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能力者か無能力者か  作者: 紅茶(牛乳味)
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86話

「ゲホ、ゲホ......あー、いって......」

 廊下の真ん中であおむけに倒れる俺。天井に付けられている照明がチカチカと点滅している。大分ダメージを受けてしまった。

 そんなボロボロな俺の体はもうこれ以上動きたくないと主張している。俺は立ち止まるわけにはいかない、みたいな熱い感情も別に湧いてこない。

「お前、マジで面白くなくなっちまったな」

 倒れたまま動かない俺を見下ろす男。額に手を当てて、呆れたようにため息を吐きながら首を振る様子は、まさに失望としたということを表現している。そうは言われてもなあ......。

「なんていうかさ。『僕』、そこまで熱くなれないんだよね」

 能力を解除して、戦闘状態も解く。もう寝てしまいたいぐらいの気持ちだ。最早自分でも不思議なくらい。

 ただ、不思議というのは『今』熱くなれていないことではない。『今回の騒動を通して』熱くなれていないことだ。栞奈さんと朝倉君の二人と同時に話した時もそうだけれど、面倒くさいが先行する。

 動かないどころか戦闘状態すら解除した僕を見てさらに肩を落とす男。

「はあ、このまま殺してもいいんだが......。ん、そういえば」

 ふと落胆していた表情を変えて、額に当てていた手を顎に当てて何かを考え出す男。なんだろう?

 ひょいっと体を起こして、その場に座って男のリアクションを待つ。

「お前の名前って上木......上木、蔵介、だっけか?」

「えぇ......ちゃんと分かってないのに闘ってたの?」

「いいからさあ。上木蔵介だよな?」

「そうだけど」

(確か上木蔵介と闘うときに注意しなければいけないことがあったよな......。亜衣さんはなんていってたっけか......)

 ......大分考えているようだ。その間に先ほどまでは余裕がなくて観察していなかった男の容姿に目を向ける。ツンツンと尖らせた短髪の色は白。身長は平均的だけれど、胸板が厚く、どっしりとした体形だ。特段整った顔立ちというわけではないので、これ以上説明することもないなあ。

「......あ、思い出したぞ!」

「うわ。いきなり大きな声を挙げないでよ」

 誇張なしに1分ほど考えていた男が声を挙げる。突然の大声に、ボーっと考えていた僕の体がビクっと跳ねる。もうちょっと普通にリアクションしてほしい。

「そうだそうだ。俺の名前は『土門怜雄どもんれお』だ」

「え、自分の名前を思い出すのに1分もかかったの......?」

「違う違う!」

 思わず苦々しい表情をしてしまったのが自分でも分かる。そんな僕の表情を見て、自分の名前を名乗った理由を話し出す怜雄。

「実はな......あー、これは言っちゃダメか。ある人から言われてたんだよ。『上木蔵介』を相手にするなら自分の名前より言っちゃいけないことをな」

「そんなに怜雄って有名人なの?」

「逆だ逆。こんな組織に入っているくらいだからな、名前ってやつは個人情報で......あー、難しいことは良く分かんねえけど、あんまり話すのが良くないんだとよ」

「まあそりゃあねえ。殺し屋でしょ?」

「ああ。天職だ!」

「転職した方がいいけどね。それで、なんでそんな重要な個人情報を僕に教えてくれたのさ」

 今のところ話を聞いていて、僕に名前を名乗った理由が分からない。別に名前を教えたからって話しちゃいけないことを話してもいいってわけじゃないと思うけど。

「もちろん、お前を本気にさせるためだ!」

「具体的には?」

「お前に話しちゃいけないことを話すためだ」

 ......やばい。怜雄は相当頭が悪いようだ。

「ちなみに、どういう理屈?」

「お前は昨日食べた夕飯と比較するような情報が機密情報だと思うか?」

「......思わないけど」

「そういうことだ」

「どういうことさ」

 別に話したからって個人情報がご飯のメニューが同列の扱いになるとは思わないけれど。

「まあそのくらい俺の名前はどうでもいい情報になったってことだ!」

「はあ。まあ情報がもらえるなら何でもいいや」

 もらえなくてもどうでもいいけどね。僕は心の中で付け足しながら怜雄が持っている情報を待つ。

「ゴホン。えーっとだな、俺は今回朝倉幸助を殺しに来たんだが」

「そうみたいだね。まあ怜雄じゃ倒せないと思うけど」

「言ってくれるぜ。お前をさっさと殺して朝倉のところへ行きたいんだが、お前の全力を倒さないと俺がお前に勝ったとは言えないだろ?」

「......怜雄はどこを目指してるのさ」

「もちろん、最強だ! 超能力者すらも超える!」

「おめでたい頭で何よりだよ。それで? 話が逸れているけど」

「あーっと......そうだそうだ。俺は朝倉幸助以外にやれそうなら殺してほしい人間が二人いるんだ」

「......二人? 栞奈さんと僕のこと?」

「栞奈様......いや、栞奈のことじゃねえなあ」

 一瞬怜雄が慌てて口を閉じる。何かそこまで重要なことを言ってしまったのだろうか?

「......? それじゃあ、誰のこと?」

 まあ気にはなるけれど、それ以上に気になることがあるので、話の続きを促す。まあ本当に重要な話だったら聞き返してもしょうがないしね。

「一人はお前だ、上木蔵介!」

「どうも。上木蔵介でーす」

 改めて指さされたので、ピースをして気の抜けた返事をする。もちろん、茶化している。

 そんな僕の茶化しには一切反応せずに、怜雄が口を開く。

「もう一人は、現存する能力者の中で最強と言われている、超能力者の『白川雪音』だ!」

「............え?」

 ゆ、きね? 雪音? なんで雪音の名前が怜雄の口から出てくるんだ?

「ひゅー! 口にするだけでぞくぞくするなあ! 『超能力者』だってよ!」

 そんな興奮した怜雄の声が耳を通り抜けていく。血の気が引いているのが自分でも分かる。もし僕がここで怜雄に殺されでもしたら......。

「なあ、超能力者でも爆弾は効くよな!? 白川が能力を使う前に、一般人を装って爆弾で吹き飛ばすってことはできそうだよな! どんな表情なんだろうな? いや、表情すらも見れないんだろうな、一瞬で死んじまうから! 楽しみでしょうがないぜ!」

 その言葉を聞いて、僕の脳裏に何かがよぎる。

 ーーー遠い昔。雪音が、苦しそうに眉間にしわを寄せていて。頬や額、口からは血が流れていて。でも、僕の顔を見た雪音が涙を滲ませながら無理やり作った笑顔で、「ーーー」って僕に伝えてーーー

 その時から、『俺』が生まれたんだ。




『栞奈殿、今時間は大丈夫でござるか?』

『んー?』

 私が本部事務所で作業していると、見知った顔が訪問してきた。まったく、

『杏、来客は全部断れって言っておいたと思うけど?』

『申し訳ございません。ただ、話だけでも』

『......はあ。杏に免じて話を聞いてあげる。なにさ?』

 私は茶筒を棚から取り出して杏に投げ渡す。杏は慣れた手つきで急須に茶葉とお湯を入れて、茶葉を蒸らしている間に私と幸助の分のカップを用意する。......ふうん、お湯がすでに沸いてるってことは私が幸助を追い返さないって分かってたんだ。

『ちょっと、ムカつく』

『? なにか?』

『ん、何でもないよ。さあ、幸助も立ちっぱなしじゃなんだし座ってよ』

 ニコニコと微笑んでいる幸助をソファに腰かけさせて、その対面に私も腰掛ける。そのタイミングで、お茶を運んでくる杏。

『? この小瓶はなんでござるか?』

『砂糖とミルクだが?』

『......ここではお茶に砂糖とミルクを入れるんでござるか?』

『いや、私がおかしいみたいに聞かないでよ。今どきの子は緑茶よりも紅茶派なの。緑茶って年寄り臭いみたいだね』

『その様子だと、順調みたいでござるな』

 紅茶に砂糖とミルクを入れてカップに口を付けながらそんなことを言う幸助。順調、というのは私がリーダーの組織、『栞奈御庭番』の調子のことだろう。

『まあね。良く分かったね』

 事務所の中は重要な書類と、客が来たときに用意するお茶や茶請けを除いたらほとんど家具しかない。もちろん他にもこまごまとした物はあるけれど、決して豪華な物があったりするわけではない。それこそシャンデリアとかね。

『それはまあ、手慣れている様子でござったからなあ。さぞかしたくさんの配下を得られているのであろう?』

 杏の手つきや、私が今時の子に合わせたお茶を用意していることから推測したのだろう。よく見ている男だ。

『それで、こんな世間話をしに来たんじゃないでしょ? なに?』

『いやなに。拙者の雇い主が殺されたようで』

『それはなんて言っていいやら、っていう感じだね』

『もちろんご飯を食べさせてもらっていた身であるから、悲しさというか寂しさはあるでござる。ただ、殺されて当然なことをしていたし、拙者もそれに応えていたでござるからねえ』

『......まあ思い出話をしたいなら営業時間外にお願いするよ。それで、何の用事?』

『......拙者の雇い主はろくな人間ではなかったでござる。人殺しで稼いでいたわけでござるから』

『だから、思い出話なら『栞奈殿。このままだと、お主もろくな死に方をしないでござるよ』

 シン、と静寂が場を支配する。しばらく幸助と見つめあう.....いや、睨みあう。

『さっきも言ったでござるが、雇い主に対して何か特別な感情はないでござるよ』

 一気に冷たく、重くなった空気を切り裂くように幸助が朗らかに話し出す。

『ただ。そういうことをしていると大きく恨みを買う、という忠告をしに来たんでござるよ』

『......へえ、気づいてるんだ』

『まあ一応、内偵の任務は多かったでござるから。誰がやったのかを知るのは難しくないでござる』

 幸助の雇い主が殺された。これは私がやったことだ。理由は、

『それじゃあ話が早いね。私の仲間にならない?』

 これが一つ。幸助は能力は単純なものだけれど、鍛え抜かれた身体能力や、先ほどのように情報を集めることに非常に長けている。孤児院では誰が幸助を引き取るかのオークションになっていたくらいだ。彼のことが戦力としてほしいというのは本音だ。

『いいや。遠慮しておくでござるよ。それより、もう一度忠告しておくでござるよ』

『なに?』

 朗らかな口調で喋っていたかと思えば、一気に表情を引き締めて、低い口調で脅すように言葉を突き付けてくる。

『間違った道に進むな』

 私の話を断るのは軽い口調のくせに、私が悪の道に染まろうとしているのは全力で止める。......正直、気に食わない男だ。

『......忠告だけ受け取っておく。でもこれが私のやり方だから』

 先ほど話した、幸助の雇い主を私が殺した理由。それは私の能力を馬鹿にしたから。下位互換などという不名誉な評価を下したからだ。幸助の雇い主は、まさに、私に超能力者の成り損ないと言ってきた本人なのだ。

『まあ言いたいことは言い終わったでござるよ。それでは』

 幸助はひらひらと手を振りながら、事務所から出ていく。杏も特に止めることなく幸助を見送り、カップを片付け始めた。

 ちらりと片づけをしている杏の方を見ると、特に表情は変わっていない。杏は忠誠心が非常に高い。正直、私が間違った道に進んでいることを忠告されたら、怒ると思っていた。でも、穏やかな表情で雑務をこなしている。つまり、杏も間違っていると思っているのだ。

『......難しいなあ』

 人に自分を認めさせるのって。心の中で付け足す。

 でも、そんな感傷に浸っている場合ではない。栞奈御庭番は数十人の規模で動いている組織なのだから。

 私は自分の机に戻り、再び書類と睨めっこを始めた。


『さて、もう見過ごせないでござるよ、栞奈殿』

 再び私の事務所に入ってきた幸助。血にまみれた和服姿が目立つ。

『......よく一人でここまでこれたね?』

『まあ門下生の力も借りつつでござるよ。いや、門下生というか同志というか家族というか』

 幸助は雇い主が殺された後、道場を開いて、そこで修業をしつつ同志と一緒に研鑽しているらしい。ただ、幸助だけ能力が頭一つ抜けているので、他の人に教えることが多い。つまり、門下生と師匠のような関係になっているようだ。

 まあそんな話はどうでもよくて。

『よくもここまで邪魔してくれたね』

『まあ邪魔するというかなんというか。栞奈殿が今度手にかけようとしているのは、拙者たちの出身の村らしいでござるね?』

 そう。ちょうど私たちは出身の孤児院を襲撃しようとしていたところだ。そこを幸助たちが邪魔しに来たのだ。

『なぜでござる? あそこは悪いことなど『諸悪の根源、だから』

 幸助の言葉を遮って、口を開く。ほんの扉一枚隔てた場所では闘いの喧騒が聞こえる。

『私たち能力者を、無能力者にこき使われる存在にしている場所だからだよ』

 そこで、懐からスッと短刀を取り出して構える。本当に、気に入らない男だ。

『それでは、止めねばならぬな』

『『『栞奈様!』』』

 そこでなだれ込んでくるボロボロの配下たち。全員私の仲間だ。血を流していたり、骨が折れているのだろうか、片腕を庇っている者もいる。

『あー、やっぱりちゃんと仕留めておくべきだったでござるかね』

 困ったように頬をポリポリと掻く幸助。まさか、この人数差でも相手を気遣って闘っていたの? そして、敵を生かしているだなんて。

『同志たちは杏殿や胡桃殿、桃殿はひきつけておいてくれているみたいでござるな。感謝でござるよ』

『この人数差で随分余裕そうだね』

 言っている私の方が声が震えている。

 分かっている。私の方が圧倒的に有利だって。

 でも、ここで幸助に負けたりしたら。

 私の『プライド』がーーー

『はあっ!』

 幸助が木刀を構えて動き始める。真剣じゃ、ない。どこまでも、私たちを馬鹿にしている男だ。

 でも。

『............』

 思わず、見とれてしまう。まさに、悪役を相手に切った張ったの大立ち回り。

 私が、幼いころに幸助に本で見せてもらったものが、現実に表れているのだ。

 気に入らない男。そう考えるのは、私がひねくれているからなのだろう。

 私は結局復讐をしていただけ。幸助は道場を開いて前に進んでいる。それがまるで、幸助の方が上だと見せつけられているように感じたから。

 同じ道を目指していたはずなのに、他人の言葉で勝手に隔たりを感じて。いつの間にか、無能力者にも手を掛けようとして。そして、それを止めに来られて。正義は向こうにあるんだって見せつけられたような気がして。

 そんな風に、いくら劣等感を感じでも。私は幸助を振り払って進めるほど強くはない。

『......降伏するよ、幸助』

『!?』

『そんな、栞奈様......!』

『私たちはもっと頑張れますよ! こんな男一人......!』

『みんなも感じてるでしょ。幸助には勝てない。ここで一旦栞奈御庭番は解散する』

 私が宣言すると、みんなが渋々といった様子で武器を下ろす。その様子を見て、幸助がへにゃっと笑う。

『良かったでござるよ、栞奈殿。それじゃあ『でも。幸助』

 私は幸助の言葉を遮って、宣言する。

『いつか絶対。次は一対一で勝ちに来るから』

 そう一方的に言い残して、能力を使ってその場から立ち去った。


 あの時なんでそんな言葉を残したか当時は分からなかった。やっぱり幸助の方が強いんだって見せつけられて、悔しさでぐちゃぐちゃだった。

 でも、今ならなんであんなことを言ったのか分かる。

 私は間違っていた。いや、今も幸助が大嫌いだということは、今も間違っているんだろう。

 だから。成長した私を倒してほしいんだ。間違っている私を、完璧に否定してほしいんだ。

 過去の行い、そして今の感情が『間違っている』と理解した私を、引っ張り出してほしいんだ。

 幸助に。

 助けてほしいんだ。

物事には理由がある場合が多いと思います。それが重要なら重要なほど。

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