74話
「あの、もう少し詳しく話してもらっていい?」
「そのつもりですよ。そう、あれは何年ほど前になるでしょうかーーー」
「いやいやいや。今どうやって襲われたのか、誰が襲ってきたのかを教えてよ」
胡桃が遠い目をして思い出話を始めようとするのを慌てて止める。それを聞いている間にどれだけの被害が出るか分かったものじゃない。
胡桃は若干不服そうな顔をしながらも説明を始めてくれる。
「そうですね。元々は我々栞奈御庭番を狙っている輩を探しにこの図書館へ入ったのがきっかけでした」
実は栞奈さんを中心としている(?)栞奈御庭番は殺し屋に狙われているらしい。なのでA大学、つまりは僕が通っている大学へと保護を求めに来たらしいけれど、あまりうまくいっていない。防人のリーダーである僕を倒すことができれば保護するという条件だったらしいのだけれど、今はその企画は止まっている。清木教授からの次の指示を待っているという状態なのだ。
そういう状態なのだけれど。栞奈さんは結構お茶目な人みたいで、とんでもないことを言い始めた。それは『私たちで殺し屋を捕まえちゃおうよ』というもの。正直言って危険が過ぎるけれど、ジッとしていても情報は得られない。色々な情報が欲しくて僕は協力することにしたのだ。
なので、胡桃が自分たちを狙っている輩を探しているというのも栞奈さんに頼まれて殺し屋を倒そうと動いているということなのだろう。
そんな風に頭で話をまとめながら話の続きに耳を傾ける。
「それで適当な本を読んでいたのですが」
「輩探し中に何してるのさ」
「知識は力ですから」
「その言葉で納得すると思わないでよ。まあいいや、それで?」
「本を読んでいる私の傍に男がやって来たんですよ。そして一言、『栞奈の居場所を教えてもらおうか』と」
その話を聞いて自然と背筋が伸びあがる。まず間違いなく栞奈さんを狙っている組織の人間だろう。本当に襲ってきたようだ。
さらに、相手の組織は栞奈御庭番の素顔も知っているらしい。僕を襲った時の胡桃は全身緑色の装束でみを包んでいたので、こうして名乗ってもらうまで胡桃だと気が付かなかったけれど、相手は違う。しっかりと情報を集めているようだ。
「当然私はすぐにその場を離れようとしました。ただ、その前に相手が誰なのかを知りたくて顔を見るために振り返ったんです。すると、男は背中を向けていて、代わりに数人の人が私を抑えようとしてきました。恐らく純粋にここに通っている学生かと思います」
「っていうと。今回の相手は、『人を操る』っていう能力なのかな?」
「恐らく」
「ふーむ。ふむふむ。それなら、何とかなるかも」
僕は明るい口調で胡桃に伝える。一方、胡桃は疑いのまなざしを僕に向ける。これは少し説明するべきだろう。
「えっとね。『能力』っていうのには幻覚系の能力があるんだって」
以前古木さんというアイドルをさらった能力者が使っていた能力。対象を幻覚で作った空間に引きずり込み、現実の体は意識を失って倒れてしまう。さらに、幻覚に引きずり込まれた人の体に触れると、その人まで幻覚に引きずり込むという強力な能力だ。
「聞いたことはありますね。そして、その話を出したということは」
「いや、まだ相手が幻覚系の能力と決まったわけじゃないよ」
「ふむ? どういうことですか?」
首を傾げる胡桃に幻覚系の能力の弱点を伝える。幻覚系の能力は時間制限があるので、ある程度の時間が経つと勝手に解除される。また、クールタイムというものもあり、一回能力を使うと次に使えるようになるまで一日ほど時間を要するらしい。加えて。幻覚系の能力を使った本人も現実の体は意識を失い倒れてしまう、と。
一見強力な能力なのだけれど、様々な制約もあるのが幻覚系の能力だ。そのことを胡桃に伝える。
「その話から予測すると。相手の能力には『弱点』があると?」
「その可能性が高いと思う。っていうのも、相手を操るわけだからね。それこそ、超能力者の雪音を操っちゃえば一瞬で僕たちなんか殺されちゃうよ」
そう。以前ゾンビ化させる能力者と闘ったこともあった。あの時は、対象の首の後ろを触るという条件が必要だったけれど、逆に言えばそれしか条件がなかった。その理由を考えるなら、能力もなく力を強化しただけの自分の分身にするだけだからだろう(それでも相当強力だけれど)。さらに言えば、あれも簡単な指示しか出来なかったみたいだしね。
言いながら僕たちは籠っていたトイレを後にして、胡桃が襲われた場所へと向かいながら話を続ける。
「それに。まだ操られた人たちの状態も見ていないから相手の能力が本当に強力かわからないし。胡桃を捕まえろっていうだけの指示なら簡単な指示しか出来ないって見ることもできる」
「なるほど。もっと詳細に操ることができているなら弱点があるだろう、と」
「そういうこと。まあ詳細に操るってなったらそれ自体が弱点なんだけど」
というのも、自分の感覚がない体を操るなんて簡単なことじゃない。それこそ、僕のように2重人格でもなければどうしてもミスが起きてしまうだろう。胡桃の話を聞いたかぎり、複数の人を操っていると話していた。そんなの不可能だと言っても過言ではない。まあ要するに、相手は『簡単な指示を出すことができる人形にする』みたいな能力の可能性が高いってことだ。
胡桃が襲われたのは図書館二階で、先ほど僕が堂次郎を案内した辺りらしい。ということは、堂次郎も操られているかも。さっさと何とかしないとだなあ。
そんな風にどこか楽観的に現場へ向かう。図書館は相変わらず静かなこともあって、正常性バイアスとやらが働いているのかも。
さてさて、現場に着いたわけだけど。そこには人っ子一人いない。辺りをちょっと歩き回ってみるけれど、人の気配はなかった。
「誰もいないけど」
「そんなはずはないです」
胡桃を疑うつもりはないけれど、誰もいないことには変わりない。うーん?
もう少し歩き回っていると、あることに気が付く。
「......誰もいない?」
「そうですね。襲撃者だけでなく、誰も」
正直、図書館というのはいつでも誰かがいる。というのは、大学の授業形態が関わっているのだ。
大学の授業は学年毎、学部毎、さらに言ってしまえば個人で時間割が違う。大学の授業で出される課題は難解なものが多く、図書館の文献に頼るというのは珍しい話ではない。もちろん、ただ趣味で本を読みに来たり、時間を潰すために来たり。時間帯に関係なく人がいる場所なのだ。
そんな図書館から人が消えた。これは間違いなく、襲撃者がいるのだろう。
冷や汗をかきながら、ただでさえ静かな図書館の音を一切聞き逃さないよう耳を集中させる。どんな音でも聞き逃すわけにはいかない。
警戒をしている僕たちの耳に、誰かが一階から二階へ続く階段を上る音が聞こえてくる。誰かが僕らを探しに来た、のか? もしそうなら......
「胡桃は物陰に隠れていて。僕が相手する」
「分かりました。油断しないでくださいね」
ドクン、ドクンと体中に響く鼓動。緊張しながら階段から上がってくる音に集中する。そして、誰かが階段を上りきったところで、意を決して飛び出す。
「あ、いたいた。上木君」
「うぇ?」
そこにいたのはここで働いている司書の一人である女性だ。僕に仕事を教えてくれた人で、きっちりとした方。
なんでここに、と口から出そうになった言葉を飲み込んで、用件を聞く。
「ほら、さっき持って行ったカート。あれ、まだ仕分けしていない返却本が入ったカートなの」
「ああ、道理で色々なジャンルがあるものだと」
「あれはこっちで仕分けるから、また別のカートを持って行って」
「わ、分かりました」
な、なんだなんだ? 司書さんも普段通りの様子だし、どこかおかしい様子、言ってしまえば誰かに操られているという様子ではない。
胡桃の勘違いっていうわけでもないだろうし。僕は首を傾げながら司書さんについていき、別のカートを受け取りに行く。う、うーん。本当に良く分からないなあ。
僕が困惑していると、突然司書さんがその場に膝を着く。? どうしたんだろう。
「どうしました?」
僕が声を掛けても反応せず。膝を着いて、胸に手を当てて俯いている姿勢は、まるで何かに向かって跪いているようだ。
「ご苦労だった」
その声は突然聞こえてきた。声の主に顔を向けると、シルクハットに黒を基調としたスーツを着ている白髪のおじいさんがいた。杖を突きながらも、背筋は伸びていて、微笑んでいるのにどこか威圧感を与える雰囲気を醸し出している。この人を一言で表すなら紳士で間違いないだろう。
この人が輩ということで間違いないのだろうけれど......。




