63話
「......え、えっと。もしかしてこの場には僕以外に二人いるの?」
「「......」」
僕の問いは夜の闇に溶けていく。ただ、僕の目の前には女性が一人いる。もう一人はどこにいるのか分からないけれど、僕の目論見通り誰かが僕を襲いに来たということで間違いないだろう。
少しの間気まずい沈黙が空間を支配する。と、とりあえずこのまま硬直していても仕様がない。
「ごほん。えっと、それじゃあとりあえず僕の前に立っているあなたから自己紹介をお願いしてもいいですか?」
「......やだ」
「え」
なんで? この気まずい空気を何とかしようとした僕の一言をバッサリと切り捨てる女性。そもそもさっき名乗らせていただこうかって言ってたのに。
僕がキョトンとしていると、女性が顔を伏せながら僕の傍にやってきて、腕をつかんでくる。
「ね、一緒にもう一人のやつぶっ飛ばしちゃわない?」
「いやいや、話の流れが......みえな......い」
僕が腕を振りほどこうとする。女性が俯いているので茶髪のショートカットであるという情報しか入ってこない。そのうえ、多分僕を襲撃しようとしているのだろうから、こんなに接近されるのは気分が良くない。
ただ、そんな反射的な行動よりも早く、僕の頭の中に断片的な情報が一気に流れてくる。
移動させる能力、殺し屋、狙われているのは防人じゃなくて僕ーーー
本当に一瞬で、情報が頭をよぎっていく。瞬間、意識がふっと入れ替わる。
「? どうしたの、上木君」
「どうもしてねえよ。っていうかいつまで触ってんだ」
俺は改めて腕に抱きついている女を振りほどく。
「......へえ。それが君の能力なんだ」
女が呟く。女から距離を取った俺はすぐに動き出す。
ーーーこの女は、『殺し屋』だ。今俺がやるべきことは逃げ出すこと。逃げ出す先は当然、能力者が集まる寮だ。
「あ、逃がさないよ」
そんな声が聞こえてきたと思ったら、足元が揺れ、目の前にコンクリートでできた壁が現れる。高さは俺の身長2つ分ほど。幅はちょうど道幅と同じだ。
振り返ると、地面に片膝を着いた女がいた。相変わらず表情を見せないようにしているのだろう、顔を俯かせている。
「逃がさないって言ったって、どうするつもりなんだ?」
正直、能力を使えばこの程度の壁は壊せる。ただ、ここで能力を見せることはできれば避けたい。理由は簡単で、殺し屋以外にもう一人俺を襲おうとしている人間がいるからだ。そしてそいつは今どこかに姿を隠している。これは『栞奈御庭番』とやらが使っていた能力、『姿を消して移動する能力』が使われているから姿が見えないと推測できる。そいつに殺意がないことは分かっているが、襲おうとしているのは変わらない。能力はできるだけ隠しておきたいと思うのはおかしくないだろう。
「それは君の行動次第だね。一応君が『2重人格』っていう能力だってことは知っているから、今すぐ君を殺すことは難しくないんだよ」
「だけどまだ俺を殺していないよな?」
俺がポケットに手を突っ込みながら尋ねる。そんな余裕綽々な俺の態度をちらりと見たのか、それとも声色から判断したのかは分からないが、女の声色が1段低くなる。
「態度には気を付けた方がよくない? 本当に殺しちゃうよ?」
「やってみろよ」
俺もポケットに突っ込んでいた手を抜いて、軽く拳を握ってファイティングポーズをとる。
「「......」」
街灯と月明かりが照らす異様な空間をピリついた沈黙が支配する。その沈黙を破ったのは女だ。
「はあ......まあ、今君を殺してもしょうがないんだよね。できれば殺しておきたいんだけど」
「そんなに殺す殺す言うなよ。美人な顔がもったいないぜ」
「ぶっ殺すよ?」
「茶化しすぎたな、すまん」
さて、軽口を叩き合ったところで話の続きを始める。
「それで、俺を逃がしてくれるのか?」
「んーん。それは駄目。逃がす条件は隠れているもう一人を一緒に殺すこと」
「断る」
「なんで?」
「いや、当たり前だろ」
ここでOKする奴はサイコパスか切り裂きジャックくらいだろう。
「一人殺せば殺人鬼、1万人殺せば英雄みたいな言葉があるじゃない」
「いや、その定義で行くと俺はただの殺人鬼で終わってしまうんだが」
「細かいこと気にしないの」
「いや、殺人鬼になるかどうかって細かいことじゃないだろ」
話が全然進まない。頭を抱えながら俺は口を開く。
「それじゃあ今隠れている奴がどこにいるのか分かるのか?」
「んー、分からない。だけど、どこに隠れているのかは分かるよ」
「??」
よくわからない。どこにいるのかは分からないがどこに隠れているのかは分かる。なぞなぞか何かか?
「それじゃあ今そいつはどこにーー」
俺が場所を聞こうとすると、視界が真っ暗に染まる。
「!」
攻撃されたか!? そう考えた俺が身構えた瞬間、視界が元通りになる。とはいっても、さきほどまで いた場所とは違うようで、周りには女もコンクリートでできた壁もなかった。どうやら住宅街の中でも別の道に移動させられたようだ。これは間違いなく栞奈御庭番とやらが助けてくれたのだろう。正直俺とあの女を戦わせて能力を見たかったはずだが......ということは......
いや、考えるのは後だ。とりあえず、能力者の寮に戻ろうか。俺は早足でその場を後にした。
変な状況からは抜け出せたみたいだ。
※今回短くてすみません。あと投稿間隔短くできなくてすみませんでした!




