71話
「はいはーいって......どちらさま?」
「......桃だ。栞奈様から話は聞いた」
朝倉君と栞奈さんと話をした日の午後。寮に戻ってくつろいでいたところに、予想していなかった訪問者が来た。桃色のロングヘアーと鋭い目つきが特徴的だ。動きやすさを重視した格好なのか、半そでのシャツとスキニーという恰好。......あれ、装束を着ていない?
何をしに来たのか尋ねると、殺し屋を倒すために来たとのこと。これだけ聞くと意味が分からないと思うので少し補足しよう。これは彼女が言っている『栞奈様から聞いた話』というのが関係している。
栞奈御庭番。桃も所属しているこの組織は僕を狙っていた。理由は栞奈御庭番が殺し屋に狙われているので、A大学に保護してもらうため。僕を倒せるだけの実力があれば保護を認めるということだった。今はその条件がどうなっているのか分からない。清木教授からの指示待ちだ。
そしてこの情報を教えられると同時に、栞奈さんがある提案をする。それは、栞奈御庭番と一緒に殺し屋を倒そうというもの。そして、僕はその提案に同意した。これが栞奈さんがしたという話だろう。
しかし、殺し屋が狙っているのは僕ではなくて栞奈御庭番。倒すと言ったところで僕から何かすることは出来ない。なので、栞奈御庭番を助けるということで話を終わらせたところなのだけれど......。
「上木、出かけるぞ」
なんと、外に連れ出された。行き先はキャンパス内の人目に付かなさそうな場所をいくつか。前にも少しだけ話したけれど、ここA大学は自然との共生を掲げている。なので、景色というか、雰囲気がよいスポットなども少なからずある。そしてそういう場所はたいてい人気が無い。まあ大学生なんて自分のしたいことをするし、雰囲気がいい場所なんてキャンパス内で探さず遠出したりするもんだよね。わざわざそういうスポットをうろつく人なんてほとんどいない。
まあ長々話したけれど、要は人気のない場所に行って殺し屋を誘き出して返り討ちにしようということなのだろう。
そういうことで納得していたのだけれど。
「あ、あ~ん」
「......えっと」
設置してあるベンチに適当に腰を掛けて休んでいると、桃がサンドイッチを口に運んでくる。な、なんだろう。あ~んって言ってるし、食べればいいのかな?
「あむ」
「ど、どうだ?」
「......おいしい」
お世辞ではなく本当においしい。具材のベーコンの塩気にレタスの触感、トマトのみずみずしさがそれぞれマッチしている。手作りならではというべきか、パンの耳が残っているのが食べ応えを増させて非常においしい。
だけど、突然こんなことをしてきた戸惑いの方が強くてうまく味わえない。とりあえず、何を考えているのか聞こうと桃に目を向けて口を開くと、
「ーーーそうか」
微笑んでくる笑顔に、一瞬目を奪われる。そんな僕を見てくすりと笑う桃。
「随分間抜けな顔をしているな」
「へ? あ、ああ、ごめん」
思わず固まってしまって、口が開きっぱなしになっていた。えっと、何を聞こうとしたんだっけ?
「なにしてるの?」
改めてここまでの行動の意図を聞こうとすると、予想していなかった人物が現れる。
「ゆ、雪音?」
「む、超能力者か。何をしに来た」
「朝倉君から聞いたの。『栞奈殿が殺し屋を撃退するのに蔵介殿を手伝わせるみたいでござるよ』って。それで、その。蔵介が心配で様子を見に」
なんと嬉しいことを言ってくれる。思わず感動していると、桃が立ち上がって雪音に詰め寄る。
「心配などいらぬ。上木.....く、蔵介は私が守る」
「そうは言っても、昨日追い詰められてたよね?」
「今度はあのような失態は見せない」
......蚊帳の外になっちゃった。とりあえず、しばらく様子を見よう。
「そもそもなぜここにいるのが分かった?」
「それは、蔵介は防人のリーダーだからどこにいるか分かるようにGPSが付いてるの」
「ふん、プライバシーもなにもないな。私ならそんなことはしない! 私の方が良妻になれるな」
「私は別に、良妻になろうとしてるわけじゃ」
随分白熱しているようだ。桃が詰め寄って、雪音はそれに戸惑いながらも反論するという形で口論が進んでいる。そろそろ仲裁した方がいいのかな?
「あの、ふたりともーーーむぐっ!」
二人をたしなめようと立ち上がって口を開いた瞬間、誰かに口を押えられる。な、なになになに!?
ジタバタとその場でもがいていると、突然解放される。このチャンスを逃さず直ぐに巣の場から離れる。
「ゴホっ、ゴホ」
咳込みながら改めて僕を抑えていた奴の方へ振り向く。するとそこには、筋骨隆々な男がいた。
「......貴様には囮になってもらう」
「随分無茶苦茶言ってきますね」
ジリジリと後ずさりをして距離を取る。腕と足の太さ、高い身長、広い肩幅。目元まで覆いかぶさる黒い髪と着けている黒いマスクが男の感情を読ませない。男は構えているわけではないのに、存在しているだけで圧がかかる。
「蔵介! 大丈夫か?」
流石に異変に気が付いたようだ、桃と雪音がほぼ同時に駆け寄ってきてくれる。とりあえず、能力者が二人いれば何とかなるはず。
「ぐぁ!」
「いた!」
「え?」
突然、二人が地面に尻もちをつく。何かにぶつかったみたいだけど。
二人がぶつかったと思われるところに手を伸ばしながら近寄ると、何かに触れる。これは、透明な壁かな?
「......栞奈御庭番、コイツがどうなってもいいのか?」
男はそう言いながら懐から拳銃を取り出す。銃口は真っすぐに僕の顔に向けられている。
「ーーーっ」
僕は思わず背筋を伸ばしてその場に固まってしまう。視線は拳銃だけに集中して、熱を出した時のようにボーっとする。
「......さあ、どうする?」
銃口は僕の頭から逸らさずに桃へと尋ねる男。僕は相変わらず銃口に視線を注いでいるので、二人の反応を見ることができない。
硬直した時間は何秒ほどだろうか、随分ゆっくり進んでいた時間が一気に速くなる。
「ん!」
そんな声が聞こえてきたと思ったら、拳銃がどこかへ飛んでいく。それと同時にハッとして辺りを見回す。
「大丈夫だよ蔵介。ちゃんと守ってあげる」
そう言いながら僕にウインクしてくる雪音。これは、雪音が超能力で何とかしてくれたのか。
「ありがとう、助かったよ」
あの状況じゃ僕はまさに手も足も出なかった。桃と雪音は戦闘系の能力を持っているから何とかできたのかもしれないけれど、僕は2重人格という能力。能力者とはいえ拳銃には敵わない。
「......流石だな、超能力者」
言いながら男が拳を構える。その標的はどうやら桃のようだ。ここで雪音を放置するなんて......
「雪音! やっちゃって!」
「了解! サイコキネシス!」
雪音が叫ぶと雪音と男の間の空間にひびが入る。
「! ......超能力を見くびっていたか」
男の意識が一瞬逸れる。そこを見逃す僕ではない。
「喰らえ!」
一気に接近して拳を振り上げる。すると、タイミングを合わせるように桃が回し蹴りを仕掛けている。この同時の攻撃、避けられるものなら避けてみろ!
「......ふん!」
まず受け止められたのは僕の拳。すっぽりと僕の拳を包み込むように受け止められており、拳を動かすことは出来ない。ただ、桃の攻撃は対処できないんじゃないか?
そんな僕の考えは打ち砕かれる。桃の足は男に当たらず、空中で静止している。これは、見えない壁だ。間違いない、コイツの能力は『透明な壁を作り出す』というものだ。
壁は透明でそこそこの強度を誇っているのだろう。ただ、さっき雪音が超能力を使ったら空間にひびが入った。つまり、雪音の能力なら壊すことができるということ。
そう考えてちらりと雪音の方を見ると、ちょうど壁が壊れたところのようだ、改めて超能力を使う瞬間が見えた。
「掴む!」
雪音が男に向かって手を伸ばす。が、場に変化がない。どうしたんだろう?
「もしかして、また壁が?」
「......これであいつは隔離できた」
そこで気が付く。雪音の超能力なら壁を壊すことは出来る。ただ、壁を壊した後に標的だけを攻撃することができないようだ。なら最初から敵もまとめて倒すほどの勢いで壁に攻撃すればいいのだろうが、それだと僕たちを巻き込んでしまうのだろう。く、こういう形で雪音の足を引っ張ってしまうなんて。
悔やんでいてもしょうがない。ここは桃と二人で何とかしよう。
「とはいっても、このままだと......!」
僕は依然拳を押さえつけられている。桃は一歩引いて態勢を立て直しているけれど、次の攻撃も壁に防がれてしまうだろう。この状況を打破するには、能力しかない!
「虎!」
そんな僕の考えを読み取ったのか、桃が能力を使う。『墨で描いたものを現実に生み出せる』能力。これによって現れた三匹の黒い虎が男に飛び掛かる。
「......!」
三匹の虎たちの前に壁を出したのだろう、虎たちの動きがなにかに阻まれる。ただ、壁を作るために僕から意識を逸らした瞬間を見逃さない。掴まれている拳を引きながら、自由なもう片方の拳を振り上げて男の手首に力の限り振り下ろす。
「グあっ!」
ようやく拳が解放された。当然すぐにその場から離れて体勢を整える。
「桃、あとどれくらい動物を出せる?」
「かなりの数出せる。種類も相当そろっている」
さらに言えば、先ほど出した三匹の黒い虎も壁に阻まれただけで消えてはいない。一気に形成逆転だ。このチャンス、逃すわけにはいかない。
「ここは僕も能力を使いたいところだけれど......」
2重人格。僕のもう一つの人格と会ったり話したことはないけれど、雪音を狙う奴を撃退することができるほどの戦闘能力がある。
ただ、人格が切り替わるタイミングは完全にもう一つの人格が支配している。そう易々と切り替えることはできなーーー
......そうだな。このチャンス、逃したくねえ。
「よし、桃。あいつを叩き潰すぞ」
「! ......言われなくても」
俺が改めて桃に声をかけると、一瞬驚いた表情を見せてからふっと口角をあげる桃。これは何とも頼りになる背中だ。
「よし、いくぞ!」
今闘っている男は何が目的なんだ?




