65話
サアー、と小雨が降り注ぐキャンパス内を傘を差してのんびりと歩いている僕。雨はそんなに好きになれないなあ。
天馬さんに無理やり2重人格の僕を引き出してもらって、なんとか情報を引き出したらしい清木教授たち。話を聞くと、どうやら僕は噂の『殺し屋』と出会っていたらしい。ただ戦闘はしていないので能力は良く分かっていないとのこと。また、殺し屋は僕のことを狙っていないとのことも分かっていたらしい。いや、適当な手段を使って僕に伝えるべきでしょ。
その後、気絶していた僕は一時間程度で意識を取り戻した。医務室には運ばれていたけれど、特に見守っていてくれた人はいなくて、その場にいた医務室の先生から『目が覚めたら清木教授のところまで』という淡白な伝言があった。そこで2重人格の僕と話した内容を伝えてもらって、その日は解散となった。
それから午後の講義が終わり、そこから大学でやることも残っていないので、雨雲も相まって暗さが増している夕方のキャンパス内にある寮へと向かっている。僕が受けていた講義は大学が規定している時間割の中で一番最後のコマだ。キャンパス内を歩いている人は雨ということもあってほとんどいない。
ただ、人以外の存在は結構ある。前も少し話したけれど、ここA大学は自然との共生とやらをモチーフにしている。それもあって自然が結構豊富だ。そういうこともあり、虫やらカエルやら鳥などの生き物はかなりたくさん生息している。少し耳を澄ませればグエッ、ゲコゲコとカエルの鳴き声が聞こえてくる。キャンパス内の道端にミミズが這っていることもある。正直、虫が苦手な人からしたら溜まったものじゃないだろう。僕はそこまで虫が苦手じゃないから苦じゃないけれど。
そんなことを考えながら歩いていると、突然僕の前に何かが現れる。傘を差していることもあり視線が下に向いていたので、何が現れたのか分からなかった僕がゆっくりと視線を上に向けると。
「ゲコ」
「......え」
カエルがいた。ただ、大きさと色が違う。僕の背丈二つ分くらいの高さがあり、身の回りにあるもので例えるなら、家庭用の倉庫くらいの大きさ。色は輪郭と目、カエルでいうところの緑色の部分や模様が黒一色で他の部分は真っ白だ。言ってしまえば、普通のカエルの色違いという感じ。
そんな突然現れた巨大なカエルの前で茫然と立ち尽くしてしまう。そんな僕に向かってカエルは獲物を捕らえるように素早く真っ黒な舌を突き出してくる。
「うわ!」
咄嗟に持っていた傘とカバンを放り出して濡れた地面を転がる。よ、良く分からないけれど体が勝手に動いた感じだ。これが防衛本能という奴だろうか。
どこか呑気にそんなことを考えながら改めてカエルに向かい合う。すると、僕の真後ろから声が聞こえてくる。と、同時に背中に何かを突き付けられる。
「振り向くな」
反射的に振り返ってしまいそうになった僕を制止する囁き声は少し高い。女性と見て良さそうだ。
突然の襲撃に動揺が隠せない僕と情報を集めようとする僕が頭の中で体の主導権を奪い合っている。なんとなく、2重人格者っていう感じの現象っぽくない?
「確認だ。お前が上木蔵介だな?」
能天気なことを考えていると、そんなことを聞いてくる。確認、っていうことはどういうことだろうか。襲撃してくる相手のことを間違えるなんていうことがあるのだろうか。......ひょっとしたら逃げられるかも。
「えっと、違います」
「......本当か?」
「は、はい」
沈黙がその場を支配し、サーという雨の音だけが耳に入ってくる。目の前では黒い巨大カエルが喉を膨らませている。
少しの沈黙の後、僕の背中に突き付けられていたものが離れていく。これはもしかして......。
「驚かせて悪かったな」
目の前にいるカエルがゲコ、と一声鳴いてからいなくなる。ほ、本当に誤魔化せた。
改めて僕を襲いに来た刺客に振り返る。そこには黒装束に身を包んだ人がいた。小柄な体形で、片手に木刀を握っている。金属製の刀じゃないということは殺意がない。そんな見た目や殺意のなさから『栞奈御庭番』であることが分かる。
「えっと、栞奈御庭番ですよね」
「ああ。栞奈御庭番の桃だ。防人には手伝ってもらって申し訳ないな」
『手伝ってもらって』? これは何やらありそうだ。もう少し情報をーーー
「お、蔵介!」
「げ」
思わず声を出してしまう。このタイミングで、正がやってきた。なんて間が悪い男なんだ......。
「や、やあ正。なんでこんなところに?」
「ああいや、ちょっと生協に買い物だ。ところで、そいつは?」
「......くら、すけ?」
正が桃についての情報を求めるが、それ以上に重大なことが起きてしまっている。
「お前、嘘をついたのか?」
黒装束で顔まで包まれているので表情が分からないけれど、声色から起こっていることは十分に分かる。とりあえず、言い訳しないと。
「い、いや、僕は」
「なんだ蔵介、何が起きている蔵介」
「この状況絶対分かってるでしょ正!」
ここぞとばかりに僕の名前を連呼する正。こいつ確信犯か?
「名前を名乗れ」
「え、えーっと。ぼ、僕は朝倉です! 防人のメンバーの朝倉幸助!」
「嘘をついたな」
桃が木刀の先端をつかんで引き抜くと、鈍色の刀身が現れる。あ、あれ。殺意はないんだよね? ないよね?
「いや、嘘というか、その、防衛本能というか」
「言い訳はいい......」
や、やばい。素人の僕でも分かるくらい桃から殺意が噴き出している。
「ちょ、ちょっと! 正のせいで変なことになっちゃったじゃないか!」
「なんだ、嘘をついていたのか。いいか、嘘っていうのはいつかバレるものなんだ」
「バレるタイミングが困りものなんだよ!」
あんまり情報を引き出せなかった上に逃げ出すこともできなかった。嘘はいつかバレてしまうかもしれないけれど、今のタイミングでバレるのは困ってしまう。
「上木蔵介、貴様を葬ってやる」
「やれるもんならやってみやがれ」
「なんで正が答えるのさ! いや、あのですね、桃さん」
「いざ!」
「そんなあ!」
桃がこちらに襲い掛かってきた。
案外人って騙されますよね。




