66話
「やっ!」
鋭い一声と共に繰り出される短刀での突き。狙っているのは腕や足じゃない。胴体だ。
「うわあ!」
僕はバックステップというよりは飛び上がるといった感じにその場から飛びのく。いや、これ結構やばくない?
「喰らえ!」
僕が状況のまずさを体感していると、桃が飛び退いた僕の方へ短刀を振りかぶって襲い掛かってくる。これは、避けられない!
「させるか!」
僕がなすすべなく腕をクロスして頭を庇うようにうずくまる。そんな僕の耳に届く正の声。恐る恐る顔を上げると、正が横から桃に向かって蹴りを繰り出していた。
「無駄だ」
隙を上手くついた正の攻撃だと思ったけれど、桃はうまく対応してくる。僕に向かって振りかぶっていた短刀を正の足にクロスさせるように構える。そして正の足の動きに合わせて短刀を振るう。
「っく!」
間一髪、正は蹴りを途中で止める。が、桃の短刀はそのまま振るわれて、正の足を浅く斬った。
「貴様から始末してやる」
正が体勢を整える前に桃が短刀を構え直す。こいつ相当な手練れだ! そのうえ、なぜか栞奈御庭番なのに殺意がある! このままだと正が危ない!
僕は正に斬りかかる桃に向かって拳を振りかぶって殴りかかる。そんな僕の攻撃は桃の片手に阻まれる。僕の拳を受け止めている桃の手はピクリともしない。す、すごい力だ......!
「こんなものか」
桃は呆れた様子を見せつつも、流石に僕の拳を受け止めたことに集中したことで、正へ斬りかかることは出来なかったようだ。そして、この隙に体勢を整え直した正が攻撃を仕掛ける。足を振り上げて、靴の底を押し付けるように桃に向かって足を突き出す。
桃はそれを短刀を使って防ごうと試みるけれど、さすがに片手では受け止めきれないようだ。何とか正の蹴りの威力を打ち消すことができたといった様子。そして、僕の拳を掴んでいる手の力が緩んだ。これはチャンス!
僕は桃の手から拳を振りほどいて、回し蹴りを繰り出す。正の足蹴りを受け止めたことと僕が手を振りほどいたことが重なって、桃の体勢は大分崩されていた。これは避けられないはず!
「これなら.......!」
「むぅ!」
体勢を崩した桃の横っ腹に足が触れるーーー直前。僕の足が何かに引っ張られる。
「うわっと!」
片足でしか体重を支えていない状態で、来ないと思っていた妨害をされる。当然対応できなくてその場に尻もちをつく僕。誰が邪魔をしてきたんだ?
「いてて......」
雨でぬれている地面に転んだせいで濡れているお尻をさすりながら、いまだに何かに引っ張られている自分の足に目を向ける僕。掴まれているというよりは何かが絡まっているような......?
そんな僕の考えは正しかったようで、誰かが足を掴んでいたのではなく、僕の足にはあるものが絡みついていた。それは僕の天敵である、
「へ、蛇!!」
「シャー!」
蛇が僕に向かって口を大きく開けて威嚇してくる。蛇は全身が真っ黒。開いている口からチロチロと伸ばしている舌も黒。ただ、牙は白くて黒い体の中でも一際目立つ。ただ、そんな容姿はどうでもよくて。
「ちょ、ちょっと! うわわ、うわあ!」
何とか蛇を振りほどこうと足を振り回す。触るのは無理! 本当に無理! 少し前に古木さんというアイドルと一緒に幻覚に捕らわれた時は自分の意思で触ったけれど、あれは古木さんのために何とか、本当に何とか触れたという感じだ。今回は足に絡みつかれているので手で振りほどくにはある程度時間がかかるだろう。そう考えると触りたくない......ってこんな冷静でいる場合じゃない!
「た、正! ちょっとこれ何とかして!」
「お、おう」
桃と闘っていた正が僕を助けに来てくれる。そして正が蛇に触れようとすると、
「いてえ!」
なんと、蛇が正に嚙みついた。その光景を見てさらにパニックになる僕。
「だ、だだだ大丈夫!?」
「あ、ああ。少し噛まれただけだ」
「......ふん。それが貴様の苦手なものか、上木くらす「正! 血! 血出てる!」「少し痛むが大丈夫だ。それより早く何とかするぞ」
「......これなら私の敵ではないようだ。ちなみにその蛇は私の能力で出したもので、「おい蔵介、足を動かすな!」「ご、ごめん」
「......私の能力は『墨で描いた動物を現実に生み出せる』能力だ。事前に描いておいた蛇を生み出したというわけ「正、僕の足噛まれたらいやだよ!? あんまり刺激しないでよ!?」「そうは言っても振りほどくには多少刺激するしかないだろ」「そこを何とか!」「出来るか!」
「くどい!!」
僕と正が二人でわちゃわちゃしていると、足から黒い蛇が消える。た、助かった......。
「よかったあ......」
ホッと一息つきながら立ち上がる僕。雨の中蛇を振りほどこうとしていた僕と正はすっかり濡れてしまっていた。
「蔵介、お前本当に蛇が苦手なんだな」
若干疲れた表情を見せる正。大分蛇を振りほどくのに奮闘してくれたので、疲れるのも当然だろう。
「こっちからしてみたら苦手じゃない方がおかしいと思うけどね」
ただ、正以上にゲッソリと疲れた顔をしているのが自分でも分かる。蛇に対してトラウマがあるわけではないけれど、苦手な動物だ。そんな動物が絡みついていたという精神的な辛さと、大声を上げながら全身を動かしたことが相まって非常に疲れた。今日はもう帰りたい。
「えっと......桃、さん?」
「なんだ」
こちらが蛇を振りほどいている間腕を組んで何やら言っていた桃だが、今は短刀を構え直してこちらの出方を伺っている。う、うーん。そもそも、なんでそんなに闘いたがっているのだろうか? そのことを率直に尋ねる。
すると、桃は構えを解かずに答える。
「それが栞奈様の願いだからだ」
「えっと。栞奈さんってそんなに凄い人なの?」
「凄いという話ではない。栞奈様は尊敬すべき人なのだ」
うーん。どうやら『栞奈御庭番』とやらは栞奈という人を崇拝しているようだ。凄い恩があるのか、理由は分からないけれど、栞奈が言うことには従う。その意思を曲げさせるのは難しいようだ。
ただ、どうしても疑問なことが。それは、
「あの、なんで栞奈さんが僕を倒すように頼んでいるんですか?」
これだ。能力者の中でもさらに特別である理由として思い当たる節があるとするのならば、防人であるということ。ただ、防人の他のメンバーではなく僕を狙っている。その理由が分からない。
まあそうは言っても、そんな簡単に教えてくれる集団ではないだろう。答えは予想通り、
「それは教えられないな」
否定の解答。うーん、手に握られている刀は抜き身だけれど、さっき僕と正が蛇相手にわちゃわちゃしている間は特に攻撃してこなかった。それどころか蛇を消すということまでしていた。ということは、殺意はないということで間違いないはず。ただ、僕が全力の状態じゃないと倒しても意味がない? いや、そうだとしたら正と一緒に戦うのもダメなはず。「うーん」
「やっぱりだ。昨日ぶりだね、上木君」
僕が唸っていると、そこに茶色い髪の女の子がとことことやって来る。顔はサングラスとマスクで隠しているけれど声の高さや体格から女の子だと分かる。なんて冷静に観察しているけれど、この人は昨夜会った殺し屋じゃないか。
「清木教授の狙い通りか......」
ボソッと正が呟く。狙い通り、っていうのは殺し屋が来たことについてだろうか? もう何が何だか分からない。というか、疲れているのもあって考え事をしたくない。
とりあえず、状況を確認しよう。そう思って僕が口を開こうとすると、桃が話しかけてくる。
「おい、上木。ここは一時休戦だ。一緒にあいつを退けるぞ」
「え。あなたも僕のこと狙ってましたよね?」
「男が細かいことを言うな」
「いや、命を狙われるのって細かいことじゃないですよ」
「んー、あんまり能力は使いたくないけど」
僕と桃がこそこそと言い合いをしていると、殺し屋が口を開く。
「みんな殺しちゃおっか」
まだわちゃわちゃしそう。




