68話
「雪音、なんでここに?」
俺は空中で静止した状態で、桃を抱きしめながら雪音に尋ねる。
「ん、清木教授から緊急のお願い」
俺たちをゆっくりと地面に下ろしながら雪音が答える。緊急のお願い、ってなんだ?
「いや、なんだもなにも、さすがにこれだけ能力を使われちゃうと無能力者の人に能力者の存在がバレちゃうでしょ」
言われてようやく周りの景色が目に入ってくる。建物の2階ほどの高さまで伸びたコンクリートの塔。空中で制止している人をのせることができるほど真っ黒な鳥。さらに先ほどは拳銃の発砲音なんかもあった。流石に雨が降っていて人通りが少ないとはいえ、これは能力を惜しみなく使いすぎだ。
ただ、今は状況が状況。命を狙ってくる輩がいるのだ。さすがに能力がどうのこうの言っていられない。
「それよりも、雪音。あそこにいる正をなんとかできないか?」
雪音のお陰で俺と桃は何とか空中に放り出された状態から何とか体勢を整えることができた。ただ、正はカラスの上に取り残されたまま。さらに近くには殺し屋もいる。正の能力で何とかできるかと言われれば厳しいだろう。
「んー、塚波君をどうにかするよりもっと手っ取り早い方法があるよ」
「? どういう「サイコキネシス」
雪音が殺し屋がいる方へ手のひらを向ける。すると、コンクリートの塔が粉々に砕けて崩れ落ちていく。流石に足場を失ったら殺し屋も攻撃できないだろう。とはいえ、す、すごいな.....。
「あの鳥は適当な衝撃で消えるんだよね?」
「え、あ、ああ。そうらしい」
「ん」
俺への確認が終わると同時に、空を飛んでいたカラスが消えた。恐らく、雪音が超能力でカラスに衝撃を与えたのだろう。
「おわああああ!」
カラスが消えたと思ったら、そんな声が空から聞こえてくる。正が落下し始めたのだ。それだけ声を出す元気があるってことは、特に拳銃で撃たれたということはなさそうだ。
そして当然、正の体が空中で静止する。そして俺たちをそうしたように、ゆっくりと正を地面に下ろす雪音。もうこれ雪音一人で何とかできるんじゃないか?
「雪音のお陰で一気に立て直すことができた。ありがとな」
「......それはいいけど、いつまでその子を抱きしめてるの?」
言われて気が付く。そういえばずっと桃を抱きしめたままだった。というか、先ほどから一切口を開かないな。ボーっと突っ立っているだけだ。
「大丈夫か、桃」
一旦桃から体を離して話しかけてみる。黒装束で顔まで隠れているので表情も分からない。なにかリアクションが欲しいところだが。
「......ああ」
小さな声で返事をする桃。ふむふむ。これは、戸惑われていると見た。
いきなり能力を使ってこっちの人格を出したことで戸惑わせているのだろう。......いや、栞奈御庭番には俺が『2重人格』の能力者だって言う風に伝わっているはず。あれだけ戦闘能力が高い桃のことだ、そういった相手の能力も知っているだろう。なぜか最初は俺のことを上木蔵介かどうかわからなかったみたいだが。
まあとにかく、本人が言うなら大丈夫か。一旦桃から視線を外して、先ほどまで殺し屋がいた方へ目を向ける。雪音がコンクリートの塔を崩してから落下してくるのを見ていない。ということはまだ空中にいると思うのだが。
「ん?」
俺の予想通り、殺し屋はまだ空中にいた。仁王立ちの状態でこちらを見下ろしてきている。
「おいおい、おかしいだろ」
思わず呟く。恐らくだが、あいつの能力は『地面の形状を変える』というもので間違いないだろう。先ほど『まだ空中にいると思う』と考えたのは、雪音に崩されたのとはまた別のコンクリートの塔を建ててそこに移動したと思ったからだ。断じて、このように『空を飛んでいる』状態で空中にいるという意味ではない。
しかし、現実はこのように空を飛んでいる。となると考えられるのは、別の能力者の存在。
思い立ったと同時に辺りを見回す。すると、すぐに遠巻きに人だかりを見つける。ただ、あれはこちらに見つからないようにしているというより、こちらを怪しんでいるというか、怖がっているような。どうも殺し屋の仲間とは思えない。
「蔵介。流石にそろそろまずいよ、無能力者に見られちゃう。っていうかもう見られてるかも......」
雪音が焦りながら耳打ちしてくる。そ、そうか。あれは無能力者たちか。そもそも、あんなに大勢仲間がいるはずもないし、こちらに見つかるようなヘマもしないだろう。
この程度のことに気が付かないなんて、どうなってる? まだオーバーヒートするような時間でもないはずだが......。
なぜかふらつく頭で次にすることを考える。えーっと、とりあえず、雪音に敵を拘束してもらって。そこから、えーっと、えっと。
「お、おい。蔵介、大丈夫か?」
「ちょ、ちょっと、蔵介? 顔色が悪いけど」
「あ、うん、だ、だいじょう......うぅ......」
だんだん立っている地面が揺れてきて、視界がぐるりと回って、気分が悪くなってくる。そして気が付いたら、視界が真っ暗な空だけになる。顔に当たる雨粒が冷たくて気持ちいい。
「おい、蔵介! どうした!」
「ちょ、ちょっと、水たまりが赤く......って、もしかして銃で撃たれてたの!?」
「と、とにかくすぐに医務室だ! 白川は敵を何とかしてくれ!」
「了解! ......って、もういなくなってる」
「なら逆に好都合だ。すぐに運ぶぞ!」
「ありがとね、剛」
「......気にするな」
「いやー、流石超能力者だね。雪音ちゃん、もしかしたら最強なのかも」
「......」
「あ、剛はあんまりそういうの興味ないっけ?」
「......どうでもいい。それより、亜衣。やれそうか?」
「うん。雪音ちゃんなら厳しかったけど、今回は違うもんね」
「......俺たちもいる。友達ではないが、仕事仲間だ。今回のように困ったときは言え」
「ありがとね。でも大丈夫。朝倉幸助は殺す。そういう依頼だからね」
「............」
「あ、おはよう蔵介」
パチっと目を覚ますと、白い髪の毛を肩まで伸ばした可愛い女の子が視界に入ってくる。もちろんご存じ、雪音だ。
「うん。おはよう雪音」
反射的に返事をする。そして気が付く。白い天井に、周りを遮断するように広げられている薄い緑色のカーテン。今日の朝にも見た光景。僕、意識を失っていたんだ。
「あ、無理して体を起こさなくていいよ」
もぞもぞと体を起こそうとすると、雪音が優しく肩を押してくる。押してくるとはいっても、ほとんど肩に触れているだけだ。押し返すのは簡単だけど、大人しく雪音に従う。
「蔵介が起きたことを清木さんに報告するね」
僕をベッドに寝かせた雪音がスマートフォンを操作する。そもそも、僕はどうして気を失っていたのだろうか。そのことを雪音に尋ねてみる。
「医務室の先生が言うには、疲れがたまっていたのが体に現れたんだろうって。あとは貧血なのかもしれないって」
そういえば、拳銃で肩を撃たれたんだった。そこから血が流れて貧血に......とはならないか。うーん、良く分からないけれど、倒れたのは事実だ。少し気を引き締めないと。
「今何時?」
「夜の9時過ぎだね。あ、日は跨いでないよ」
「それじゃあ結構早い目覚めだね。あれからどうなったの?」
「殺し屋は居なくなってて、倒れた蔵介を塚波君と一緒に医務室に運んだの」
「桃さんは?」
「なんか、ボーっとしながら帰っていったよ。あ、蔵介にお礼を言っておいてくれって」
「そっか。......あれ、ここって医務室、だよね?」
「? そうだけど」
「先生は?」
「ちょうど席を外してる。そろそろ戻ってくると思うよ」
ふむふむ。状況は把握した。変なタイミングで目を覚ましてしまったことも理解した。ただ、分からないのが、
「僕がいつ起きるか分からないのになんで見ててくれたの?」
これだ。医務室の先生が言うには貧血と疲れによる気絶。そこまで重たい症状でもないのにわざわざ見ていてくれた理由が分からない。正も帰ってしまったようだし、雪音が残ってくれているのはもちろん嬉しいけれど、申し訳なさもある。
そんなことを考えながら雪音に尋ねると、雪音はきょとんとした表情で答える。
「心配だったから」
「.......」
面と向かってその言葉を受け止めると、な、なんていうか、その。凄い嬉しい。嬉しいけれど、ちょっと恥ずかしい。思わず掛布団で顔を隠してしまう。
「先生はすぐに目を覚ますだろうから帰っていいって言っていたけれど、拳銃で撃たれたみたいだし流石に見ておきたいなって」
「へ、へー」
「それに、貧血は理由が分からないけれど、疲れっていうのは清木さんのせいだし。隠してた私たちにも責任があるから」
「そうなんだ......って、うん?」
清木教授のせい? 隠してた私たち? 何の話?
照れていても流石に聞き逃せない。




