85話
「いてえ! いてえよ!」
俺の足元で蠢く男。倒れた拍子に放り投げられたカバンからは大量の野球ボールが転がる。なんでこんなものが入っているんだ?
「今忙しいからさっさといなくなってくれねえか?」
俺はいまだに痛がっている男にそんなことを尋ねる。そう、今は忙しい。良く分からないが栞奈が朝倉君を襲いに行きやがった。なにか深いわけがあるとは思うのだが、理由がなかった場合朝倉君が危ない。
そして俺の不安を裏付けるというわけではないが。今まで栞奈は俺を様々な手段で危険に晒した。そいつが俺たちの敵だということを否定するのは難しい。
というわけで真相をはっきりさせるためにもさっさと栞奈と合流したい、のだが。
「なめんじゃねえぞ!」
叫びながら転がっていた野球ボールの内一つを拾い上げて、俺から距離を取ってそれを構える。恐らく男が投げてくるであろうボールを受け止めるのは容易い。容易いが、先ほどの『爆発』のことを考えると、このボールが爆弾になっている可能性がある。
「なら、よっと!」
俺は壁に手を当てて能力を使う。豆腐のように柔らかくなった壁に手を突っ込み、男に向かって投げつける。
「ぐ!」
男はボールを投げることができず、俺が投げつけた石の破片を腕で防ぐのが精いっぱいの様子だ。そのチャンスを逃す俺ではない。一気に近づいて、今度こそ相手を仕留めるための拳を振りかぶりーーー
「『エクスプローション』!」
突然背中にやって来た衝撃をそのまま受け止めて、大きく前に吹き飛ばされてしまう。そして既に視界が回復している男が、飛んできた俺の腹に蹴りを入れる。
「ぅぐ!」
「まだまだあ!」
当然体の硬度は上げている。しかし、まだ神経を切っているわけではない。脂汗がどっとあふれ出るような、鈍く、気持ちが悪くなる痛み。
そこに追い打ちをかけるように男が手に持っていた野球ボールを俺に投げつけてくる。これを爆発させられたら、流石にまずい!
「っ! うらあ!」
もはや意地と勘だけで腕を振るう。すると、俺の腕に何かがぶつかったのが分かる。すかさず能力を使ってボールを柔らかくし、そのまま腕を振り切ってボールを壁にぶつける。すると、ボールは簡単に形を崩して破片となり、床に降り注いだ。
「もう対処されたのかよ......。お前、面白い奴だなあ!」
一瞬目を見開いた男が両手でパチパチと大げさに拍手をして屈託のない笑みと大きな笑い声をあげる。随分余裕そうだな。
そして、今の攻防で俺は大分消耗してしまった。体力というよりもダメージを受けすぎてしまったのだ。
前に少し説明したが、俺は基本的に痛覚をシャットダウンしない。痛覚っていうのは体からの危険信号。怯みなどは一切なくなるが、突然意識がなくなる可能性もある。それを回避するために、攻撃を躱すなどの行為が必要になる。
ただ。痛みを感じるということは、それだけ疲弊する。もちろん恐怖心などの闘う際に全力を発揮できない邪魔な要素は能力で縛っている。しかしそれはあくまでも最低限だ。敵の攻撃に対して完全に恐怖心がない場合は攻撃を受け止めるのみになる。それでは痛覚を残している意味がない。
そういうわけで、攻撃を受けるというのは出来る限り避けたい。避けたいところだが、『爆発』という現象を躱すのは簡単ではない。硬度を下げるなど出来ないしな。
「どうしたもんか......」
ただ、相手の能力はなんとなく検討が付いている。それは、『球体を爆弾に変える』というもの。
今俺が能力を使って野球ボールを弾いたらボールは爆発しなかった。この理由は恐らく、ボールが柔らかくなって形が変わったから。そう考えれば爆発しなかった理由も納得できる。
「いつまで考え込んでやがる! 次行くぜ!」
「ーーーっふ!」
男が野球ボールを拾い上げようとした瞬間、俺は一気に近づいて拳を振り上げる。こいつがいくら能力者とはいえ、自分の爆発は効果を受けないなんてことはないはずだ。俺が近づいたときにボールを爆発させる場合、自分も巻き込まれてしまうだろう。さあ、どうする?
「やっぱおもしれえ!」
俺が拳を男にぶつけようとした瞬間、男が軽く飛び跳ねる。そして男が履いている靴の裏が一瞬見えたかと思えば、
「エクスプローション!」
爆発が起こった。その爆発は俺を襲わず、男にだけ作用した。なんと爆発を足の裏で受け止めて、男は俺から離れるように吹き飛んだのだ。
「な!?」
突然起こった爆発を少しでも和らげるために腕で顔を守る。先ほどまでと比べると大分小さな爆発ではあったが、それでも少しの煙が辺りを漂う。
そして煙が晴れたころには、大分遠くに男が立っているのが見えた。
「これが俺の緊急脱出だ!」
遠くからそんな声が聞こえてくる。一瞬見えた靴の裏。そこにはいくつか小さな球体が埋め込まれていた。爆発を足の裏で受け止めたのではなく、足の裏で爆発を起こしたのだろう。自分の能力について良く分かっている奴だ。
ただ。別に俺の目標はあの男を拘束することではない。朝倉を襲おうとしている栞奈を止めることだ。
「そういうわけで、じゃあな」
俺の声は聞こえていないだろうが、一応別れの言葉を口にしてから男に背を向けて走り出す。朝倉君がまだ無事だといいが......。
「挨拶はこのくらいにして、歌っちゃうよー!」
そんなマイク越しの声が小さくだが聞こえてくる。そしてそれに続くように歓声が聞こえてくる。
「あー?」
この声、どこかで聞いたことが......って、古木さんの声か。
古木春奈さん。以前雪音を狙った組織をおびき寄せるために活躍してくれたアイドルだ。彼女も能力者で、『周囲の意識を自分に向ける』能力がある。ちなみにこの能力の存在を知っていると、ある程度影響を受けずに済む。脳に作用する能力の大半はこのデメリットが当てはまるものだ。
「あ、だからか」
廊下を走りながらそんな言葉が勝手に口から漏れる。先ほどまで爆発騒ぎを起こしていたのに誰も止めに来たりしなかったのは、古木さんに観客が釘付けだったからか。なるほど、このタイミングで朝倉君を囮にするのも計算通りというわけだ。
「随分綿密な計画なことで」
そして、その計画は何のためなのだろうか。朝倉君が関わってくるのは間違いないが、朝倉君を守るためか、襲うためなのかーーー
「おい、随分つまんねえことしやがったな」
すぐ後ろから聞こえてきたその声に反応して、反射的に身構える。
「エクスプローション」
振り返ったときには目の前に球体が飛んでいて、そしてそれが
爆発した。
『君の能力はなあに?』
『見てもらった方が早いだろうな』
『わあ、可愛い人形だね』
『ふん、よく言われてきた。まあ動かせたりといろいろできるわけだが、こんな能力は結局侮られて終わりだ。子供たちとの人形遊びにしかならん』
『......ねえ。それ、色々な使い方ができると思うよ? ただ可愛い人形で終わらせたくないと思わない?』
『......なんだと『ただし。教えてあげるのは、私の組織に入ってくれた場合だけ』
『やあ。随分暴れまわっているね』
『......女性、ですか。さっさといなくなってくれませんか? あなたも標的にされてしまいますよ』
『随分雑に扱われているね。それで、何も考えないでその能力を主人のために振るっているんだ』
『知ったような口を聞かないでください。あなたをここで始末するのも『ねえ、主人を変えるつもりはない? 今より充実した人生を保証するよ』
『......少しだけ、話してみてください』
『あなた、お絵描きが好きなんだね』
『何者だ。身分によっては嚙み殺すぞ』
『......そんなに楽しそうにお絵描きしていたのに、それを人殺しの道具で終わらせるんだ?』
『っ! 貴様も『ここ』の出身だから分かるだろう! 私は、......私たちは、どんなものでも利用しないと生きていけないんだ......』
『私は嫌だなあ。私の能力をしっかりと評価できない存在に跪いて、自分がやりたくないことをするなんて』
『理想論はいくらでも見てきた』
『じゃあ、実現する瞬間も見せてあげるよ。失敗したら、死んで償う。どう?』
『......狂っているな、貴様は。だが、付いていくのも面白そうだ』
『私が狂っている? ふふふ、違うでしょ?』
杏も、胡桃も、桃も。私がやろうとしていることを聞いて、拒否せずに私に付いてきた。
『私も、狂っているでしょ。この組織に入るみんな狂ってるよ』
「幸助」
「む、栞奈殿。どうしたんでござるか?」
複雑な通路を抜けた場所にある、少し広めの部屋。10人くらいが利用することを前提に作られている控室だ。そこで幸助は本を読みながら待機していた。
「というか、蔵介殿は?」
「置いてきたよ。さあ、あの時の続きをしようか」
私は懐から短刀を取り出して、鞘を抜き、鈍色の刃を幸助に向かって構える。
幸助は少し考えた素振りを見せた後、決心した様子で腰に提げられている木刀を私に向かって構えた。
「まったく、うまくいかないものでござるね」
「蔵介君が来る前に終わらせようか」
お互いに睨みあいながら間合いを計る。ピリッと痺れるような空気。短刀を握っている手は汗まみれだし、呼吸も浅くなっている。
でも。私はここで証明してみせる。
私の能力が幸助よりも優れているって。
二つの闘いの結末はいかに。
※投稿間隔が空いてしまい申し訳ございませんでした。また毎週投稿していこうと思うので、お付き合いください。
ちなみに、第2部はあと1,2話で終わる予定です。第3部の内容は結構深いところまで考えてあるので、早く執筆したいです。




