75話
「あーっと、それで、だ。君は誰だい?」
「......簡単に名乗るとでも?」
「それもそうか」
蓄えた白い顎髭をさすりながら微笑むおじいさん。余裕があるのはもちろんだけれど、敵意がないという印象を受ける。なにを考えているんだ?
ただ。敵意がないという印象はともかく、この図書館にいた人間はこのおじいさんに操られている。目の前で跪いている司書さんがその証拠だ。胡桃に襲い掛かったのはこのおじいさんということで間違いないだろう。
僕は身構えながら目の前の敵の情報を探るために口を開く。
「これはあなたがやったってことでいい?」
これ、というのは司書さんを操り、この図書館から人をいなくしたという今の状況のことだ。
僕の鋭い視線を悠々と受け流しながら肯定するおじいさん。
「その通りだ。ああ、安心しろ、君も仲間に入れてあげるから」
「結構だよ。そんなことより、さっさとどこかに行ってくれない? 正直言って迷惑なんだよね」
「そういうわけにもいかない。こちらも仕事なのでね」
栞奈御庭番を狙っている殺し屋の仲間ということで間違いなさそうだ。
ただ、それは予想していた通りの事実。こちらの情報の裏付けが取れただけで何も新しいものは得られていない。
さて、どうやって聞き出そうか。それを考えている僕に助け舟を出すかのようにおじいさんが提案してくる。
「それより。君はわしの狙いの人間ではないみたいだね?」
「そうだけど」
「なら。ちょっとわしと遊んでくれないか?」
言いながら懐から取り出したのはトランプだ。慣れた手つきで束ねられたトランプをシャッフルする。
と、トランプ? 何のゲームをするんだ? というかそもそも、そんなことをしている余裕はあるのか?
色々な思考が頭をぐるっと回る。そして出した結論は、
「......いいよ。やろっか」
とにかく情報が必要だ。あんまり関わったらいけないのかもしれないけれど、下手したらさっきまで図書館にいた全員が人質になっているかもしれないのだ。黙って見過ごすのは防人としても、僕個人としても気持ちがいいものではない。
「それは助かるなあ。さ、こっちに」
おじいさんが歩き出したのと合わせて僕も足を動かす。いつも以上に静かな図書館内を無言で歩く。最早ぞっとするほどの空間だ。
冷や汗をかきながらたどり着いた場所は、学習スペース。読書ができるようなデスクはいくつかあれども、そういうところは机のスペースが小さくてノートを広げたりするのに適していない。学習がしたい、そういう人の要望に応えるよう図書館にはいくつか広めの机が設置してある。ちなみに、ここでは大きすぎない声ならば話すのもオーケーだ。
そこに置かれている椅子に座る僕とおじいさん。ただ、おじいさんが座ったのは僕の向かい合わせの椅子の一つとなり。なんで向かい合わせに座らないんだ? そのことを率直に尋ねる。
「いやあ。流石にわしも歳だからね。君のような若者と知能戦をするのはちょっと荷が重い。なので、代わりの人と闘ってもらおうかと思ってね」
代わりの人とは? 尋ねる前におじいさんが「おうい」と誰かを呼ぶ。
そして呼ばれてきたのは、小太りで背が低いけれど整った顔立ちが特徴的な、
「ど、堂次郎!?」
思わず立ち上がってこちらにやって来た堂次郎へと駆け寄る。軽く肩を揺さぶってみても特に返事をしない。
「おい、堂次郎に何をしたんだ!」
思わず握りこんだ拳を振り上げないよう気を付けながらおじいさんに大声で尋ねる。おじいさんは肩をすくませながら応える。
「何って、わしの能力だよ。その男の子をちょっと操っているだけさ」
一切悪びれた様子を見せずに話すその姿に怒りを抑えきれない僕。そんな僕を見かねてか、おじいさんがため息を吐きながら条件を出す。
「元々ゲームをしようと言っただろう? もし君が勝てば彼を解放しよう」
「......僕が負けたら?」
もちろん堂次郎が解放されるのならすぐに飛びつくべき条件だ。ただ、僕が負けた時にこれ以上にまずい状況になってはいけない。それの確認だ。
「もし君が負けたら、さっき出会った栞奈御庭番の男の子を連れてきてもらおう。もう会っているんだろう?」
「......分かった」
正直、殺し屋が栞奈御庭番を狙っている理由は分からない。もし捕まえたら殺す気なのかもしれない。
ただ、この条件なら連れてくるだけでいい。言ってしまえば、胡桃はそのまま逃げることもできるというわけだ。ならば、対戦するだけ得というわけだ。
「それと、もう一つ。ゲームを行う回数は三回。君は一回でも負ければゲームオーバー。男の子を連れてきて終わりだ。ただし、三回とも君が勝った場合はわしの能力を解除しよう」
もちろん文句はない。むしろ勝利したときの報酬が良くなっただけだ。
「分かったのならば二人とも席に着きたまえ」
僕が同意の返事をしたことを確認してから着席を促すおじいさん。怒りを抑えながら改めて席に戻ろうとすると、何かが僕の袖をクイっと引っ張る。
「?」
振り返ると、堂次郎が僕の服の袖を掴んでいた。そして袖から手を放して拳を作り、親指を立てる。
「どうじーー」
いや、ここでこの行為の意味を聞くのは良くない。僕はグッと言葉を飲み込んで、改めて着席する。
多分だけど。今の行為は『俺は無事だ、操られていない』ということを僕に教えるためのものだろう。いや、そうだと信じるしかない。
緊張しながら堂次郎と僕が席に着く。若干堂次郎のことで意識を割かれているけれど、ここからは集中しないと。
頭脳戦ということでいいのかな?




