!」
「......」
女性がもがいていても一切力を緩めない。それどころか、確実に殺そうと力を込める隼斗。
瞬間、僕の意識が切り替わる。全く、面倒くさいことに巻き込まれたもんだ!
隼斗の腹に向かって硬度を上げた足を使って横蹴りを繰り出す。
「ぐあ!」
思わず手を放す隼斗。その隙に脱出する女性。
「ゴホ、ゴホ!」
苦しそうに悶える女性の首は真っ赤になっている。隼斗の能力で作られた手は力もそうだが、手自体が持っている熱も軽視できない。
「おい、あんた! さっさと逃げろ!」
「......そういうわけにもいかないのよねえ」
胸元から一本の棒を取り出す女性。それを軽く振るうと、鈍色の刃が現れる。折り畳み式のナイフとでも言うべきだろうか。
こうなってしまうと面倒くさい。拳を構える相手を迷いながら、先ほど清木教授に頼まれたことを思い出すーーー
「はあ? 隼斗が人を殺さないように見張れ?」
「うん。君にしかお願いできないと思ってさ」
「はあ......あのな、清木教授」
どこから説明するべきか。というか、全部知っていて清木教授は話しているんだろうが......。
少し悩んでから話始める。
「おい隼斗。お前、超能力者に選ばれる奴の条件って知ってるか?」
「さあ。俺みたいにとんでもなく強い奴、っていう感じじゃねえのか?」
「とんでもなく強いっていうのは間違いないんだがな。それはある程度定義されているんだ」
俺は指を3本立てて一つ一つ話していく。
「一つ。能力のクールタイムがないこと。まあこれは分かりやすいだろう」
クールタイム。一度能力を使ってからもう一度使うまでにかかる時間だ。これがあると超能力者に認定されない。
「二つ。人を殺すことが容易である能力であること」
指を折りながら説明する。これも分かりやすいだろう。これは別に能力そのもので人を殺せなくてもよい。琴葉という超能力者。あいつの能力も透明人間になることだったが、別に自分が透明になったところで人は殺せないだろう。ただ、ナイフ一本持っていれば琴葉は人を殺すことに苦労しない。そういう定義だ。
「そして最後に。知っていてもどうしようもないっていう条件だ」
最後に残っていた指を折りながら話す。これは少し複雑、というか曖昧だ。対策が一切出来ないということ、というのとも少し違う。
例えば、炎を出す能力者がいたら炎の対策をしてしまえば能力を無効化できる。剣を作り出す能力者なら遠くから銃で撃てば能力は意味をなさない。つまり、能力が意味をなさなくされるかどうか。これが条件なのだ。
「だから隼斗が超能力者と認められたということは、公的にどうしようもないということが認められたってことだ。俺だって無敵じゃないしな」
前に超能力者である琴葉を倒せたのはたまたま全てが合致したからにすぎない。金属探知機が用意してあることを見越して凶器を持ち込めなかった。相手は雪音を無力化してすぐに立ち去りたかった(時間制限があった)。あとは本当にたまたま、俺の能力が琴葉の超能力の対策になったということだ。これが雪音や隼斗だったら俺は一瞬で殺されていただろう。
「というわけで、だ。隼斗がその気になれさえすればここの全員が殺されるんだぜ? そんなやつを見張れなんて言うのは無理だ。もっと強い奴に頼んでくれ」
「うーん、そういうわけにもいかないんだよねえ。別に今回の目的はそれが全部じゃないから。『隼斗くんに普通の生活を教えてあげる』こと。隼斗君が人を殺さないように見張ることはついでだからさ。人を殺しかねないやつに普通の生活を教えるのはどうしても気が引けちゃうでしょ? だから、君なんだよ」
「......俺の『二重人格』の方が本来の目当て、ってことか」
「そういうこと。普段の君は隼斗君に一般人の生活を教える。で、隼斗君が誰かを殺しそうになったら今の君が隼斗君を止める。君にしか出来ないでしょ?」
「まあ、無理じゃないが」
俺がこの大学に入学する前。雪音という存在は当然知っていたし、雪音が能力者だというせいでいじめられていたことも知っていた。なのに、『能力者』という存在は知らなかった。そういう微妙な認識の違いを作ることは一応できる。
「それじゃあお願いだよ上木君」
「嫌だね。俺はもう疲れたんだ。それにやらなくちゃいけない課題も多いしな」
正直、『防人』の本来の仕事は報酬以上にこなした。『つもり』ではなく、心の底から報酬以上にこなしたと考えている。
だからこそ、たまには俺の考えが通ってもいいだろう。
「あれ? でも普段の君は『事情さえ話せば協力する』って言ってたよ?」
「余計なことを......」
普段の自分を殴りたくなる。別に普段の俺だってお人よしというわけでもないし、面倒くさがりなはずなんだが。
「まあそれはそれ。俺はこれ以上ただ働きするつもりは」
「清治? 次の仕事がそろそろあるよ」
と、そこまで言ったところで立花学長が入ってくる。そして、俺の顔を見て首を傾げる。
「あれ、上木。なにしてるの?」
「清木教授に頼みごとをされていてな。断っているところだ」
「珍しいね、上木が断るなんて。っていうか『そっち』の状態なんだね」
と、立花学長が事情を聞いてくるので、今までの経緯を話す。
「うーん。まあ上木の言い分も分かるし、清治の頼み事、というか九条に普通の生活を教えてあげたいっていう気持ちも分かるし尊重したい」
「というか大人の能力者に何とかさせてくれよ」
「それも普通の生活だけれど、それは大人が考える普通の生活でしょ? 私たちが教えてあげたいのは学生の普通の生活。遊ぶことも覚えてほしいの」
「むう。それを言われると弱いな」
隼斗はどうやら生まれ育った境遇が特別だから普通の生活を知らない。普通の生活を避けている人間とは事情が違うだろう。
「うーん。あ、それじゃあ上木。夏休みに雪音と遊びに行ってきてもいいよ。私たちが色々と手配してあげる」
「本当か!?」
「う、うん。予想以上の食いつきだね」
夏は近いどころかもう夏に入っていると言っても過言ではない。もちろん雪音を遊びに誘うつもりはあったが、雪音は超能力者。一般人の俺の誘いを受けるにも考えることがあるだろう。そういった不安をそちらで色々と改称してくれるなら雪音も遊びに行きやすいだろう。
「ならやってやるよ。感謝してくれよ、清木教授」
「うん。いつもありがとね」
「本当に感謝されると気味が悪いな」
「酷いね。まあ、雪音ちゃんと遊びに行ってくるのはいいけど、その前に試験があるから。単位は落とさないようにね?」
「......試験の話はやめてくれ」
俺が一喜一憂している横で、ボーっとしている様子なのが隼斗だ。
(誰かと遊びに行く予定を楽しんで。試験が億劫だと感じて。一つ一つの出来事に一喜一憂する......)
「......これが『普通の生活』、なのか」
「あ? なんか言ったか?」
「なんでもねえよ。交渉が成立したならしっかりしてくれよ?」
「言われなくてもしっかりするさ」
ーーー俺がこうなってしまった経緯を思い出していると、女性がナイフを構えて隼斗に襲い掛かる。
「『ショックエナジー』!」
女が宣言すると、ナイフがほんのりと赤いオーラを纏う。俺に妨害された隼斗はまだ体勢を整え切れていない。仕方ねえ!
隼斗と女性の間に割って入り、体の硬度を上げる。ちょっと痛い目見てもらうぜ。
「喰らいなさい!」
「誰が簡単にーーー!?」
女が振り下ろしたナイフ。それを弾こうとした俺の腕がナイフに触れた瞬間、ありえないほどの力が腕に伝わる。
「っぐあ!」
無理やり腕がぐるんと回されるほどの衝撃。そのままつんのめってしまった俺は地面に手を着く。女はそこを狙って回し蹴りを俺の顔に繰り出す。
「吹っ飛びなさい!」
「ーーっぶ!」
正面から女の靴を受け止める。軽く頭が揺さぶられるが、逆に言えばそれだけ。対して女は。
「いっつぅ......!」
一般人が電柱に思いきり蹴りを繰り出したようなものだ。攻撃を仕掛けたはずの女がダメージを喰らうのは当然だろう。
「今度は俺の番だな!」
地面についていた手をさらに地面に沈めて、一振りの棒を作り出して握りこむ。それを振り上げて攻撃を仕掛けようとした瞬間、俺の腕が動かなくなる。この握力と熱は、
「隼斗! なにすんだ!」
「おいおい、俺は超能力者だぜ? まだ相手に敵意があるなら俺一人で十分、だ!」
俺の腕が解放されたと思ったら、女に向かって能力を使う隼斗。
「デーモンハンド!」
「ショックエナジー!」
それに合わせて女が動いた。目の前に手が現れた瞬間に一歩引いて、ナイフでそれを弾く。手は破壊されないまでも、軽く吹き飛ばされる。
「ッチ!」
隼斗がもう一度手を消してから能力を繰り出そうとした隙を狙って、女が隼斗に接近する。まずい、あのナイフが隼斗に触れたらどうなるか分かんねえ!
「ショックエナジー!」
三度、赤いオーラを纏うナイフ。その刃が隼斗に向いている隙に横から攻撃を仕掛ける。
「喰らえ!」
棒を振りかざして女に振り下ろすと、流石にこちらに対応しなければいけないと考えたのか、女が俺に向かってナイフを振るう。
「うおっと!」
棒がナイフに触れた瞬間に、棒が吹き飛ばされる。たまらず棒から手を放して衝撃を逃がし、改めて女に拳を振るう。
「喰らえ!」
「そんな攻撃!」
女は俺の攻撃を躱して、ナイフを振りかざしてくる。それが俺に触れた瞬間、ナイフが砕けた。俺が硬度を変えたのだ。言ってしまえば、鉄に向かって土でできたナイフをぶつけたようなもの。能力が使われていないのならナイフは簡単に壊せる。
「止めだ! デーモンハンド!」
その攻防を見ていた隼斗が勝ちを確信したのだろう、能力を使って女の首に手を伸ばすーーー瞬間。
「ショックエナジー!」
女が能力を使った。ナイフは砕けているはずなのに、一体何にーーー。その答えは、女の体を見た瞬間に分かった。女の足が、赤いオーラを纏っているのだ。
女が体勢を低くして地面を蹴った瞬間、地面がひび割れてロケットのように女が飛ぶ。狙う先は当然というべきか、隼斗の方だ。
「なーーー」
「吹っ飛びなさい!」
飛んでいった女の体当たりを避けることもできずに喰らう隼斗。
「いったぁ......」
吹き飛ばされた隼斗に対して、多少の痛みで済んでいる女。おいおい、超能力者を対処しちまったっていうのかよ......?
一体何者で、何が目的なんだ。




